お稲荷様との日常
この世はなんと生きにくいものなのか。
そう俺こと、市嶋拓哉は体をほぐしながら思った。
かねてより日本人とは、義理人情に厚く、そばに困っている人がいたならばとりあえず声をかけ、手を差し伸べてしまうものだった。
それを象徴するかのように、外国人に聞いても日本人は優しい、義理堅い、人情に厚いと言う。
しかし、今の世の中はどうだ。
クラスでいじめられている子は、担任の教師に見て見ぬふりをされて自殺するまで追い詰められているし、民衆を律するべき警察は法に律されている。
政治なんてものは正しく機能しているように取り繕っているつもりだろうが、原子力発電所については一切決まっていないに等しいし、借金は今現在も増え続けているし、簡単にトップが変わる国として世界中からなめられている状態だ。
これでは国民が起こるのも仕方のないことだろう。
まあ、いろいろとこの国について語ってみたのだが、十八歳の俺が行動しても何も変わらないわけで。
そんなことを考えながら俺は走り出す。毎朝の日課になっているジョギングだ。
俺が暮らしているのは神奈川県のちょうど真ん中より左にずれた辺りにある彬の宮と呼ばれる場所の一軒家に母、父、姉の四人で暮らしている。
何でも、彬の宮ができた理由と言うのが、彬の宮から車で十分くらい行った場所にあるダムが原因らしい。
ご先祖様がダムを作るからと言われて追い出され、その代わりにと渡された土地が彬の宮らしいのだ。
しかし正直に言うと、田舎だ。
最寄りの駅に辿り着くまで三十分バスに揺られなければならないし、商店街何てものはあるはずが無いし、小さいとはいえ、山の上にあるために小中高ともに学校に行くに坂を下り、部活で疲れている帰りは坂を上らなくてはならない。
そのお陰か、学校では足は速い方だったのだが……。
それでも俺は、将来の事を考えて、東京の専門学校に約二時間かけて通っているが、今は夏休みなので行かなくても大丈夫だ。
そんな俺でも、日々の習慣は変わらない。
今朝も、日が昇る前に起床し、とりあえず冷蔵庫で冷やしておいた水を一杯。
その後、ランニングウェアに着替え、iP○dを片手にジョギングをする。曲は当然、季節に会わせて桑田○祐の「波乗りジ○ニー」だ。
そして、彬の宮の外周を走り、坂の下のコンビニまで来たら折り返し登り始める。
そして、二丁目にある大きな坂を登り、下ってから神社に向かう。
神社と言っても小さなもので、何でも、彬の宮ができる前の場所にあった神社らしい。もうそこはダムのしたに埋まってしまったが。
そこで軽くお参りをしてから、家に帰る。
今日もその予定だ。
二丁目の坂を登り切り、早朝の軽く靄のかかった景色を拝み坂を降りる。
曲もすでに代わり、今は「明日晴○るかな」だ。軽く口ずさみながら快調に駆けて行く。
坂を降りきり、左へ曲がった先に神社はある。俺はさらにペースをあげて、神社へと向かう。
鳥居が見えてきたところでペースを落とし、歩く。急に止まると足の筋肉に悪いからだ。
汗を袖で拭いながら、鳥居を潜り、たった五段の石段を昇る。
そして、いつ見ても無造作としか言いようがない置き方のされているお賽銭箱へ五円玉……が無いため、泣く泣く五十円玉を投げ入れて、手を合わせながら目を閉じる。
「日本がより良い国になりますように。……それと成績が上がりますように」
十秒ぐらい願ってから目を開ける。
するとそこには、目を閉じる前にはなかったものがあった。
「う~ん。前半の願いはともかく、後半のならば行けるか?しかし、今の妾の力では気休め程度にしか……」
目を開けたら、目の前に狐耳生やして、巫女っぽい服を着た女性がお賽銭箱の上で胡座をかいていたのだ。
