第千三百一話 好む者
「そうか……ルキフェルか……」
ガイウスは改めて、自分にとって最も忌々しい存在の名を口にした。
そんなガイウスの嘆息じみた呟きに、サタンが可笑しみを堪えて告げた。
「そうだ。ルキフェルだ。それは、おそらくあの者の置き土産であろうよ」
「置き土産……ちょっと嫌な感じだな……」
ガイウスは、仏頂面を作って顔を横に背けた。
サタンは、ガイウスのそんな分かり易い態度に、またも可笑しみを感じたのだった。
「お前はずいぶんと分かり易い性格をしているのだな?」
と、これにガイウスが反射的に噛みついた。
「また俺が子供っぽいって話しを蒸し返すのか?しつこい奴だな?」
ガイウスが子供みたくムキになって反論すると、サタンが笑い声を上げながらそれを制した。
「違う。そうではない。我にとって好ましいと言っているのだ」
これにはガイウスが頓狂な声を上げた。
「好ましい~?」
調子っぱずれなガイウスに、サタンがさらに大きな笑い声を上げた。
「そうだ。我はお前のような者を好むのでな」
「本当か~?」
ガイウスの変わらぬ頓狂な声が上がったが、サタンはなんら気にせず続けた。
「本当だ。我はあれやこれやと策謀を巡らす輩を好まぬ。ともすれば小賢しく思えるのでな」
サタンの声音は真摯なものにガイウスには聞こえた。
だが少々ひねくれた性格のガイウスには、本心からは信じられなかった。
「そんなこと言って、実は小馬鹿にしているんじゃないの~?」
「ふむ、そういう素直でないところも悪くない。純真無垢は、我には眩しすぎるのでな……」
サタンの声には、色々な感情が複雑に絡み合っているかのようにガイウスには感じ取れた。
だがそれらが一体どのようなものなのか、ガイウスにはとんと見当も付かなかった。
そのため、ガイウスは仕方なく混ぜっ返すことにしたのであった。
「じゃあデルキアとか苦手でしょ?」
足下のデルキアには聞こえないように、ガイウスは飛行魔法でスーッと身体を横滑りさせてサタンに近づきつつ、小声でささやくように言ったのだった。
だがサタンはそれに、愉快な思念を送るのみであった。
「やっぱりね……でもなんで策謀をこねくり回すような奴らが嫌いなんだ?この地獄にはそんな奴、一杯いると思うんだけど?」
ガイウスが自分の記憶を辿り、様々な悪魔たちを思い起こしながら言った。
サタンはまたも愉快そうな思念と共に、静かに言い放つのであった。
「特異点よ、それ故にだ。だから我は策謀を好まぬのだよ……」
サタンの声音には、少々ウンザリとした色が混ざっているようにガイウスには思えたのだった。




