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メシア、始動

「ゼックスが死んだ!?」

あまりの凶報に思わずマリアは顔を歪め叫びだした。

あれだけ練った作戦だったが誤算はユミルの実力。想像以上の実力を誇っていたためマリア自身一瞬の隙を突かれ足止めが叶わなかったのだが、まさかそれが決定的になってしまうとは。

情報部を担っているユリの仕事には信頼を置いているが、それでも懐疑的になってしまう、いや懐疑的になってでも信じたくない話であった。

「私も信じたくありませんでした。…しかし、ユミルが血塗れのゼックス様を引きずるように連れて帰ってきており、広場で高らかに宣言していました。…私も見ましたがあの血、あの顔、……本物としか」

ユリは今にも涙を流し、その場に座り込んでしまいそうな位悲しみにひしがれていた。

ゼックスの至高き理想に賛同する同志の中でも、ユリは特に感銘を受けていた1人だ。だからこそ情報収集等という最前線の任務で自分の命すら懸けて活動してきていたのだ。

一重にその理想のために。…その理想の提唱者がいなくなったとしてはどれだけのショックと悲しみなのだろう。


そんな様子にマリアもようやく落ち着きを取り戻し、司令としての顔に戻る。

「…では、今からメシアはゼックスを亡き者としてこれからは私が指揮官兼リーダーとして立ちます。ゼックスの誓いは守れなかったけれど、それでも敵の1人を欠けることなくこの革命を成功させること、それがあいつへのせめてもの供養よ」

涙を一滴流しながらユリが静かに頷く。本当は声を上げて泣きたいのだろう、だがマリアとて我慢しているのだ、それが組織の上に立つものとしての務めだからこそ。

「ユリ、ヒイラギとノバラを呼んできて。あいつがいない以上これ以上戦力を落とすことも、士気を落とすことも許されない。早急に国の大金庫への潜入に移るわよ」

涙に濡れた瞳に、燃える意志を宿し、メシアの女性2人は理想のために戦うことを改めて決意した。




■■■■■■



一方王宮では----

「王国騎士団隊長ユミル、ただいま戻りました」

王の間への堂々とした行進、だが誰の目にもその異様さは映っただろう。

頬が返り血にそまり、血だらけの男を引きずるように王の間の真ん中を進み続ける騎士団隊長は、普段の鋼のような意志の籠った瞳とはかけ離れており、初めての殺人に言いようのない後味を感じているのか、それとも快楽を目覚めさせたのか分からない程その瞳には生気を感じさせなかった。

あまりの形相に普段ユミルに突っかかりがちな大臣達ですら息を飲み、見守る他ない。王に到っては恐怖や嗚咽を隠そうともしない。

そして、普段通り王との謁見の距離までユミルが進むと頭を垂れ報告を始める。

「反逆者ゼックス、広場においての処刑は妨害に遭い行うことができませんでしたが、逃亡を図ったためその場であえなく処断致しました。その証として無粋とは思いましたが持ち帰り、王に確認していただこうと」

ユミルは横にゼックスを放り出すと、王に視線を戻した。

「どうぞ、ご確認下さい」


…しかし、動くものは誰もいなかった。呼吸すらしていないし、これだけ血に濡れた死体では臭いもキツく、わざわざ近寄ってまで確認したいとは思わない。

特に普段から血を見る事のなかった執政官達は直視すら耐えられず、目を背けている位だ。

「よ、よい。十分に確認した。反逆者の首級を逃さず打ち取ってきたな、さ、さすがユミル。もうよいぞ、その不快な死骸をとっとと処分してこい!」

勿論王も血を見る機会等殆どなかったのだろう。これで話は済んだとばかりに、早々に手を振りユミルに処理を任せようとする。

「分かりました。王宮で処理するのも王の不興かと思いますので、下水にでも落として参ります」

そう言い、ユミルが踵を返す様を見届け広間にようやく安堵が戻ったと思ったその瞬間、

「…へぇ、ユミル隊長お手の怪我は大丈夫ですか?」

ユミル自身聞きなれない声が響いた。


ふとその声の主を探し、目を当てると見慣れぬ男が立っていた。

長身、銀髪ロングという一見優男風の成り立ち、しかしその瞳だけは特別だった。男の緑色に光るその瞳には形容しがたい狂気が滲み出ている、傍から見るだけで隠そうともしないその狂犬のような恐ろしい男、いったいどこの誰だ?そうユミルが思うと

