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想いを胸に

翌日、ユミルは早朝から地下牢を訪ねていた。

地下では陽の光が差し込まないため、早朝だろうが、深夜だろうが変わらない景色でありそれが収容された犯罪者に時間の感覚を狂わせ、不安を煽る。

だが、そんな常識もこの男には当てはまっていないようだった。

とても深い眠りに落ちているようで呼吸音が酷く静かだ。動きも胸の上下位なもので本当にただただ生きる最低限の動きに見えた。


とりあえず、観察はそれ位にしてゼックスに声をかける。

「起きろ、ゼックス・レオンハート。聴取の時間だ」

そう短く言い放つと、ゼックスも目を覚まし首をこちらに傾ける。

おや?違和感を感じたのきっと昨日は動くことすらままならず宙を見上げるだけだったのに、今日は首をこちらに向けたからだろう。

「驚いたな、まるでトカゲの尻尾だ」

ユミルは素直に驚嘆の意を口にする。ゼックスはそんな言葉を受けてブスっとした顔でぶっきらぼうに返す。

「心外だな。こっちとしては意識がない内にいつの間にか首すら動かせない重症の拷問を受けていたってのによ、トカゲはないだろトカゲは」

口調に軽口が混ざり始め、昨日の事務的な受け答えよりは幾分今日は人間味を感じられユミルは内心ホッとする。

「反逆者には容赦しないからな、さて、昨日の続きを話そうか。まずはお前の所属と目的、後はアジトと仲間についても喋ってもらう」

毅然とした口調に戻したユミルに対して、ゼックスはまだ軽口を止めていなかった。

「なぁ隊長さん、あんた結構美人なんだな」

カッと顔に朱が一瞬差すが、すぐまた取り繕って固い口調のまま話を戻す。

「答えるつもりがあるならお前の処遇の検討もある程度しよう。このまま寝たきりのまま誰に何を残すことも出来ず死をまつのは辛いだろう?」

諭すような口ぶりで誘ってもみるが、ゼックスの態度は一向に変わらない、いや、むしろ酷くなっている。

「最初情報隊長が女性って知った時はどんな筋骨隆々な奴かと思ったが、あの夜初めて出逢った時は本当にビックリしたぜ。正直に言うと一目惚れしそうな位あの夜闇の中であんたは映えていた」

歯の浮くような台詞を軽々と言ってのけるゼックスに、呆れを通り越して怒りが徐々に沸いてきた。こちらは譲歩しているにも関わらずこの態度は何だ、と。

「さすがは英雄の子孫、容姿端麗、文武両道と向かう所敵なしだな。敵ってのは勿論男って意味…」


ガンッ!!

牢を蹴った音だと気づくとさすがのゼックスも言葉を途切った。

「いい加減にしろ。今は私が質問している立場だ。質問に答える気がないならば今すぐ処断してやってもいいんだぞ」

本気の目でゼックスに威嚇のように迫るが、ゼックスはそれでも全く動じなかった。

「あんたには無理だ」


それがゼックスの軽口の余裕であり、またユミルに対する宣言であった。

「無理なもんか、私は--」

「無理だよ、あんたの目を見れば分かる。あんたは本当は人を殺したこともない、奇麗すぎる人間だ。汚れ役を背負うには無理な器なんだ、英雄という『名前』の重さを背負い切れていないあんたには」


気付けばユミルの方が1歩下がっていた。…何故この男の方が私の内面に踏み込める言葉を知っているんだ。そんな未知の恐怖がユミルには広がっていた。

「その顔、本当に汚れていないんだな。だからこそ俺から忠告しておくよ。……この国の常識ってのを冷静に考えた時にきっとわかる、『真実』が」

昨日から引きずっている頭の中で何度も自問自答している内容を見事に突かれ、ユミルはたまらず地下から逃げ出した。


「…あんなに純粋なのに、なんで歪んでしまっているんだよ」

ゼックスは悔しそうに歯を噛みしめた。



■■■■■■■■■



「ハァッ、ハッ!」

地下から廊下にでたユミルは息がきれる程動揺していた。何故あれだけ人の内面を見抜ける?大臣達とは違う人の内面のえぐり方をゼックスは知っている。

そして、その指摘はこの国を外から見た時に間違っていると分かってしまう正論だというのが怖い。

自分にはこの国を守る責務がある。この国に忠誠を誓った剣がある。

だが、英雄の子孫と呼ばれる度に何度か思ったこともある。いつの時代からだったんだろう?英雄とは人の頂点にいるものだと幼いながらに思った。だが、今頂点にいるのは現国王。自分は貴族でもなかった。

騎士を自分で志願し、自分の力で昇り詰めてきた。英雄の子孫だと何度言われてもむしろそれを誇りに変えて、血を吐くような研鑽繰り返してきた。

だが、と考えてみればこの国には矛盾が多すぎる。歴史の書物を見ても自分以外の子孫の名前は出てこないし、両親も自分が幼い頃に他界してしまったため過去の話を知ることも出来なかった。

