救出劇
深夜、すでに時刻が0時を回ってしまった頃、ようやくユミルはゼックスのいる地下牢へと行くことができた。
処刑は決定済み、何より自分がたった今までその処刑を完全なものにするための会議をしていたのだ。
万が一等あっても困る。
自分が処刑するわけではないが、自分が最後の望みを絶った本人だというのにその人を庇いたい、そうでなくてもきちんと話しておきたい、そんな複雑な心境のまま赴いた。
さすがに深夜ということもあってゼックスは眠っていた。
いや、ここ数日しか会ってしないが全部早朝に会っていたため全部眠っていたようにも思えて微笑を漏らす。
少し忍びないが声をかけて起こすことにした。
「ゼックス?起きているか?…さすがに眠っているよな」
そう思いため息が出そうになるが、ゼックスから返事の声が聞こえた。
「起きたよ、ユミル。…さて、いつもの早朝じゃないってことは何か悪い知らせかい?」
起きて早々察しが良いのはいいことでもあるが、悪いことでもあった。ユミルとしても世間話から入れた方が気が楽だったかもしれない。
「……お前の処刑が決まったよ。。もう時刻が変わってしまったから今日…だな」
深刻そうな表情で、言葉はそれを絞り出すのが精いっぱいだった。
しかし、牢の中から聞こえてきた声は意外と快活な声だった。
「ま、そんなどうでもいいことはおいといて、ユミル、俺はユミルって呼んでるんだぜ?」
どうでもいい、自分の処刑のことなのにどうでもいいと言い放ち、そして自分がゼックス、と呼ばなかったことに対してだけ怒っていた。
…なんて単純。そんなゼックスなりの優しさにユミルも少しだけ緊張がほぐれた。
「ごめんね、ゼックス」
クスッとはにかんでみる。似合わないと自分では思うがそうした方がゼックスは喜ぶと思ったからちょっと無理してみた。
「ユミル、そうそう笑ってた方が似合うよ。本当はユミルとっても優しいからさ、そんな隊長って責務が無ければ今位柔らかい表情をいつもしていたんじゃないかな?」
ありもしない日常という幻想。…でもいいかと思う。
明日消えゆく命を前に自分が何か出来るわけでもないし、最後の最後……友人として言葉を交わして記憶に残しておけるのならば、それはそれで意義深い夜かもしれない。
「そうかもね」
全く、この男にはかなわないな。どうしてこんなに踏み込んでくるんだろう?
心に踏み込んだ会話、でも、嫌な感じはしない。…ううん、それどころか心地良い。
もっと話していたくなる。
「ゼックス、…もしよかったら最後の話相手になろっか?」
そんな皮肉交じりの言葉にも慣れたもんで、ゼックスも軽くおどけながら答える。
「最後って断定されちゃった。…でも話相手になってくれるなら今夜は寂しくならずにすむな」
そう笑っているゼックスにユミルはパンとコーヒーを差し出す。
「そういうと思ってた」
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それからゼックスとは色々話した。
ゼックスの山での修行の様子や、逆に自分の王宮での立ち振る舞い等話題は尽きなかった。
ゼックスは話すのも上手だが、聞くのも上手だった。
ユミル自身口下手と評価されているのを知ってはいるが、ゼックスは先を促すのが上手く、また相槌を適度に打ってくれるので本当に話しやすい。
セイラもこんな調子だが、セイラ自身は業務が忙しいらしく業務報告の方が最近は多かったためこんな世間話は何年ぶりだろう?
