第千百九十話 クリード
「ガイウスよ……いや、今わたしの目の前にいるお前の名前は別だな……」
先程から自分を無表情で観察しているガイウスに対して、カルラが言った。
だがガイウスは、それにも何の反応もしなかった。
「名前だけでも教えてくれんか?わたしはカルラという。お前の現世での名前であるガイウスの師にあたるものだ」
するとガイウスが、ふいに放出し続けていたエネルギー波を止めた。
カルラは軽く一息つき、改めてガイウスに向かって問うた。
「名前くらいはいいだろう?教えてくれ」
ガイウスはしばらくの間無表情で無言を貫いていたものの、ついにその重い口を開いたのだった。
「……俺はクリード……いや、かつてクリードと呼ばれていた男だ……」
「かつて……か。やはり前世の人格なのだな?……」
カルラが確認するように言った。
するとクリードが眉根を寄せて考えた。
「……わからん。記憶が混濁しているようでな……名前はかろうじて思い出せたが……それ以外はわからん……」
「そうか。では少しばかり尋ねるが、現世の姿であるガイウスとしての記憶はあるか?」
「……かすかにな。だがそれは俺の記憶としてではないな……ああ、どうやら確かに別人格のようだ……」
「ふむ。混濁した記憶ではあっても、自分の記憶とガイウスの記憶は別物という認識なのだな?」
「ああ、そうみたいだな。それに……どうやら他にもいるようだ」
するとクリードの身体全体が突然ビクンと震えた。
そしてガクンと勢いよく首を垂れたかと思うと、ゆっくりとした動作で首をもたげてきた。
だが顔を上げたガイウスの瞳には、恐ろしげな何かが潜んでおり、さすがのカルラも息を呑んだ。
「……何者だ?……名を名乗ってくれるとありがたいのだが?……」
カルラが最大限に警戒を強めながら呟くように言った。
するとそこへカリンとデルキアが、カルラの両脇を固めるような位置取りに、瞬間移動をして現れた。
「……どうやらヤバそうな奴が現れたみたいだな?」
デルキアは一瞬の内に戦闘態勢に入った。
するとカリンもゆっくりとした動作で腰を沈めて、いつでも飛び出せるような姿勢を取りながら言った。
「……どうもそのようね。油断は禁物よ……」
するとガイウスの姿をした何者かが、静かに唇を開けて舌を出した。
そして自らの唇をゆっくりといやらしく舐め回し始めた。
「……きもい……だれだか知らないけど、とことんきもいわ……」
カリンが嫌悪感丸出しで吐き捨てるように言った。
するとデルキアも、これにはすぐさま同意するのだった。
「本当だな。正直名前なんかどうでもいいから、すぐにでも殴り飛ばしたい気分だぜ!」




