第千二百七十三話 後背に立つ男
サタンの眼前の揺らめきが、直径二十M程の大きさとなった時、周囲の空間との軋轢からか、雷のようなものが幾条も走り出した。
そしてその数がやがて、同時に数十条ほども走り出した頃、ついに揺らめきの中心部に亀裂が走った。
そしてその亀裂は、大きな地響きを立てつつ大きくなったかと思うと、その内側から純白の優雅なローブを身に纏った男が現われたのだった。
「久し振りだな……ルキフェル……」
サタンが苦々しげに呟いた。
するとルキフェルと呼ばれた男が、実にさわやかに返答した。
「やあサタン、久し振りだね」
両者のあまりにも対照的な声色に、カルラは驚きを禁じ得なかった。
(……勝者と敗者の差というわけか……それにしても神とはなんと……美しいことか……)
カルラはルキフェルのあまりにも美しい姿形に思わず息を呑んだ。
だがさすがは百戦錬磨のカルラだけあって、すぐに気を取り直してルキフェルに言ったのだった。
「すまないが!ガイウスの様子がおかしい!なんとかしてもらえないだろうか!?」
足下からの叫びに、ルキフェルが柔和な表情を浮かべながら応じた。
「ああ、そうだったね。すまない。すぐにやろう」
ルキフェルはそう言うと、柔和な笑顔を浮かべたまま、静かに下降し始めたのだった。
そして苦しそうに横たわるガイウスの横にスックと降り立つと、右手をガイウスの顔に向けてかざした。
すると、途端にガイウスの痙攣がピタリと止まった。
ガイウスはキョトンとした表情を浮かべ、しばしの間ジッと一点を見つめていたものの、すぐに痙攣が治まったことを理解して、ようやく身体を起こしたのだった。
「……おろ?治った?……」
ガイウスの少々間の抜けた物言いに、カルラが苦笑混じりに言った。
「……緊張感のかけらもないな……まったく……」
するとガイウスは心外とばかりに返答をした。
「いや、そんなこと言われてもさあ……なんか突然身体が震え出しちゃって、ちょっとパニックになっちゃったんだよ……」
「それは判っている。見ていたのでな」
「いや~焦ったよ。でもまあ、何にしても助かった。カルラが治してくれたの?」
カルラは大きくかぶりを振った。
「いや、わたしではない。後ろの御仁だ」
カルラが、ガイウスのすぐ後ろを顎で指し示した。
ガイウスは怪訝な表情を浮かべ、ブツブツと呟きながら後ろを振り返った。
「え?カルラじゃないのか……てことは、サタンが?…………!!!」
ガイウスは自らの後背に立つ男の顔を見て、ギョッとした表情となるのであった。