ふとセイラを思い出したついでにセイラのことも話してみる。
「そうそう、私には侍女のセイラという部下がいてな、すごいんだぞ、まるで敏腕秘書みたいに色々手伝ってもらってる。あれであの給料は低いといつも2人で話してて」
「へぇ、いい部下じゃないか。低いって言っても王宮で暮らして、しかも自分で志願したユミルの下で働けてるんだろ?そりゃ、低くても我慢できるって」
「そうなんだろうな、結局その話のオチはいつもそこに着地するんだ。「ユミル様の下で働けてるだけで十分」って」
「ははっ………あ、」
ふと訪れた沈黙。かれこれ2時間程だろうか?話し込んでいたが会話が途切れたのはこの時が初めてだったので、ゼックスが何かを思い出したタイミングだったのだろう。
それが少し気になってユミルは恐る恐る聞いてみる。
「どうかしたのか?顔に出ているぞ」
少しからかい半分で聞いた方が話しやすいかと思って、そんな口調にしてみる。
ゼックスはあぁ、とそんな気遣いに少しだけ苦笑しながら答えてくれる。
「いや別に大したことないんだが、マリアのことを俺も思いだしてな。あいつ今頃……今頃、うん絶対何か企んでるな」
「企む?」
聞き逃してもらえれば良かったのだが、聞こえてしまったからには答えないわけにはいくまい。
「…多分救出、あ、勿論俺のな。俺は多分それ待ちだと思う。脱走してもいいんだが、それじゃさすがにすぐ捕まっちまうし、それならどうせ助けがくる処刑場で待ってた方がいいなと思って」
それはたった今まで自分の処刑を完璧にするための会議をしていたユミルにとって、挑戦状のような話だったから多少話しづらかったのだ。
「…なんだそんなことを気にしていたのか。例え相手が誰であろうと警備は完璧さ。それにお互いが理念を持ってぶつかりあうならば、その結果はどちらに転んでも認めざるをえない」
ゼックスから視線を外し遠くを見つめるユミル。
だが、ゼックスはあの破天荒な相棒ならば確実に自分を助け出すだろうと確信していた。
目の前にユミルには申し訳なく思ってしまう位に--
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時は遡って5日前----
ゼックス投獄の知らせが『メシア』に届いた。
「あんのバカが捕まった!?なんてバカなのよ!ホントにバカ!!計画も誓いも何もかも忘れて何遊び呆けてんだか!」
今は不在の司令官の椅子に座るのはゼックスと同じ年頃の少女の姿であった。
蒼い長髪をたなびかせ、不機嫌そうな表情でも整った顔立ちが伺える端麗な美は『女神』と称される程であった。
そんな周りの高評価をマリアはどうでもいい、の一言で片づけ日常の資料を全部端にどかして部下に命令する。
「すぐに軍議よ!幹部3人、今すぐ呼んできなさい!10日後の処刑場でさっさとあいつを奪還するわよ!」
ハッ!と威勢のよい返事とともに駆け足が部屋の外で響いて行くのを確認した後、ユミルは地図を広げた。
王宮周りの市街地を描いた地図で、処刑場を確認する。
本来そのような場所はないため、王宮前の広場が一時的に使われるらしいのでその周辺の地理も頭に叩き込む。
(さて、メシアってのを世に知らせるには丁度いいかもね)
すでにマリアの中では救出の道筋は組み立てられており、今はその指示を出すだけとなっている。
マリアが考えているのは、それをどれだけ派手に演出し自分達の存在をアピールするかの一点に絞られている。
本来不殺が誓いに入っていなければ、広場の敵兵が1000人いようが1人で殲滅できてしまう程恐ろしい戦闘力を持っているが、不殺を貫くからには遠回りに手加減や誘導等を駆使しないと難しいだろう。
だが、軍師でもあるマリアには揺るぎは見えない。マリアが見つめるのはもっと先、未来しかみていない。
ゼックスが皆に見せた理想の世界、マリアが一番楽しみにしている世界の実現のため自分が一番奮迅し理想の原動力になろうと誰に言うわけでもなく決意していた。
そうこうしている内に3幹部の人材が指令室に集まった。
それぞれ政務及び雑務部隊担当の「ヒイラギ」、情報収集及び伝令部隊の「ユリ」、戦闘部隊の「ノバラ」の3人だ。
「作戦目的は10日後に行われる処刑の阻止、及び捕えられたゼックスの救出。方法としては…………で行う手筈を各自整えるように。」
3幹部と呼ばれる人材だけに、優秀なものをそこに立てた訳だがそれでもマリアの突発的かつ斬新な作戦についていける頭を持つものはこの大陸ではゼックスだけだろう。
皆呆然としつつも、その超全とした策に関心をしていた。
「ヒイラギ、さっさと雑務を終えてこっちの仕事を持っていって。ユリ、引き続き王宮周辺からの情報入手、それと情報の流布の用意を急がせて。ノバラ、さっさと火薬職人を連れてきなさい!」
ハッ!と幹部ですらマリアには頭が上がらない。
実質ゼックスが気ままに動きがちなため、普段からマリアが指揮を採っていることが多くみなこの状況には慣れっこであった。
「それと、イレギュラーが起きた場合についても検討するから各自5日で準備を終わらせて、いいわね!」
そりゃ無茶な、そう皆が言いたくなるような日数を吹っ掛けられたが、そもそも皆弱音を吐く位なら革命等起こさない。
今が不眠不休だとしても、ゼックスの言うような世界に自分の居場所があるならば--そんな想いが皆の支えだった。
そしてそれこそが、皆がゼックスをリーダーとして認める証であった。
