始まりは血、約束は涙
ゼックス処刑当日
「起きろ、ゼックス・レオンハート」
結局一晩ゼックスとともに語ってしまい、いつしかどちらから話題を切ったのかも覚えていない頃に眠ってしまっていた。
かろうじて、セットしておいたベルの音によりユミルの方が先に目覚めることが出来たのでゼックスを起こした次第だった。
「ゼックス、起きろ。時間だ……悪いが連行するぞ」
牢の鍵を外しゼックスの手錠を確認する。…問題なく嵌っており後は連れだすだけだ。
ユミルはゼックスの頭をクシャッと撫でると、ゼックスもようやく目を覚ました。
「ユミル、おはよう」
どこまでも緊張感がないし、敵である自分にもこんなに親しげに話してくるゼックスを見ると本当に心苦しい。
最初の爆破がゼックスではなく、ゼックスが王宮に入宮して同僚だったのなら--もっと違う運命を過ごせたかもしれない。
ユミルは栓無きことだと思うがそう、強く願ってしまいそうになった。
「とりあえずもう時間だ。上には兵が待機しているハズだしそこからはもっと真面目に連行されてくれ」
仮にもこんなに親しげに話しかけられ続けては、最終的にゼックスの処刑が執行されたとしても自分の立場が危ういことに変わりはないだろう。
いや、既に十二分に危ういと言っても過言ではない。
ゼックスも聡いからその辺りは言わずとも分かっているようだ。囚われてからお喋りばかりしてきた彼がダンマリとなり、俯きながら歩く様は死刑待ちの罪人そのものだ。
(…まったく、なんでこっちの方が演技なんだか)
普通は御喋りしている方が演技で、こっちの人生の終わりという緊張の方が本音のはずなのに。つくづくの変わり者だ。
ユミルがゼックスを連行して、上に居た兵達と合流する。
「これから王宮前広場までこいつを連行する。各自気を抜くな!」
ハッ!と勇ましい声が城内廊下に響き渡った。
チラリとこちらを盗み見したゼックスは何かいいたそうだったが無視することにした。
(どうせ今こいつ、って言ったことに文句を言いたいんだろう、全くどれだけ子供なんだか)
ユミルも兵もゼックスも足を止めず広場へと向かって行った。
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一方革命軍は
「さて今日の午前10時からか、後20分ね」
マリアが懐の懐中時計に目を落とす。
マリアは武装しているため目立たないよう市街地の住居にお邪魔させてもらっている。勿論無断侵入だ。
絶好の立地、そしてこの時間帯の不在をユリに調査させていたので鍵を壊して侵入している。
犯罪だとは分かっているが、銃やら刀やらを持って広場に行ったのでは怪しんでくれというようなものだ。
他のノバラの部隊も装備をある程度偽装や小型化させたもので固めてある。
広場はすでに人だかりが凄まじく、警備も多いが一般市民も多い。ユリ達が紛れるには絶好だが、ノバラ達は無事に撤退出来るだろうか?スゥと深呼吸をする。
(大丈夫、みんなの最優先は撤退だから。あくまで陽動の彼らを助けられるのは、私だけ)
銃に備え付けたレンズで広場の様子を再度確認してみる。…未だゼックスもユミルも現れる様子はない。
だが、出てきた瞬間処刑、なんてイレギュラーで最悪なパターンもあるかもしれないのでマリアは一切の気を緩めずに警戒を続けた。
それからキッカリ20分後にユミルを先頭に、ゼックス、そして騎士団の面々が王宮から広場へと向かってきた。
「さぁ、ユリ合図を間違えないでね」
実際に現場にいない自分にはどのタイミングで仕掛ければいいかの判断が遅れる。だからこそユリにその役は任せてある。
レンズで様子を逐一伺うが、まだゼックスが処刑段に上がる気配はない。かといって何かを話している雰囲気でもないし、ユリからの合図もない。
(…まだ様子見、か)
もうこうなれば突っ込んだ方がこのジリジリとした空気に耐えなくて済むのに、と思える程長い数分だった。
1分だったのか、2分だったのかそれとも5分だったのか分からないが、ようやくゼックスが処刑段へと上がった。
「いつでもいいわよ----」
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ゼックスは処刑段を一段一段踏みしめながら登った。
時刻は10時丁度からだったらしいが、王やその他の執政官組の到着が数分遅れていたため自分も待ちぼうけだったのだ。
