欺瞞、信じる道
翌日もまた早朝に地下牢を訪れるユミル。
これで3日連続で早朝に訪ねていることになるが、話しかけるとまた昨日と同じようにこちらに顔を向けてくれる。
この3日間でずいぶんと親しくなったものだな、とユミルは自身に苦笑してしまいたくなる。
そして、今日は珍しく向こうから先に口を開いてきた。
「なぁ、お姫様、訪ねてきてくれるのはいいけどたまには差し入れとかでも入れてくれよ。水とパンの欠片だけじゃさすがにキツイぜ」
そういえばとふと牢内を見回してみると、食事の配給に今まで手が付いていなかったのに、今日は今までの分が全部無くなっている。…もしかすると、もう腕や足を動かせるのかもしれない
「本当に人間か?トカゲのハーフか前世はトカゲでもう決定だろう」
呆れつつ冗談を口にするユミルにゼックスも笑いながら答える。
「これでも傷を治すのに全体力と全時間を費やしてるんだぜ、努力だよ、努力。俺はトカゲじゃなくてただの人間だっての」
「まったく、ただの人間がこんなに短期間で再生するか」
「再生ってか治癒だって言ってんじゃん。それに治癒っても完治するわけでもないし、まだまだ全身痛みがバキバキに残ってんだぜ」
すまない、とユミルが軽く小声で口にしたが、その真意を知らないゼックスからすると不思議に映ったかもしれない。
「それよりだ、昨日は色々と話してもらったな。だが目的や経緯は分かったが肝心のものを聞いていないと思いだした」
ユミルの目がスッと細まる。これは仕事モードの時だな、とゼックスは理解するがユミルの質問は今回ばかりは答えるわけにはいかないだろう。
「仲間とアジト、これをまだ聞いていなかったな」
やっぱり、昨日の話は自分なりに考えて整理をつけている途中なのだろう。まだ迷いがあるからこそ、自分に少し優しく当たってしまうのが彼女の優しい心なのだとゼックスは気付いていた。
「悪いがこれに関しては答えられないな。まぁ1人だけなら喋っても問題ないかな?」
そんな含ませぶりにユミルは少々呆れるが、それでも喋ってくれるなら都合がいい。頷き先を促してみる。
「そうだな……なら今回は、お互い名前で呼び合うってのはどうだ?条件として」
??
思わずユミルの頭に疑問符が見える程キョトンとした顔になった。
「名前だよ名前、俺は昨日からお姫様と呼んでいたが、やっぱ名前で呼びたいし、俺も逆賊やら
反逆者なんて呼ばれるよりゼックスって名前で呼んで欲しいしな」
どう?そんな無邪気そうな笑顔でこちらに微笑まれるとユミルも少し弱い。
なんというか昨日から思ったのだが、実は同い年ということもあり少しだけ親近感が沸いている。
それに今まで自分の中で女、というものを意識したことがないが、この少年のような彼の見せる無邪気な笑顔は、今まで動かされなかった母性本能をくすぐられる。
(本当に子供みたい)
同い年ながら年上に見えたり、年下に見えたりとそんなギャップにユミルは少しずつこの少年に感情を向けつつあった。
「どう?」
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ゼックスの突然の言い分になんとなく気恥ずかしくて、顔を逸らしたユミルだが、ゼックスはそんな様子を肯定と受けたのか、
「ユミル」
そう呼びかけた。
自分の名前を呼ばれて返事をしないわけにもいかないので、ユミルは観念してゼックスの方を振り返ると、そこには満面の笑みでまるで子供のように返事を期待するゼックスの顔があった。
そんな表情をされてはさすがのユミルも断れずに、照れを隠せずにいながらも返事をした。
「…ゼックス」
パァッと分かり易い位の笑顔をみせるゼックスにユミルも少しだけ、ほんの少しだけはにかんでみせる。
ユミルは照れを振り払うために、話題を元にもどすことにした。
「で、どうなんだ?喋ってくれるのか?」
