第千二百六十話 氷の山
「……そろそろだな……」
デルキアがいつもと違い、声を潜めて呟くように言った。
カルラはその様子にただならぬものを感じた。
「……そろそろとは……そういうことか?」
するとデルキアが重々しくうなずいた。
「……ああ、そうだ。そろそろ奴の姿が見える頃だ……」
デルキアはそう言うと、口を真一文字に結んで押し黙った。
カルラはその様子から、もう間もなく視界に入るであろう者が、どれ程のものなのかを察した。
「……ガイウス、ここから先はほんの一瞬も油断するなよ?正直いって相手がどの様な手に出てくるのかわからんのでな。いつ何時、瞬時に異次元空間を開けるようにしておけよ?」
カルラが声を押し殺してガイウスに言った。
ガイウスも、普段のおどけた様子は鳴りを潜めて、真剣な表情となってうなずいた。
「……わかった。俺もまだ死にたくはないし、捕らわれるのもごめんだからね。いざという時は遠慮無く異次元へ逃げさせてもらうよ」
「ああ。そうしろ。タイミングはお前に任せる。ヤバいと思ったら迷わず異次元へ飛び込め」
「了解。カルラ達も気をつけて」
するとカルラがほんのわずか笑った。
「ふん、お前に心配されるいわれはない。安心しろ。最悪、わたしも奥の手を出すさ」
「ああ、さっきの話しね。今度は相手も判っていることだし。出し渋りはしなさそうだね?」
するとカルラが軽くガイウスの胸を肘で小突いた。
「わざわざその話しを持ち出すな。お前、いい加減その性格直したらどうだ?」
するとガイウスが胸を小突かれ、少々むせながら言った。
「そう言われてもね。性格というのは中々……ま、直すつもりもないんだけどね」
ガイウスがやっぱり本性を出して少しおどけた。
するとそれを咎めるかのように、先を行くカリンが鋭い声を発した。
「見えたわよ」
するとさしものガイウスも真剣な表情へと戻った。
そしてカリンが指し示す前方を、目を凝らして見つめたのだった。
「……どれ?……あっ、あれか?……あの高い山みたいな……」
するとデルキアがガイウスに振り返ってうなずいた。
「そうだ。あれが……サタンだ」
デルキアに言われ、ガイウスがまじまじと前方を見た。
「……あれがサタン……あの中に……あの氷の山の中に……サタンがいるのか……」
ガイウスは逸る気持ちを抑えつつも、足早に進んだ。
すると、高く聳える氷の山が、光の反射で透き通って見えた。
「……あっ!……いる……中に何者かが……いる……ではあれが……サタンなのか……」
ガイウスは足早に歩きつつ、目を細めて遙かな氷の山を望み、その中に透けて見える異形の姿に心が打ち震えるのであった。