ようやく現れた国王達を確認するや、ユミルが道を空けてくれる。
(全くご丁寧なことに)
苦笑を洩らしそうになるが我慢する。歴代の処刑された人達もこの場になると反抗心ってやつは消えていたのかもしれないな、と思う。
こんなに観客に見守られた舞台、そこに登る自分はさながら主役のようだ。だからこそ意地汚く生きるよりも、最後の最後に輝いたまま死にたい、そう願うのかもしれない。
こんな舞台に立てる程の犯罪、罪は時代によって変わるのだから今まで裁かれた罪人も時代さえ違ったら英雄だったのかもしれない。
だが、自分は英雄ではない。英雄は下で自分の事を悲しげに見つめてくれているただ1人だ。
……だからこそ、英雄ではない自分は舞台に上がると横に斬首刀をもつ2人には目もくれず、1歩先を踏み出し観客に言葉を向ける。
「俺は革命軍メシアがリーダー・ゼックスレオンハートだ。お初にお目にかかる、市民の皆さん」
手が塞がっているので、お辞儀も不格好になってしまうが気にはしない。
横の兵も、下の兵も特に動く様子がないので最後の言葉位は言わせてくれるのかもしれない。いやはや、優しいのか甘いのか。
「俺は……俺達はこの国に疑問を投げかけたい、何故人が人を差別するのか?何故、助け合えないのか?俺は初めて訪れたのが通称貧民街と呼ばれる場所だったからこそ鮮明に覚えている。皆生きるために必死で、それこそ周りを気遣う余裕がないくらいに」
眼下の市民から失笑が漏れている。人の死というものをわざわざ見物にくるようなもの好き、逆に言えば娯楽や刺激を求めてきているような満ち足りた生活をしている存在達だ。
「だが、誰も手を差し伸べない、本当は気付いているのに見てみない振りをする。これは人間といえるのだろうか?それとも貧民街の人間は人間ではないのだろうか?」
舞台客に語り続けるゼックスに少しだけ注目をする人、そしてそれを快く思わない人、特に王宮側は目に見えてざわついてきている。…急がないと。
「だからこそ問おう!遥か古の時代英雄『翼』が提示した理想の世界を!「人と人が助けあい、自然、いやこの星を大切に、育まれた命全てに優しさをかけられるような世界を創ろう!今度は間違えないよう一歩一歩確実に皆で考えて!それが『アース』から『タヘル』へと星の名前を変えた罪と決意だから!」と!」
眼下の世界が著しくざわつく。何故ゼックスが3000年前の英雄の言葉を知っているのか?
今は殆ど誰もが覚えていない歴史、だが、その言葉の意味は考えるよりも先に感じられる力が込められていた。
そう、英雄が3000年前に残っていた人々全てに刻んだ魂の記憶。
忘れ去られても、いつかまたこの言葉を思い出して間違ってしまった道を正しく戻してくれるために刻んでくれた、『魔法の言葉』
それはそよ風が運んでくれた、今は誰も知らないはずの景色をみなに見せてくれたかのように。
魔法は、まだ続いていた。英雄『レナ』が4英雄の想いを束ねて魔法として残していてくれたからこそ。
沈黙が場を支配する中、ゼックスの後ろの方から声がする。
「な、何をしている!こんな演説は今すぐに止めさせろ!衛兵!今すぐにそいつの処刑を実行しろ!」
国王が力の限りで叫んでいるようで、ようやく兵達も我に返り始める。
今の奇跡はやはり奇跡なのだろう、とても儚いからこそ3000年という永すぎる時の中で色あせてしまった。そう、3000年後の世界では一瞬しか持たなかったからだ。
(……だが一瞬でもいい)
これで何かが変わる、革変の序章が始まるかもしれないとゼックスに予感させたからだ。
「衛兵!」
2度目の王の絶叫についに斬首刀が持ち上げられた。
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そこでユリがついに動いた。
「ゼックス様……ありがとうございます」
そう感謝をして合図を--閃光弾を雄々しく放り投げた。
カッ!
激しい閃光が周囲の視界という世界全てを白に染めた瞬間に、ユリはその場からすり抜けるように素早く逃げだした。
兵も、ゼックスも、ユミルも国王も誰もが眩しさに呆気をとられている中、メシアが動きだした。
混乱が収まらない中ようやく閃光が落ち着いてくるまでの間4秒、しかしその4秒の間に次の攻撃は始っていた。
ドゴォン!!
