第十話 剣術家アキレス・クラウディウス
「本当に、ものすごく似ているんだよ」
ガイウスは、ユリアと共に荒れた馬車道に揺られながら話していた。
彼らは馬車に乗り込む際、少しばかり老従僕と御者に繰言を言われたが、なんとか宥めすかし、本来の目的地である剣術家アキレス・クラウディウスの道場へと向かっていた。
「わたしなんかとその貴族の子が?」
ガイウスと隣り合って座るユリアは、対面の老従僕を少し気にする素振りを見せながらそわそわしつつ小声で言った。
「わたしなんかって言うけど、貴族なんて別に普通の人間となにも変わらないよ」
ガイウスは落ち着かない素振りのユリアを見て、とても可愛らしく思っていた。
「わたし貴族なんて見たこともないから、雲の上の存在だと思ってたし」
「そういうものか」
「わたしからしたらシュナイダー家のお坊ちゃまだって、なんていうか異世界の住人みたいな感じだし」
(大正解。もっとも肝心の記憶はないんだけどね。転生してからもう六年も経つっていうのに、まったく記憶が戻っていない。俺は一体誰なのか。日本人ってことと、東京近郊在住ってことくらいしか憶えていないなんて)
「ねえ、本当にガイウスって呼んでいいの?」
傍らの老従僕をちらと見ながら、ユリアは小声で尋ねた。
ガイウスは思索を途中で打ち切り、我に返って笑顔と共に返した。
「もちろん。そのかわり僕も君のことユリアって呼ぶよ」
「それは、わたしはもちろん構わないけど」
ユリアはやはり老従僕を横目で窺っていた。
だが老従僕は年齢のせいか耳が遠く、ほとんど二人の会話を聞き取れていなかった。
「じゃ、そういうことで決まりだね」
ガイウスは満面の笑みを湛えたまま、お互いの呼び方について決着をつけた。
そうこうする内に馬車は目的地に到着した。
ガイウスはユリアの手を引いて馬車から降ろし、次いでおもむろに目的の建物を見上げて、大層驚愕した。
(これ、どう見ても日本の銭湯じゃないか!こっちの世界に来てからというもの、全て中世ヨーロッパ風の建物ばかりだったけど、これはどこからどう見ても日本の建物だ!)
ガイウスの眼前には、純和風の破風建築の建物があった。流麗な曲線を描く屋根は漆黒の瓦で覆われ、建物の前面は様々な木彫りの彫刻で彩られていた。
(ところどころ細部で違うところがあるから、完全に銭湯ってわけじゃないけど、少なくともこれは日本風の建物ではある。やはりこの世界はまったくの別次元ってわけじゃないんだな。いったいどういう繋がりなのか)
「変かな?わたしの家」
ユリアは、彼女の家を見て驚くガイウスの顔を見て、悲しげな憂いを帯びた表情を浮かべていた。
思索にかまけていたガイウスはふと我に返り、瞬時にユリアの表情を見て取って、首と両の手の平を大きく横に振りながら慌ててそれを否定した。
「ううん。変じゃない。変じゃない。ただ独特な形の建物だから見入っちゃっただけだよ。ほら、あの屋根とかすごく綺麗な形してる。壁の彫刻もすごい綺麗だ」
ガイウスの必死の弁明は功を奏し、ユリアの顔は次第に明るくなっていった。
「よかった。わたしの家って、よく変だって言われるからちょっと心配だったの」
「変わってはいるけど、とても綺麗な家だね」
「うん、ありがとう。さあ入って」
ユリアは笑顔でガイウスの手を引き、建物の中へと招き入れた。
ガイウスはほっと胸を撫で下ろしつつ、彼女に従って建物の中に足を踏み入れた。
「ただいま、お父さん」
ユリアの快活な声に、建物の奥から反応があった。
「おかえり」
その声はとても穏やかでありながらも、厳かな雰囲気も伴っていた。
そしてその声の主は足音を立てず、また気配も感じさせずに二人が待つ玄関へとすっと現れた。
穏やかな表情を浮かべたその人物は、ユリアの顔を見ると頬を緩ませにこりと微笑むと、傍らのガイウスに視線を移してほんのわずかに小首を傾げた。
「おや、その子は、もしかするとシュナイダー家の?」
ガイウスは姿勢を正し、シュナイダー家の跡取りにふさわしい礼儀で挨拶をした。