ぶっきらぼうな口調を装っていてもゼックスはおかまいなしのように、ユミルに微笑んだまま話をし始めた。
「俺の相棒、あ、昨日言ったよな?俺と同じようにルナグルスの使い手で、幼馴染であり、ライバルであり、相棒でもあって、メシアの副司令官。マリアっていうんだけどまたべらぼうに強くてな、俺なんかよりあいつの方がリーダーをやった方がいいんじゃないかって、結構本気で思うよ」
ゼックスが少し生き生きと話しているのは、そのマリアという存在がそれほど身近な存在だからだろう。
安心、信頼、そんな言葉を象徴している人なのだろうとユミルにも分かる。
「ま、ルナグルスってのは俺達が継承したかなり独特の戦法らしい」
確かにユミルも以前から気にはなっていたのだ。ルナグルスと名乗ったことはこれまで2回あったが、その場ではあえて質問しなかったがルナグルス流といったことから流派ではあると考えてはいたが。
「人には得手不得手がある。勉学だけでなく、日常でだって戦闘だって勿論そうさ。ユミルの武器が大剣であるように、それが極端な話毒針になったら扱いに困るだろ?」
ユミルはそんな想像したこともなかったが、確かに他の槍程度なら多少は扱えるが毒針なんて攻撃手段は想像したことすらない。
暗殺者の道具、そんなイメージでくくられてしまっているため自分が扱うことは無い、そしてきっと自分の性格からいって絶対に扱いたくない武器の1つだろう。
「ルナグルスってのは戦闘での相性を極限まで追求した武道なのさ。遠距離、中距離、近距離全てを極めたものが戦場に立った時の恐怖が分かるか?」
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例えばユミルの大剣はどちらかというと中距離に近い射程を持ちえる。
よって懐まで潜り込まれる徒手空拳やナイフ等の近接武器は、潜り込まれた場合相性が悪い。
また、銃や砲弾、弓等遠距離から一方的に攻撃されれば苦戦もあるかもしれない。
もっとも個人の技量によるので、ユミル程の熟練者ならばそのどちらでも相手になるのは少ないだろう。
遠距離から打ち込まれる前に接近してなぎ払う、中距離において徒手空拳の敵を一方的に殲滅する。
だが、ゼックス等自分が認めた実力者が相手だったら?先に挙げた可能性も出てきてしまう。
「そういうこと、俺達の武器は銃による遠距離、長刀による中距離、銃に備えてあるナイフ、つまり銃剣による近距離全てに対応する間合いを極めた戦闘スタイル。それがルナグルスだ」
ユミルは柄にもなく関心してしまった。
今まで武道や軍法において極めるのは1種類が良いとされていた。それは各々の力量や収斂時間、得手不得手が必ずあるからだ。補助技能として他の武器を扱うこともあるが、あくまで補助だ。
もしゼックスの言った戦術が確定できるのならば、それは戦闘のエキスパート。苦手な相手が存在しないということである。
同程度の力量であれば、一方的に相手を殲滅できる理想のような戦法だった。
だが、それには多くの難題があったはず。
才能と努力
まさに愚導者。生涯の全てをそこに費やしたかのように訓練に明け暮れていたに違いない。
ユミル自身も似たタイプだが、ゼックス達とは見ていた頂点が違った。
きっと自分の方が低い頂点で止まっていてしまったのだ。
「分かってくれたかな?極めるってのはまだ俺達にも出来ていない。だが、師匠から基礎は教えたってことで山から下りて世界を見てこいって話になったんだ」
それで昨日の話と繋がる。どうしてここまで純粋にこの国に疑問を持てたかを。
彼らは外の人間、この国にいながらも外からものを見れる人間だったからだ。
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だが、ふとユミルは疑問に思う。何故最初出逢った時には真っ向から向かってきたのだろう?