そんな大砲の轟音がゆうに10発以上も同時にならされ、冷静でいられる訳がない。
何も知らない市民や兵からみればまさしく大砲による広場爆撃だと思わせたからだ。
そこに仕込んでおいた、ユリの部下が絶叫で陽動する。
「大砲で広場が爆破されるわ!」
ほぼ同時に6か所からそんな絶叫があっては、もう誰も冷静ではいられない。
ただ見物にきた観客は我先に逃げ出そうと広場の出口に向かって走りだしたのだ。
警備にあたっていた兵達も広場の外より、観客達の動きに注目したその瞬間
----花火が弾けた。
とても大きな音と共に奇麗な花火が炸裂し、昼の空に彩りを与える。
もはや、一部のパニックになっていた人達を除いて大砲の轟音が花火だと分かるとその場にポカンと立ち尽くしてしまった。
それは兵も、ユミルも同様であった。誰もが爆撃を信じた矢先、訳の分からない花火。並の人間では思考回路がショートしてしまうだろう。
そこに雄たけびを上げるノバラの軍勢。東、南東、南、南西、西それぞれから20人ずつの部隊が雄々しく雄たけびを上げながら広場に手榴弾を投げ込む。
運よく最初に広場から逃げようとしていた人たちこそ、一番のパニックに陥っているので手榴弾に見せかけた閃光弾は本物にしか見えなかったのだろう。
「うわぁぁぁっ!!爆弾だぁ!!」
今度は一般人を用いての陽動。そして空砲による威嚇射撃を用いてあたかも閃光と同時に広場へと踏み入るようにみせかける。
そして閃光弾の炸裂により、警備兵の注意はまた外へと向く。警備兵もパニックに陥りながらも懸命に職務を果たそうと、銃を構えたり一般人の避難にあたろうとするが、それも無駄である。
ここには既にもう1人、主役が舞台に上がっていたからだ。
おおよその視線が広場の中、空中、外、と誘導された隙にマリアは屋根伝いを疾走し、広場のど真ん中である処刑段へと舞い立っていたのだ。
おおよそ1週間振りの相棒に言葉をかけるゼックス。
「相変わらず無茶苦茶しやがる」
「うるさい、ゼックスのせいじゃない」
久しぶりの再会でも軽口を叩きあえる二人には、確かな絆があった。
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ナイフでゼックスの手錠を切断すると、マリアが手筈を説明する。
「ゼックスは逃げて、北西の丘の方向に脱出経路を用意してある。私がユミルを止めておく」
簡潔にいうとマリアは刀を抜き放った。そして、知らぬ間に接近していた上空からの剣閃を受け止める。
「お前がマリアか、大した奴だ。これだけ大掛かりで派手にも関わらず本当に死者0人を目指すとは」
サンシャインの一撃はとても重い、マリアも無理に受けとめようとせず、体の柔らかさを活かして受け流す。
ユミルが後方に跳躍し、間合いを取り直す。
だが、それをマリアは許さずに銃撃により着地時の隙すら逃さない。
ユミルも着地時を狙われればさすがに危ういが、体のバネだけで横へ転がりこみ回避をする。
「行きなさい」
そんな攻防すら一瞬でゼックスは既に駆けだしていた。助走をつけ、遥か高くまで跳び屋根へと飛び移る。
一部こちらを思い出したかのように振り向く観客や、兵達の目には舞台上にいるのがユミルと知らない美女ということでさぞ不思議に映っただろう。
それだけみなの視線は他に注がれていたのだ。…そう、ただ1人を除いて。
「優秀じゃない、ユミル。さすがは英雄の子孫かしら」
クイックリロードにより、すでに弾丸を補充済みの銃口がユミルへと向けられる。
だが、その視線を受けることなくユミルはゼックスの方を目で追っていた。
(…マズイ)
ゼックスの行方を追われれば逃げ切れない。ゼックスは完治していないからこそ人目に付かない場所からアジトへと向かわせる手筈だったのに、それを目撃され、追跡されたらきっと追いつかれてまた捕まってしまう。
マリアは銃弾による牽制でユミルの注意を引こうとしたが、目もくれずサンシャインを盾にして全て防がれる。