いや待て俺、それはあり得ないだろう。
百歩譲って、巫女さんがいきなり現れるところまでは許容できる。しかしだ、狐耳を生やしたとなると話は別だ。
俺の記憶に間違いがなければ、彬の宮にはコスプレ趣味を持ったやつは坂西さんしかいなかったはずだ。
それにお賽銭箱の上で胡座をかくのはどうかと思われる。
いかに神職の方でも……いや、神職の方だからこそお賽銭箱に乗るのは駄目だろう。
そういえば、いきなり現れると言えばテレポーテーションと呼ばれる超常現象がある。
あれは確か、二点間の空間を飛び越えて瞬間的に目的地に物体を転送したり、自分自身が移動する能力だったはずだ。
間の空間を通ることがないから、間に壁などの障害物があった場合でも問題なく移動できるらしいが、実際にやっているやつを見たことの無い俺にとっては「へー、便利だな」ぐらいにしか思えない。
よし、現実逃避はやめようか。
それに、自分にわからない現象に対していちいち考えることは、無駄なことだと高校で習ったはずだ。
「……誰だ、お前」
「いやしかし、願いを無下に……ん?」
狐耳女性と目があった。こうしてみるととんでもない美形だ。
よくあるクラスのアイドルだとか、道端に落ちている週刊誌に載っているようなアイドルなどとは比べ物にならないほどだ。
テレビをあまり見ない俺は、最近のアイドル歌手がわからないが時々見かけるやつはかわいいな程度には思う。
しかし、この狐耳女性は違う。
なんと言うべきか。纏っているオーラが違うと言うべきか。
狐の毛並みを彷彿とさせる黄金色のセミロングの髪に、きりっとした目。スッと通った小鼻に桜色の唇。
巫女服と言う体型を隠しやすい服装からでもわかる胸は……残念だが、全体的に引き締まっていて、男の夢や希望が詰まっているもの無くても十分整っている体型だと想像できる。
そして、極めつけは身体の後ろをゆらゆらと揺れている尻尾だろう。
五本の尻尾は風に揺らめくこともなく、しっかりとモフモフ感を損なわずに立っている。
なんとも素晴らしいモフモフ。できるのならばあのモフモフをモフモフしたい。
そんな欲望が溢れ出しそうになったが、目の前でちらつくものに気がつき、なんとか奥に押し込む事に成功した。
視界の焦点を合わせると、先ほどの狐耳女性が、顔すれすれで手を振っているのがわかった。
「……なにしてんですか」
「おおっ!?」
行動が理解できず再度尋ねると、今度は驚きながら後ずさった。
……さすがの俺も傷つくぞ。
「わ、妾が見えるのか?」
「いや、そりゃ見えますよ」
お前は何を言っているんだ?全く持って理解ができない。
そもそも視界に写ると言うのは、眼球が太陽光を反射された光を可視光線内で認識し、その光の強さや色によって遠近感や色彩を作り出しているのであって、光学迷彩を完成させなければ完全な透明人間は作れないだろう。
しかし、狐耳女性にとって、俺に見られると言うのが衝撃的だったらしく、またしても思考に入っていったようだ。
「何故だ?先ほどと神力は減っておらぬし、あやつに妾は今まで見えておらんかったはず。……ん?待てよ。確か十年くらい前の正月に変な願いを叶えてやった気がするぞ?確か……非日常を過ごしてみたい、だったかな?」
それなんて厨二病(笑)
そんな願いしたやつの気が知れると言う話だ。
おそらく、そいつの自己紹介は「一般人に興味はありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい。以上!!」だな。いや、絶対。
「確か名は……市嶋とか言ったかな?」
衝撃の新事実、犯人は俺だった。な、なんだってーー!!