同じ中距離で戦う理由、それが事実ならばあの地形の悪さを抜きにしても遠、近と連携を組めば倒せたかもしれないのに?そんな疑問を抱いてしまったユミルは、聞くのが少しはばかられたが素直に聞いてみることにした。
「ゼックス、お前は何故私と出逢った時にルナグルスを使わなかった?お前の話が本当なら、お前の実力ならば今こうして牢にいることもなかったかもしれないのに?」
その問いにゼックスは至極真っ当と言わんばかりに答えた。
「俺が一番得意なのは刀による攻撃なんだ、他のはマリアに劣る。だからあの場で一撃、ユミルに真正面から挑むなら俺の全力を出せる抜刀術しかないって思ったんだ。…なんかさ、勝ち負けより大事なのが勝負にはあると思うんだ。まだ精神的に甘いからかもしれないけどさ」
やっぱりそうだ。銃を空に向けて撃ったのだって真正面からぶつかるため。…本当に真っ直ぐなんだから。
ユミルはそこまで聞くと、踵を返し牢を後にしようとした。
ちょっと驚いたゼックスが声をかける。
「あれ?どこ行くんだ?」
キョトンとした様子のゼックスを置いていくことになってしまうが、ユミルも自分にやるべきことができたかのように思えた。
「用事ができた。またね」
笑顔を見せるわけでもなく、決意の瞳をみせるわけでもなく地下牢から去るユミルにゼックスは少しだけ不安に思った。
「優しすぎる……大丈夫かな?」
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地下牢から上がるとそこには意外な顔がユミルを待っていた。
「こんなに朝早くから尋問とは…御苦労様ですな、ユミル隊長」
ユミルにとって出逢いたくない大臣の1人だった。以前も王の前で口論になりかけたし、今回もまた面倒事に違いないと思い、無視しようと思ったが、続いて口にだしてきた言葉にユミルは思わず足を止めてしまった。
「隊長と反逆者の仲が大分よろしい、そんな噂が城内に広がってましてな。ほら、今回も私が見にきてみれば早朝という人目に付きにくい時間体を狙ったかのような尋問。いや、逢瀬といった方がよろしいか?」
キッとキツイ目で大臣を睨むと、向こうはひょうひょうと逃げ出した。
「おぉ、怖い怖い。八つ当たりをされてはたまりませんからな、別にこれは私が言いだしたのではなく兵が言いだしていることなので、私は親切心から隊長のお耳に入れておいた方がよいと思ってお伝えしただけなんですよ」
くっくっくと含み笑いをしながらの退場では、誰が噂の元凶かは一目瞭然のように思えたが、実際この早朝に地下牢に向かっているのは兵の誰かが耳に入れたのだろう。
それをこうも悪大解釈して広めるとは…ユミルの脳内が怒りに染まりそうになる。
(冷静になろう)
さっき地下から上がってきた時にあった考えや気持ちは冷めてしまい、今は時期ではないと思い保留することにした。
自室にまで戻ると侍女のセイラが出迎えてくれた。
王宮で権力に尻尾を振り、ユミルと何かと対立しがちな大臣連中に屈しない、数少ない信頼できる部下の1人だった。
「ユミル様、また何か悩みごとですか?」
ユミルが最近急がしそうに軍務に追われつつも、部屋に帰ってくる時はいつも悩んだ表情だったのを長年の付き合いで察してくれていた。
(もう4年もか)
別に侍女を持つ気は最初はなかったのだが、ユミルの部隊にいたこのセイラだけは最初から自分をよく慕ってくれており、仲が良くなるにつれ自分で部隊を止めてまで自分だけの側近になってくれた。
今でも自室の管理や情報収集、武器のメンテナンス、更には軍略、軍議の資料作成等もはや並の秘書よりも有能な働きをみせてくれている。
そんな彼女だからこそ、ユミルも大きすぎる事件でなければ話して相談に乗ってもらったりもしている。今回も聡い彼女だからこそ、相談内容にもある程度察しがついているのではないかと思う。
「あぁ、…実はゼックス、あの反逆者なんだが庇ってやれないだろうか?」
はぁ、と大げさにため息を付かれると隊長としての自分に少し情けなく思うが、今回のは事情が事情だけに仕方がない。