どれだけマリアの方が優秀でも、ゼックスの理想がメシアの骨格でありゴールなのだ。
マリアではそれを示せないからこそ、マリアもゼックスをリーダーに推薦していた。
「…さっさと戻ってきなさい、バカゼックス」
少しだけ視線を宙に漂わせると、すぐに戻して自分の言うイレギュラーについて思考を巡らせることにした。
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そして5日後には見事に準備を終えた3人がマリアの下に集まっていた。
「よく頑張ってくれました。本当に感謝しているわ」
マリアが微笑むと、正に天使のような笑みで3幹部もそれを見るのが密かな楽しみであった。
特にユリを除く2人は男であるため、とりわけこの笑顔の効果は大きいのだろう。
マリアは最終確認のため3人に着席を促す。
「さて、実行部隊だけどノバラが陽動として20人1部隊で5部隊出撃、それぞれ東~西までバラけさせて陽動、そして退路の確保だけはしっかりね。後例の部隊の待機場所は北東の丘が丁度いいわ」
ノバラが力強く頷き、肯定する。
「ユリ、あなたの部隊で度胸があるのを数人連れて広場にまぎれこんで。そして陽動部隊を意識させるよう叫ばせる、あくまで一般人の振りをしてね」
心得ました、そう冷静に返事を返すユリ。
「ヒイラギ、私も出るから本部はよろしくね。ちゃんと下水道の整備しておいて、敵は迷うけど私達は通れるようにね」
「勿論、すでに整備済みですよ」
柔和な笑顔で答えるヒイラギという青年。ユリも若いがヒイラギも若い。
メシアの人材不足もここにあり、だが優秀であることと年齢は関係ない。あれだけの雑務に追われ人手も足りないにも関わらず、マリアの指示の先を見越しての行動はさすがと褒めてあげたい所だ。
「合図と共に私が撹乱させる、ノバラとユリの部隊はそれを見逃さないようにね」
ハッ!と力強い返事が重なる。
「さて、確認を終えたから後は自由時間にするわ。待機状態は維持していれば問題ないからノバラは仮眠でも取ってなさい。ユリとヒイラギは残念だけどまだお仕事残ってるんでしょ?眠れるのはもうちょっと後ね」
くすくすと小悪魔のような微笑になるが、誰も文句等は言わなかった。
3人共実際マリアがこの4日間一切睡眠をとっていないと知っていたからだ。
自分の仕事に加え、自分達3人では手が回らない細かい調整、部隊の指揮や訓練、さらにシュミレーションを叩き込んでいたのだから頭が下がる。
「さ、解散しましょ。私は自室にいるから何かあればそっちにきて」
マリアは自室に帰るとふぅ、とようやく息を吐きだせた。
「全く、面倒事が増えたわね。当初の予定が大幅に狂ってるじゃない」
それに心配ごともあった。仮にも油断、慢心が多いゼックスとはいえそれを打ち取ったユミル、その実力は高いと認めざるをえない。
「さすがは英雄の子孫か…とはいっても脅威でもないでしょ。あいつのことだからバカやっただけでしょうし、でも厄介だな」
ため息が漏れてしまう。ユミルのことではなくゼックスのことでだ。
「あいつが自力で帰ってこないってことは深手を負った?それともユミルに感化された?どちらにしてもあいつが戻ってきても戦力としては数えられないか。。私が動くしかないか」
そう呟くと、ビタミンの錠剤を口に含み喉に通す。
「全く、次は金庫破りの大仕事なのに…とっとと帰ってきなさいよね」
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しかし、事態が変わったのは翌日の正午過ぎだった。
ゼックスの処刑日時の大幅な変更。予期していたイレギュラーとはいえ無い方が良かった形だ。
「明日……ね」
指令室で待機中のマリアは3幹部待ちだった。
明日ではゼックスの回復は望めない。どんな深手でも動ける位には回復しているだろうが、空を駆けるような元気さは戻っていまい。
自分が時間を稼ぐ必要がある、ゼックス自身の体はそんなに長く持たないハズだからだ。
「やってくれるわね、一体誰の差し金かしら」
思い当たる人物はいない、国王をそそのかしたのは恐らく大臣の1人。だが、その大臣でも処刑日の短縮等は考えないだろう。考えるのはユミルの失脚だけのハズだ。
…ならば誰が?その疑問は解決することなく、幹部達が部屋を訪れたため思考は中断された。
「聞いての通りよ、一刻の猶予もないわ。ノバラ直ぐに部隊を準備させて市街地へ。ユリも準備はいいわね」
2人が頷くのを見てマリアが席を立ちあがる。
「ヒイラギちゃんとやりなさいよ、私の仕事溜めてたら怒るわよ?」
実際一度もそんなことは無かったが、ヒイラギをリラックスさせるためだけに軽口で指示をしておく。
「マリア様もお気をつけて。こちらはまぁ、いつも通りですよ」
相変わらず柔和に微笑むヒイラギを頼もしく思い、マリアは司令室から出る。
「…っとと、ノバラとりあえず部隊集めたら伝令を頂戴、激励の1つや2つ私からしておくわ」
メシアの女神から直接激励をかけてもらえれば、それはこれから前線に出る部隊にとってこれ以上ない鼓舞であろう。
マリアは自分の事をよく分かっている。そして何より組織というものをよく分かっている。
上に立つ者の仕事は本当に多岐に渡っており、こうした激励も一種の仕事だと分かっているから優秀なのだ。
「さぁ、見事に舞台を作ってみせたわよ。後は踊るだけね」
誰にも見せることない、マリアの隠れた不敵な笑みが戦況を大きく左右する。