ちょっと待ってろ。今すぐ引き出しの中のタイムマシンで十年前の俺を止めてくる。
そういえば、昔友人に「タイムパラドックスは起こるはずがない」と聞いたことがある。
何でも、過去に戻って起こした事象は限りなく広がるパラレルワールドの分岐点であり、過去から見て未来の自分が来た時点で、そこは全く別の世界になってしまっているからであり、つまるところのび太のジャイ子との結婚は覆されないのだと言う話だ。
全くもって夢がない話だ。
「なんかお主、変なこと考えておらぬか?」
「全然」
俺はNO!!と言える男なのですよww
とまあ、下らないことは置いておいて。
「んで?お前は誰なのよ?」
「ぬ?妾の名を知らぬとな?ならば答えようぞ!!」
そう言って狐耳女性は、お賽銭箱の上に仁王立ちになり、腰に手を当ててふんぞり返った。
「妾の名は「バチが当たるからお賽銭箱の上に立たない!!」……はい」
全くもって今さらな事なのだが、いま言っておかなければずっとお賽銭箱の上にいると思ってしまえば、いま言わなければならないという使命感のようなものが込み上げてしまったのでしょうがないと思えてしまったのだ。
お賽銭箱を蔑ろにすると腋出した巫女が鬼の形相で「選定[キングクリムゾン]!!お前に私と戦う資格なんぞなぁぁあぁぁぁぁい!!」って叫びながらK.O.されるって友達の親友の知り合いのクラスメイトが言っていた。
反省はしていない。後悔もしていない。
ただ、少し落ち込んだ風にしょんぼりとした狐耳女性に対して、萌えてしまったのは仕方の無いことだろう。
お賽銭箱から降りた彼女は、どうやら上の立場から見るのが好きらしく、境内の上からまたしても見下ろすようにふんぞり返った。
……薄い胸が痛々しい。
「改めてっ、妾の名は正一位殻倉稲荷大明神じゃ!!」
へー、そーなのかー(棒)
いやいや、いきなり[せいいちいこくくらいなりだいみょうじん]とか長い名前出されても混乱するだけだからな?
みんなも実際にやられてみればわかるから!!
……はて、みんなとは誰の事なのだろう?電波か?
しかもこの名前、どこかで聞いたことが無いような有るような……。
「なんじゃ、妾の名を聞いても何も思わんか。やはり最近の若者は信仰心が無いからかのぉ」
信仰心て、それなんてガンキャノンww
それかあれだな。あーうーだな。
しかし、信仰心と来たか。もはやコスプレ通り越して電波じゃねぇの、コイツ。
そんなことを思いながらも、どうやって逃げ出そうか考えを巡らせていると、狐耳女性の後ろに鎮座された石碑のようなものが見えた。
あれは確か、ダムの下に沈んだ村からこの神社を移設する際に資金を出した人の名前とこの神社が祀る神の名前が書いてあったはずだ。
確かそれは稲荷大明神で、名前は確か……。
「……まさか、お前ってこの神社が祀っている稲荷大明神か!?」
「おおっ。やっと思い出したのじゃな!?そうじゃ。妾がこの神社で祀られている神じゃ!!」
そう言って、嬉しそうに五本もある尻尾をパタパタさせる狐耳女性。お前は犬か!!と言いたい。
しかし、この狐耳女性は神にしてはなんと言うべきか……。
「……威厳のへったくれもないな」
「大きなお世話じゃ!!」
俺の言葉に苛立ち、頭を叩こうとした身を乗り出した狐耳女性だが、お賽銭箱にガッ!!と音が鳴るほど強打して踞ってしまった。
巫女服を着ているのならば、当然足は裸足か足袋を履いているのみなので、とんでもない痛みが走っているのだろう。
キッ、と俺を見上げたその目には涙が浮かんでおり、俺の心がキュンとなる。
やめろ、そんな目で見るな。苛めたくなる。
しかし、俺はまだ知らなかった。
この先、コイツを苛め抜くのが俺の人生だとは。
続きはたぶん書きません。
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