「おぉ、忘れておったこの男の紹介がまだだったな。大臣推薦により東の大陸よりわざわざこの地に渡ってきてくれたミラルゴ将軍だ。この地の平定に力を貸してくれるということで、東のグレーデン王国からやってきてくれたのだ」

平定?むしろこの男こそ狂乱をもたらしそうだと思いたい程だ。そんな印象だった。

「ミラルゴです、以後宜しくお願いしますよ、ユミル隊長。しかし賊もかなり暴れたようですね、『ユミル隊長程の実力者に傷をつける』、なんて」

その猫撫で声もユミルの勘に触る、人を食ってかかったような軽薄な態度、本当に将軍等という地位にいるのだろうか?しかし、ミラルゴはユミルの左手、出血している部分をじっとみつめていた。

「…失礼します」

意に介さないが、国同士の決定にユミルが口を挟める立場ではないと弁えていたためその場での挨拶を省く無礼も、こちらの態度を伝えるには丁度いいだろう。

だが、こちらの無礼にも特に気にした風もなく、ミラルゴが話を振ってくる。

「下水にいくなら気をつけて下さいよ。反逆者なんてドブネズミ、いかにも臭そうですからね。そんな臭いをつけて王宮に帰ってこないで下さいね」

「……」

無言を貫き通し王の間から退出するユミル。その背中をなめずるように見つめていたミラルゴの視線はとにかく不快だった。



■■■■■■


ユミルはゼックスの死体を引きずったまま、ようやく市街地の人目がつかない下水まで辿りつき死体を放り投げた。

…手が血塗れだ。それに服も顔も血がベットリとついてしまってその臭いもとにかく酷い。

こんな下水道よりも自分の方が匂うのでは?そう思ってしまう程今のユミルは酷い有様だった。

(とにかく王宮に帰って洗い流さないと)

しかし、不意に左手の傷が疼く。洗い流すとなればこの傷では染みてしまうだろう。セイラにきつく包帯を巻いてから洗おうかと考えつつも下水に沈んでいくゼックスを見送る。

「……さようなら、メシアのリーダーさん。楽しかった」

それきり、思い出を振り切るかのように目を背け王宮へ、自分の場所へと踏み出した。




だが、門の前で待ち構えていたのは予想外にミラルゴだった。

王の間で会ってからといい、本当に気味の悪い男だ。底抜けに明るいゼックスとはまるで対照的にこの男には深い闇を感じる。

このまま無視して通り過ぎようとするが、自分を待っていたらしいこの男は平気で声をかけてくる。

「お帰りなさい、下水はどうでした?たまには王宮の外もいいもんでしょう?」

クスクスと笑うその姿は気持ちが悪いを通り越して吐き気がしそうだ。ミラルゴの横を通りすぎ、そのまま帰ろうとしたが、背中に不穏な言葉が届く。

「その左手、今度の御前試合で不利にならないといいですね」

御前試合?まさかと思うがこの男と国同士の交流、そうみせかけた実力の測りあいが行われようというのだろうか?

ユミルは足を止めるつもりはなかったが、それでも足が止まってしまう。

……こんな狂犬を相手にしなくてはならないのか、そのため息と同時に先ほどから指摘され続けた左手の傷。

全身が血に濡れている中で、左手だけは自分の傷と見抜く洞察力は確かにそれなりに実践を積んでいなければ分からないだろう。

「痛そうな『刺し傷』。完治して試合に臨んで下さいね」

それでは、と立ち尽くすユミルを追い越し王宮へと先に足を運ぶミラルゴ。

立ちつくすユミルにツゥっと汗が流れる。

(…気付かれた、のか?)

