第千八十九話 口角泡を飛ばす
1
シェスターが深々と頭を下げるのを見て、ガイウスも慌てて頭を下げた。
しかしそれをカルラが見咎めた。
「とってつけたように頭を下げてんじゃない。言っておくが特訓はやるぞ。お前の性根を叩き直すためにね」
ガイウスはまたしても白目を剥いて、頬をひくつかせる羽目となった。
するとそこでシェスターが、カルラに対して尋ねた。
「ところでカルラ様、あの棺についてはガイウス君から聞かれましたでしょうか?」
「棺?何のことだい?」
すると何とか気持ちの整理を付けたガイウスが説明をしはじめた。
「ああ、あれさ……あの巨大な石柱。あれ、美神イリスの棺なんだよ」
するとさすがのカルラが大いに驚愕した。
「何だと!?イリスの棺?お前たち、それは正気で言っているのかい」
カルラは眉根を寄せ、真剣な表情となって問いかけた。
するとシェスター同様、ガイウスも真顔となって答えるのだった。
「正気だよ。あそこにいるグレン……古文書館の学芸員なんだけど、彼が棺に刻まれている古代文字を読み解いたんだけど、そこにはイリスの棺って書いてあったんだよ」
するとシェスターがガイウスの言を引き継いだ。
「しかもあの棺は、今現在はあそこに無造作に置かれておりますが、それまでは厳重に保管されておりました。ですのでただの石柱でないことは確かなのです。それに……」
するとカルラがシェスターの言を遮って、厳しい表情のまま言った。
「わかった。ならばとりあえず、そのグレンとやらを呼んでくれ。そやつの詳しい説明が聞きたいのでな」
カルラはそう言うと、唇をキュッと力強く真一文字にひき結ぶのであった。
2
「……なるほどな。話しは判ったが、さすがににわかには信じがたい話しではあるな……」
カルラはメルバ邸の一室においてグレンの説明を聞き終えると、深く重い溜息を一つ吐いていった。
するとカルラの真正面の席に座るグレンが、口角泡を飛ばして抗議の声を上げた。
「お、お言葉ですが、わたしの解読に間違いはないかと……何処をどう読んでもあれはイリスの棺かと……」
するとカルラが面倒くさそうに手を振ってグレンを制した。
「あ~わかった、わかった。わたしは別段解読内容を疑っているわけではない。あの石柱にイリスの棺と書かれてあることが確かだとして、だからといって中身が本物であるとは限らないと言っているだけだ。お前の能力を疑っている訳ではない。ご苦労だったな。下がっていいぞ」
グレンは、少々不本意そうな表情を浮かべながらも、相手がガイウスたちが恐懼する対象のカルラであったため、仕方なさげに退室していったのだった。
するとそんなグレンの背中を見送ったガイウスが、大きくかぶりを振った。
「……いやカルラ、あれは間違いなく本物だよ……」
カルラは眉根を寄せて、ガイウスをきつく睨むのであった。