「はじめまして。ガイウス・シュナイダーと申します。本日よりこちらの道場でお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
するとそれを聞いた道場主もまた姿勢を正して返礼した。
「ご丁寧に痛み入る。わたしは当道場の主でアキレス・クラウディウスという。本日より貴殿の剣術指南を承ることになった。こちらこそよろしく頼む」
アキレスはかなり背が高く、細身で手足の長いモデルのような体型をしていた。いまはまだ子供とはいえ、将来的には大変な美人になるであろうと思われるユリアの父親らしく整った顔立ちをしており、さぞや近隣女性を虜にしているだろうことがガイウスには見て取れた。
「お父さん。わたしさっき変な男たちに襲われたの。そこをガイウスが助けてくれたのよ」
愛娘の驚愕の告白に、さしもの剣の達人も色をなした。
「なんと!怪我はないか!?」
「うん。全然」
「そうか。ガイウスありがとう。心から感謝する」
アキレスはガイウスに対し、深々と頭を下げた。
「あっ、いえ。そんな。当然のことをしたまでです」
ガイウスは少々照れた素振りを見せた。
「すごかったのよ。大の大人を四人もあっという間に倒しちゃったんだから」
ユリアの証言に、アキレスは驚嘆した。
「四人もの大人を?本当かいユリア?それではわたしが教えることなどなくなってしまうが」
アキレスは苦笑交じりにそう言った。
するとそれにユリアが、さも自分の手柄のように得意満面で返した。
「お父さん。剣術じゃないの。魔法でなのよ」
それを聞いたアキレスはさらに驚愕した。
「魔法!君は魔法が使えるのか?」
「はい。少しですが」ガイウスは面映い表情を浮かべて言った。
「そうか。そういえばロンバルド殿も魔法が使えたな。だが攻撃魔法を使えただろうか」
「我が家は代々魔法が使える家系ですが、多少の治癒魔法が使えるくらいだと聞いています」
「そうか。だが君は使えるんだな?攻撃魔法を」
「ええ。まあ」
「驚いたな。その上、剣術を身につければ鬼に金棒というわけだな」
「いえ、どちらもまだまだです」
そんなガイウスの驕らない態度を、アキレスは快く思った。
「ところで話は変わるが、襲われたというのはどんな男たちだったのだ?」
「どんなって言われても」
困った表情のユリアに、ガイウスが助け舟を出した。
「黒ずくめの男たちで、さも悪党って風情でした。近くに馬車があったのでユリアをそれに乗せて誘拐するつもりだったのでしょう」
「誘拐するつもりだったと?」
「はい。心当たりはありますか?」
アキレスは思い当たる節があるのか一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐにそれを押し隠した。
「いや、なにも」
ガイウスはそんなアキレスの表情を伺いつつ、先ほどから心に引っかかっている疑問を口にした。
「以前、僕はあるパーティーでユリアとそっくりな少女と会ったことがあるんです。名はクラリスと言って、たしかダロス王国の貴族で、駐エルムール公使のシュトラウス家のご令嬢だったと思います」
するとアキレスは、今度は心中を押し隠せずにはっきりと青褪め、血の気が引いてしまった。
「そ、そうか。シュトラウス家の……ではその子に間違われてしまったのかもしれないな」
ガイウスは、アキレスの明らかな動揺を見て取り、確実に何かを隠していると感じた。
だが、ガイウスはそれを口にだすことはしなかった。
なぜならばアキレスの表情には今、断固たる決意が見て取れ、聞いたところで答えないであろうことがガイウスには読み取れたからだった。
(何を隠しているのか。いずれ分かる時が来るかも知れないし。とりあえずはまあ、よしとするか)
ガイウスはこの気になる謎を一旦棚上げにし、アキレスの招きに応じてユリアと共に道場内へと入っていった。
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