御前試合、負ける訳にはいかない。相手が未知であるからこそ、これ以上の障害はごめんだとユミルは心に固く誓った。



■■■■■■


「ノバラ!優秀なのを15人調達して!出来れば狙撃が出来るタイプの人間!」

メシア司令室ではマリアの声がやむことなく続いていた。

「ヒイラギ!この書類は何!?武器の密輸の件難航ってどういうこと!そんな言い訳いいからとっとと交渉に戻りなさい!」

人手が足りない、マリア1人で回しきれる組織でもないし、ゼックスが欠けた分急ピッチで作戦を進めていかないとメシアは自然消滅してしまう。

それだけは何としても避けるため、そして部隊としても忙しければ忙しい程余計なことをする暇がなくなり、変な噂や規律が乱れるのをある程度防げる。…もっとも苦肉の策ということも否定できないが。

「ユリ!情報部から何人かヒイラギに回して!資金面の心配は次の作戦で無くなるから、その時に物がないと資金の意味がなくなる!物を回せそうな協力者探しと協力の取りつけのサポート要員を回して!」

幹部3人も勿論奮闘はしているが、何分今回は事が事だけにハッキリと回し切れていない。

部下の仕事の割り振り、押さえつけ、そして規律を整えるだけで手一杯なのが現状なのだ。それほどリーダーの欠けた組織は脆い。

「ヒイラギ待った、次代の子供達の件だけど後回しに。正直今を成功させなきゃ次なんて永遠に無いわ!メシアが解散したらもう貧民街自体取り潰されたっておかしくないの」

現実、軍の一部が貧民街に斥候にきている。斥候ということは本隊がいつ来てもおかしくないのだ。

戦争、これが現実だが戦争になったとすれば間違いなくメシアは負ける。

マリア1人で奮戦しようが、組織の勝利ではないし何より多数の犠牲を払ってしまう。マリアだけが生き残っても何も意味がないのが革命なのだ。

「く、あぁもうノバラは貧民街の守りの戦略上使えないし、部下15人程度で本当に陥とせるかしら」


国の大金庫と言えば国の財源そのものだ。勿論警備も厳重だし、保管してある財は目もくらむ程だ。

そしてその守りに加わっているのが国一番の変わり者と言われるDr.ベガである。

狂気の科学者である彼はサイボーグの手法を確立し、そして実験と称して国の金庫で実験を日々行っている。

貧民街から秘密裏に連れだされた人や死体があるというのが、その狂気ぶりに拍車をかけている。


「誰が相手でも敵じゃないけど、今の相手が時間なのが勝負の分からない所ね」

もはやため息をつく暇も時間もない。自分が折れる訳にはいかないのだ。

「あーユリ、あなたは休憩しなさい。それで私と自分の分のお茶でも入れてきて、後簡易な食事でも」

「そうだな、俺の分も含めて3人分頼むよ。1週間ろくな食事も出来なかったからすっかりやつれちまった」



司令室にいた4人が固まる。

まるで死人でも見たかのような、いや死人を見ているのだ。凶報を知らされもう生きていないと思われた…リーダー。ゼックスの姿が。

「よ!悪いがお茶と飯と風呂が先かな?下水に叩きこまれたんで目茶苦茶臭いんだ、俺」

マリアに呆れの表情が浮かぶ。

ヒイラギからは盛大な舌打ちを喰らう。

ノバラからは敬礼をもらう。

そしてユリは


「お帰りなさい!!」

下水まみれで汚いゼックスの胸に一欠片の躊躇もなく飛び込み、そして溜めこんでしまった涙が溢れんばかりに自分とゼックスを濡らす。

「お帰りなさい!……お帰りなさい!!」

少し嗚咽が混じりながら咽び泣く少女としての姿に、ゼックスは優しく髪を撫で言葉をかける。

「ただいま、ユリ。心配かけてごめんな」



■■■■■■


「何?それじゃあれは狂言だったっていうの?」

おおよその事情、かなり掻い摘んで話たが今自分が生きてここにいる経緯が伝わった。

「あぁ、あの時ユミルは--」


----


ザクッ


肉を刺し立つ音が聞こえたが、不思議と痛みはない。自分の痛覚がここ数日で完全に麻痺しきったのかとも考えたが、今も全身の痛みが引いていないことから原因は。

「ユミル。……お前」