普通の剣であったら、剣の横っ腹に銃弾を受け続けたら折れてしまうものだが、さすがは伝説の金属。銃弾をはじき返すような勢いで軽々と防いでいる。
だが、そんな程度で戦闘思考を止めることもなくマリアは抜刀術を仕掛けるため僅かな距離を神速で詰める。
ユミルはこちらを一瞥するや、サンシャインで処刑段を思い切り叩き割り強制的にこちらを後退させる。
足場が無くなる前に後方への跳躍、だが、マリアが後方へと跳んだ隙にユミルは前へと跳躍していた。
完全にマリアは視界の外。
いかにゼックスを追うかという任務だけを考えていたに違いない。
「面倒臭いわねぇ!」
マリアもそれで足止めされるような実力者ではない。一瞬の遅れを取り戻そうと、加速するが……
「邪魔よ!」
ユミルが立ち退いたため、下の兵から一斉射撃をくらったのだ。
全てナイフと刀で弾き、軌道を逸らし、時には体裁きにより銃弾の雨をかわしていくが、もうユミルとの距離は詰められない所まできていた。
「…不覚」
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ゼックスも懸命に駆けたが、傷が響く。かろうじて一般人よりも早く、屋根伝いという走りづらい地形を疾走しているが、このままでは傷と体力が持たない。
今も息が切れかけてしまっている。やはり本当は死ぬような大怪我だったのだからここまで走れたことを、自分でも褒めてやりたい所だが、後ろから感じる気配を察するにそれは無事逃げ切れたら、と思う。
(……ユミル俺を追ってきたか。マリアを撒くとはやるじゃないか)
マリアの実力はよく知っている。あのマリアを撒いたとあればユミルの集中力の方があの時点のマリアよりよほど研ぎ澄まされていたということだろう。
よくもまぁ、あんなマリアの馬鹿げた策を見せつけられながらそこまでのコンディションに戻せたものだ。
(自分とのおおよその距離、60mか。早ければ十秒ちょっとで追いつかれるな、こりゃ。)
そもそもユミルに見つかったままでは隠し通路が使えない。どこかで撒く必要があるのだが、この体では追いつかれないことすら難しいというのに。
「仕方がない……強制解除」
体の制限を外して強制解除。速度が飛躍的に上昇しユミルとの差が20m程開く。
しかし、その代償は大きすぎた。
「ぐっ……がっ!!!」
体がミシミシと音を立てている。骨が確実に軋んで、筋肉が切れそうな感覚が伝わってきている。
後10秒も持たない、それほどまでにこの加速は無謀なものだった。
「どこか、どこかに着地して家の中と下水道を利用して撒かないと!」
ゼックスは屋根伝いから飛び降り、手近な家へと転がり込んだ。
「くっ!なんだあの加速は!」
ユミルは当初から遅れを取っていたが、ゼックスのコンディションを考えれば時期に追いつけるハズだった。
後10秒位……そう思った矢先、ゼックスが猛加速したのだ。
始めは見間違いかと思いたい位だったが、みるみる内に引き離されていく。
「マズイ!」
これ以上引き離されて隠れられると自分では見失ってしまう。
悪い予感というのは当たるもので、ゼックスは見晴らしがいい屋根伝いから飛び降り姿を眩ました。
「逃がすわけには…!」
ユミルも飛び降りるが、まだ距離は90m程。その先にたどりついた時にゼックスはどこまで行き、どこに隠れているのか見当もつかない。
だが、ここまで追って諦めるわけにはいかなかった。部下の援護射撃によりマリアの時間稼ぎの策に嵌らなかったが、十分に距離は開けられていた。
数秒後、ユミルはゼックスが飛び降りた地点に辿りついたが、ゼックスの姿は見えなかった。
「はぁ、はぁ」
ゼックスは一番身近な家の窓を割り、そこの真向かいの家の窓の鍵を空けそちらの方に姿を隠していた。
普通違和感がある場所を調べる、それが窓を割った理由だ。
こちらの窓を閉めておけばそこは侵入の形跡がないただの景色と変わらない。こんな欺きに頼るような自分が少し情けなく思えるが、それも怪我が完治すればすむ問題だ。
だからこそ今は全力で考え、全力で逃げる。それだけを考えていた。