「あのですね、ユミル様がこの国の異常さに気付くのは良かったと思いますよ。遅かれ早かれこの国は崩壊する、そんな国にいつまで忠義を尽くすのかと私いつでも不安でしたから。……でも、今回のはそんなレベルではすみません。立派な反逆の助長になってしまいます、時期が悪すぎる。最低でも2年は間を空け、その間に同士という力を蓄えてこそ口にでできる言葉です」
いつもそうだ。セイラはフォローもよくしてくれるが、自分が間違っていると思ったらそれこそ歯に衣着せず的確に指摘してくれる。
それこそ、ユミルが欲しい意見そのものだからこそ本当に彼女はよく出来る。
「やはり無理か」
「無理ですね」
即答ぶりに苦笑を洩らしそうになるが、それもそうかと思い考えを保留したまま覚えてだけおこうと心に決める。
そんな様子にホッと安心したのか、セイラも自室の掃除に戻っていた。
(反逆者の思想について私が王に意見すれば正に自分で逆境を作るようなもの。これはまだ報告できないな)
そんな考えの甘さをユミル達は遠くない内に後悔する。
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翌日、更に翌日もゼックスの地下牢を訪れたが特に進展もなく、5日が過ぎようとしていた。
ゼックスの会話は心地よく、ユミルも自然ゼックスと話す時笑顔が少しずつ増えていた。
だが、6日目に突如王から呼び出しがかかった。
「ユミル、どういうことだ?」
王からの言葉は的を得ていなくて意味が明瞭に掴めなかった。
王へは報告書にてゼックスの情報を開示していたし、1度直接様子を話に出向いたこともある。
それなのに、今回の呼び出しは急な上に用件が掴めない。
「今城内ではお前が反逆者と通じているとの噂でもちきりだ」
そこで全ての糸が繋がった。
(…やられた)
自分ではそこまでの脅威に思っていなかったが、テロで兵達の心にも乱れがあったに違いない。
そんな人心を利用してか、大臣が噂を広め回ってユミルの失脚を狙ったのだ。
甘くみていたユミルはセイラを通じての情報の正確さ、噂の鎮火を任せていたが火の勢いが強すぎたらしい。
こうして王にまで呼び出されたということは、今回のは非常に性質が悪いらしい。…自分でも噂の鎮火に当たればよかったと後悔をしたくなる。
「王よ、失礼ながらその件に関しては全くの誤報、誤解、悪意のある噂に過ぎません。実際は報告書にもあるように着実に相手方組織の解明を進めておりますゆえ、ご安心を」
自分の言葉が今程弱いと思ったことはない。今は言葉ではなく結果が欲しかった。そうでなければこの苦境は乗り越えられないだろう。
「私としてもユミルのことを信用したい…が、こんな噂が広まっては困る。噂であればいいが、万が一ということがあれば国の存亡にかかわるのでな」
「王よ!」
思わず言葉を荒げてしまうほど、王の言葉は辛辣で無能だった。
悪意のある噂程度で国が傾くもんか、確実に大臣にそそのかされたに違いない言動だった。
「だからこそ、ユミルは惜しいと思うからこそ元凶となっている反逆者の処刑を明日に移す。変更はなしだ!」
苦肉の策、本当に全部急ごしらえの策だ。御触れで10日と出しておきながら短縮することの信用の失墜、理由もそれらしいのをつけるだけなので民にすら疑問に思われることこの上ない。
元凶を処刑したからといって噂が消えるわけでもないのに、それでもユミルのためと言って強行する無策。
…自分の保身しか考えていない。
何故気付かなかったのだろう?…もうこの国がこんなにも手遅れだったことに。
ゼックスと話せて初めて気付いたこの国の矛盾、もはや疑いようのない位歪んでいた。
王からの宣告は一方的で、処刑場の警備もこちらに一任すると言われたが明日まで会議の連続で本当に纏め上げて警備に移れるのだろうか?
それと同時にゼックスにもこれは伝えなくては、そういった想いがあった。
あんな純真な人だからこそ、嘘偽りなく、そして知らせないということもしたくなかった。
しかし、伝えられるのは深夜になるだろう。まだ昼だが警備の会議が長くなりそうだということだけはしっかりと把握できていた。