第千百九十九話 洗面台
1
「……みなさん、最近ちょっと暴力が過ぎちゃあいませんかね?……」
ガイウスが、腫れ上がった両頬を抑えながら恨めしそうに言った。
するとデルキアが尖った顎をツンと上げて言い放った。
「わたしは普通だ。暴力的なのはカリンだな」
すると当然のようにカリンが反駁した。
「あら、何を言ってるのかしら?暴力と言えばデルキア。デルキアと言えば暴力じゃない」
「わたしの何処が暴力的だと言うんだ?」
「何言ってんの?暴力的だなんてわたしは一言も言ってないわよ。あんたは「的」じゃなくて暴力そのものよ」
「馬鹿言ってんじゃねえ。実際はお前こそが暴力の権化だろうがっ!」
「はん!わたしはいたって普通よ。あんたと違ってね」
「何言ってんだ。お前が普通のわけないだろ。この暴力女」
「暴力女はあんたの代名詞じゃない。なに勝手にわたしに使ってんのよ」
「わたしがお前に対してなにを言おうが、わたしの勝手だ」
「冗談じゃないわよ。言われたこっちはそれで許せるわけないでしょ」
「お前が許そうが許すまいが、わたしには関係ないね」
「何ですって!?」
「何だ?やるのか!?」
「いいじゃない。やってやろうじゃない」
「おお、面白い。やってやるぜ!」
二人は再び顔を付き合わせてにらみ合った。
ガイウスはもはや両者の間に割って入る気力もなく、惚けた表情でもって両頬を抑えながら別室へと静かに退場するのであった。
2
「……ひどい。本当にひどい。なんて状況なんだ……最悪じゃないか……」
ガイウスはアスタロト邸の豪華な洗面台に備え付けられた大きな鏡でもって、自らの腫れ上がった両頬を覗き込みながらひとしきり愚痴を連ねた。
だがそれで鬱屈した気が晴れるわけもなく、頬の痛みに耐えながら蛇口から流れる冷水を、手の平でそっと掬って頬にぴちゃぴちゃと当てつつ、さらにぼやいた。
「……いや最近本当に暴力がひどい。デルキアだけじゃない。カリンも、それにカルラもだ。あの三人とこれ以上一緒にいたら、俺本当に死ぬんじゃないだろうか……実際、彼女たちの暴力は殺人的なまでにひどいし……」
ガイウスは充分に頬を冷水で冷やすと、洗面台の脇に置かれたフワフワとしたタオルを手に取り、そっと頬に当てた。
「……いちっ!……くそっ!こんな上質なタオルだっていうのに……どんだけ激しく殴ったんだよ……ていうか口の中思いっきり切れてるし……いくら口をすすいでも血の臭いが取れやしない……」
ガイウスはストレス解消とばかりに散々愚痴を連ねた。
そしてひとしきり愚痴を言い終えると、大きな溜息を一つ吐き、気持ちを整えたのであった。