ややあって、ブーツの音が路地裏に響き始めた。…ユミルが追いついてきた。
ゼックスは先の数秒前から気配を完全に絶っていたので、気配で探られることはないだろう。
問題は時間が経ちすぎることの一点だ。ユミルが窓を割った家の方の調査を終え後詰舞台が来ればこの辺り一帯の調査になるに違いない。ユミルさえ帰ればまだ逃げ出せるが、ユミルが指揮を取り始めたらそれこそ最後だ。
なんとかしてユミルが調査して遠くに行った隙を狙って脱出経路に辿り着かなければ。
■■■■■■■
だが、ゼックスの見通しは甘かった。いや、正しくはユミルを理解しきれていなかったと言った方が正しい。
「はぁぁ!!」
外で烈火のごとき気合いが聞こえたと思ったら、次の瞬間爆発が起きた。
「ぐっ!」
思わずその爆風と音量に僅かに気配がにじんでしまう。そこをユミルに捉えられた。
「ウソだろ!?」
サンシャインを力任せに叩きつけ地面が爆発したように抉れていた。自分を炙り出すためだけに、建物すらおかまいなく攻撃を仕掛けたのだ。
「逃がさん!」
ユミルに姿を捉えられ、もう脱出経路に辿りつくことは出来ないとゼックスは悟ると、後はひたすら体力が持つだけ逃げることを決心した。
「はっ、はっ、はっ!」
すでに息が切れ切れなのも関わらず、ゼックスはひたすら走り続けた。もう目的地等どこでも変わらない、そう頭より体で理解してしまっていたからこそ、北西の丘、というさっきのマリアの一言が脳に残っていてそこを目指していた。
ユミルも当然烈火の如く追跡してきて、距離をどんどん詰めてくる。
追われることがこれほど恐怖だと感じるのは、恐らく人生で初だろう。
体力的にも軍配が上がるのはユミルだったがそれでも、ゼックスは逃げ続けた。
----もう意識が途切れるんじゃないかと思った時に、ついにゼックスは北西の丘の一本杉の前に立ち尽くしていた。
逃げる目的に着いてしまったからか、ゼックスはその場で荒い呼吸を整えるが、その後ろから死の宣告を下す英雄が迫ってきていた。
ゼックスが立ち止まっているからか、ユミルも少し落ち着きを取り戻し歩いてゼックスとの距離を詰める。
ゼックスもここまで頑張ったが、ついに諦めた様子で一本杉に背を預け座り込む。
ゼックスはずっとユミルから視線を逸らさなかったが、ユミルはそれこそ目の前に来るまでずっと視線を合わせてくれなかった。
…それがゼックスには少し悲しかった。やはり自分達は相容れなかったんだな、と。
■■■■■■■
そして物語は終幕を迎える。
サンシャインを振り上げ、ゼックスに死を与える絶対に覆らない、運命。
ゼックスは瞼を閉じて、最後に願うよう言葉を紡いだ。
「ユミル、俺はここまでだ」
そして裁きの時が訪れた------
……
ゼックスは瞼を開ける。しかしその光景は瞼を閉じる前と変わらず、そして何故自分が瞼を開けられたのかも理解できた。
ユミルは剣を振りおろしていなかったのだ。
何故?そう聞こうとした先にユミルの方から口を開いた。
「…なんなのよ、なんでそんなに簡単に諦められるのよ。…あんなに誇り高い理想を謳ったのに」
それがユミルが剣を振り下ろせなかった理由なのだろうか?…いや、違う。
「俺はマリアを……ユミルを信じているからだ」
その一言でようやくユミルは顔をこちらに向けてくれた。
「俺はマリアがメシアを引っ張ってくれると信じているし、ユミルもメシアとは違うがきっとこの国のことを真に思って動いてくれると信じている。…国を変えるのに必要なのは俺の命じゃない、気高き意志だ。俺にはそんな2人がいて、そしてそんな希望ある2人に俺の意志を伝えられた、それでもう十分役目を果たしただろう?」
そう、本当にそう思っているからこそ自分がここまでだと受け入れたのだ。
だからこそ、ユミルの剣は止まった。
「私が……私が本当に必要だと思うのは!!」
涙を見せるユミルが振り上げた剣は信じるべきものを突き刺した。
後悔はない。今初めて自分の中にある英雄の血に感謝する。
そして、緑の丘に始まりを告げる尊い血が流れ、決意という涙が友との約束の導となった。