第百十六話 朝は来る
1
「……ん……んん……」
若草のような柔いまつげを揺らして、アベルがゆっくりとまぶたを開いた。
するとアベルが横たわるベッドに腰掛けていたガイウスが、そのことに気が付いた。
「……起きた?アベル……」
「……うん……」
アベルは返事をしたといえども、まだだいぶ寝ぼけているようであった。
そのためガイウスはあせらず、沈黙を守った。
そしてしばしの時が流れた。
「……あっ……」
アベルが何かを思い出したように小さく声を上げた。
するとガイウスはとても優しげに、そっとアベルの耳元で囁いた。
「……うん。行って来た……」
アベルはガイウスの言葉を聞いておもむろに目を伏せ、一度大きく息を飲んだ。
ガイウスはアベルのそんな様子を見て言葉をつなぐことを止め、アベルの心の準備が出来るのをじっと我慢して待った。
そしてまたしばらくの時が流れ、ついにアベルが覚悟を決めたかのように声を出した。
「……どうだった?……」
すでに覚悟を決めていたガイウスは、アベルのようやくの問いに一息で答えた。
「だめだった。村は完全に跡形もなく、湖になっていた」
ガイウスは一気に用意していた言葉を吐くと、恐る恐るアベルの瞳を覗き込んだ。
するとアベルは無表情のままに黙りこくっていた。
そして永遠とも思える時間が過ぎ去り、アベルが静かに口を開いた。
「……そう…………わかった……」
もはやガイウスに出来る事は、無言のままアベルをそっと抱きしめることのみであった。
2
「坊ちゃま、おはようございます」
ガイウスが部屋のドアを開けて廊下に顔を出した瞬間、待ち構えていたようにロデムルが小さな声で朝の挨拶をした。
「ああ、おはよう」
ガイウスはあまり眠れなかったのか、寝ぼけまなこで挨拶を返しつつ、廊下に出て後ろ手にドアを閉めた。
「どうやら、あまり眠れなかったご様子……」
「……うん。まあね……」
「……アベルの様子はいかがですか?」
「……一応起こしたけどね。アベルもあまり寝てないから、もしかしたら二度寝しちゃうかも」
「ずっと二人でお話を?」
「ああ、アベルが寝付くまでね」
「ではとりあえず一階の食堂に参りましょう。もしアベルが起きて来なければ、後ほどわたくしが起こしに参りますので」
「うん。わかった。そうしよう」
ガイウスは素直に承諾すると、階下へ向かってゆっくりと階段を下りていった。
すると女将さんが階下でガイウスを待ち構えていた。
「まあ!おはようございます!どうです?アベルちゃんの様子は?」
「はい。おそらく大丈夫だと思います」
「まあ!そう!よかった~」
女将さんはそう言いながら食堂奥の厨房へと慌てて向かった。
そして厨房で忙しく立ち回るご主人に向かって大きな声で報告した。
「あんた!聞いた?アベルちゃん大丈夫だって~。ほんとよかったわ~」
すると無愛想なご主人がぶっきらぼうに答えた。
「ああ」
女将さんはご主人の返事を聞いていたのかいなかったのか判らない位の勢いで喋り続けた。
「よかった~ほんとどうしようかと思っていたもの~よかったわ~」
ガイウスは苦笑いを浮かべつつ、昨晩と同じ椅子に座ると、ロデムルも同じくその隣に座った。
すると誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。
その音は小さな音であったが、女将さんも気付き、声を潜めて耳を傾けた。
すると階段からアベルが可愛らしくぴょこっと顔を出した。
「おはよう」
アベルは快活な声で挨拶をした。
ガイウスたちは、とたんに笑顔となって大きな声で挨拶を返した。
「おはよう!」