ユミルのサンシャインは自分を貫かずに、ユミル自身の左手と杉の幹を刺していただけだった。

「何故だ?俺は死を覚悟した。そしてユミルは王国騎士団隊長だ。相容れない--」

「違う!!」


絶叫にも近い叫び声でユミルはゼックスの言葉を途中で否定した。

「私が望んだ…望んでいた国は、こんなんじゃなかった!私が間違えていたんだ!!」

剣に貫かれた左手からは自分の罪を流すかのようにとめどなく血が流れ続け、ゼックスへと吸い込まれるよう落ちていく。

「国も、王も、大臣だって必要だと思う!でも、国が進もうとしている未来だけは間違っている!権力も贅沢もいらない、格差が全部無くなるなんて夢はみない、でもそれを見過ごし無かったことにしている、していく未来だけは間違っている」

心の痛みが喉から嗚咽となりこぼれ、涙は後悔から止めることができない。

何故もっと早くから気付けなかったのか?何故ゼックスは恨まなかったのか?何故自分はこんなになるまで向き合えなかったのか?


「…ユミル」

気遣うようなゼックスの声も今はユミルには氷柱のように痛く突き刺さる。

「……行け」

その呟きの意味する所をゼックスは想像出来たが、その言葉に頷く訳にはいかなかった。

「行かない、行ったらユミルに処断が待ち受けているのは確実、だろ?」

革命軍のリーダーの処刑が失敗した上に、そのリーダーを単独で追跡した挙句取り逃がしたのであれば大失態である。日頃から反りが合わない執政官達からすればいい攻撃材料となろう。

「打開策、というより妥協策、ならあるんだけど。……ユミル乗ってくれないか?」

ユミルは涙を流したまま目だけはキチンと合わせてくれた。

「俺の死体を王宮まで運んでくれ、っても偽装した死体をな」

ユミルの血が自分に垂れていたことから発送したアイディア。これがもし全身血濡れであれば誰が確認しようか?普段から血という野蛮な所から逃げている王宮の人間なら欺ける。

それに、騎士団であろうものなら、ユミルは隊長だ。その権限、人望は信頼に余る。

「な?いい案だろ?」

体が軋むだろうにゼックスはユミルへと笑顔を見せた。



「………分かった」

ユミルは少しだけ生気を取り戻し、自分の手に刺さっていた剣を抜いた。

「つっ!」

さっきまでは感情の方が上回って痛みを自覚していなかったが、本来なら左手をぶち抜いたのだ。骨も傷つけているだろうし痛くないわけがない。

血も抜いたと同時にまた溢れだしており、血が抜ける度に少し眩暈が起きそうになるがまだ頑張れる。

と、ユミルはあることに気付く。

「…偽装するには量が足りない。か」

そう、確かに結構な量の血液が流れてしまっている。真下にいたせいでゼックスに殆ど被ってしまっていたが、それでも尚血液が全身を血濡れにするには量が足りなかった。

「ん?だから大丈夫だって」

と言ったそばからゼックスはユミルの剣を片手で引き寄せ、


容赦なく自分を切りつけた。


■■■■■■


「ぐっ、う…ぉ」

加減して浅く切ったのだろうが、それでも重症覚悟の傷だ。

「な、何してる!?」

さっき死体を偽装すると言ったのに、言を翻すかのようなこの行動にユミルは呆然を通り越して怒りが沸いてきた。

「だってよ…絶対足りないじゃん…?しかも寝た振りでもいいけど、万が一まで考えるなら気絶してた方がベストだからよ」

ただでさえ重症の身のゼックスが更に傷つき、僅かばかりに回復し、今日の日のためだけにとって置いたなけなしの体力も使い果たそうというのだ。

「バカ……本当にバカ!バカバカ!限りなくバカ!」

ユミルが額を寄せるようにゼックスに寄りかかる。

「……これでいいのさ。後は…よろしくな。アジトは下水道から行けるから、落としてくれりゃ自分でなんとか帰るさ」


そして必要なことを伝え終えゼックスの意識が飛ぼうとしていた。

「ゼックス……私はお前の----」

ユミルが何かゼックスに言葉をかけていた気がしたが、意識を保てなくなったゼックスには記憶できなかった。




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