ただ、物心ついた時から握りしめてきたサンシャインだけが自分と英雄の接点だった。

これがあったからこそ自分は信じ続けられた。自分もかつての英雄のように世界を守れると。


だが、蓋を開けてみれば議論でも弾かれる毎日、ただ己と部隊の鍛錬に費やす日々、逆賊に諭される自分。何もかもが現実では上手く回っていない。

自分の力を過信しているだけの子供なのかもしれない、そう思える程今のユミルの心は乱れていた。

「私は…」

泣きそうになるのを堪え自分の部屋へと急ぐ、今の顔は誰にも見られたくはない。

何かがずれ始めた日常はこれほどグラグラするのだと、ユミルは初めて知った。



■■■■■■■■■


その翌日、ユミルは再びゼックスの下を訪れる。

聴取という名目でまた早朝から人気のない地下へ、まるで誰かに見られたら困るから早朝を選ぶかの如く。

「起きろ、ゼックス・レオンハート」

昨日と変わらず名前を呼び、牢の中の男を起こす。昨日より呼吸が浅かったことをみると怪我の回復は本当にトカゲ並かもしれないとユミルは再び思う。

呼びかけられ、また首だけをこちらに向けて話に応じようとするゼックス。

「よぉ、お姫様。また会いに来てくれたのか、嬉しいな」

何故か笑顔を見せるゼックスに一瞬驚いたが、また聴取を行う。

「質問は昨日と同じだ、答える気になったか?それとも質問はもう一度した方がいいか?」

言外の皮肉にゼックスは少し苦笑を交えて答える。

「質問の答えは黙秘だ。だけど俺からの質問に答えてくれるなら、俺も答える気になるぜ?」

昨日より砕けて話すゼックスに何故か安心するユミルだが、それが何故かは自分でも判らなかった。

「内容による」

簡素に答える自分だが、これでは初日とまったく逆ではないか。自分の方が事務的な口調になっていることに気づいて思わず嘆息してしまいたくなる。

だが、そんなことに気を悪くもせずにゼックスは問いを放つ。


「あんたの昔話を聞かせてくれないか?」


意外すぎる問いだった。

まるでユミル個人の事を知りたいと切望するようなものだ、それこそ恋人にでもならない限り聞きたいなどとは思わない内容だろう。

ユミルが顔をしかめるのを見届け、ゼックスが言葉を続ける。

「別に難しいことじゃないだろ?俺は興味あるんだ、だから素直に聞きたい。駆け引きとかなしに、な」

ゼックスがとても人懐っこい笑顔を浮かべお願いしてくる。

そういえばゼックスは何歳なのだろう?今までそんなことも考えなかったが今こうして見ていると、どこかあどけなさを残しているような気もする。それこそ自分と同じ10代後半位か?

邪気のない笑顔にすっかり毒気を抜かれたユミルは、ゼックスに聞かせるようポツリポツリと話だした。



■■■■■■■■■



「私は幼少のころ、両親からお前にも英雄の血が流れていると聞かされ、それを誇りに生きてきた。周りもサンシャインを所持していたことから私が英雄の子孫だと認めてきたこともあり、私は必然この剣を生かすため騎士団に入ることを考えた」

まるで遠い思い出に浸るよう、そして思い出に手を伸ばすように牢に背をあずけゼックスに顔を見せることなく話す。

「私が7歳の頃か、丁度10年前だな。両親が他界した。病死と聞いていたがその頃私は王宮の騎士団に入るため王宮から出ることも叶わず、葬式にも出席出来なかった。今思えば地位よりも両親を大切にするべきだったと思うよ」

遠すぎる痛みに顔を埋めたくなるが、それでも話は続く。もしかしたら、傷が深すぎてそれを振り返らず、誰にも話さずにきてしまったがため、関流の如く話が止められないのかもしれない。

「それからはひたすらに剣の修行、軍略、勉学に励んでいたか。おかげで今の地位がある」

恐らくかなりの部分を端折ってはいるのだろう。単純に語るべきことがないのか、それともゼックスが語るべき対象ではないからか、それとも口下手だからなのだろうか。

それを推し量ることは出来ないが、ユミルはこれで話終えたとばかりにため息を吐き出した。


「とりあえず、こんな感じね。…これでいいのかな?」


ユミルは改めて牢の方へ顔を向けると、ゼックスの表情からは同情のようなものが伺えた。

「別に同情とかはいらないわよ。自分が不幸と思ったことはないし、あなたに同情してもらう間柄でもないし」

そうビシっと話を切るように、ゼックスに釘をさしておく。

「そうか……そうだな。ならこっちも答えよう」

何に共感したのかは分からないが、ようやくゼックスが自分の名前以外を語ってくれるようになったのは大きな前進だった。



■■■■■■■■■



「俺はこの街の出身だったらしいが、詳しいことは分からない。捨てられたみたいだからな、生まれてすぐに。」

その独白にはユミルも同情を覚える。とはいえ、貧民街ではもしかしたら普通のことなのかもしれない。

「その後師匠に拾われて、17年か。その間ずっともう1人と一緒にルナグルスってのを叩き込まれた。ようやく今になって師匠が「世界を見て、知れ」、ってことを言って街に降りてくることが出来たんだけどそっからが俺の物語の始まりだな」

ユミルはなんとはなしに察しがついたが、口を挟まないようただ相槌だけを返す。

「貧民街さ。強盗殺人何でもありで、死んでも棺桶はいらない。むしられて、捨てられるだけさ。…ハッキリ言って俺はそんな世界がみたいんじゃなかった。本の知識でしか知らないが碧く広大な海、活気ある街、自然と調和する国、何よりかつての英雄が望んだ人が人を助けあう世界ってのを見たかった」

ユミルは罰が悪そうな顔で俯く、多分かなり古い伝聞書をゼックスは読んだのだろう。自分では探しても見つけられなかった英雄の記録を少し羨ましく思う。

「だから俺は相棒と共に貧民街で呼びかけた。この国を変えよう!俺達がかつての英雄が望んだ平和を取り戻すんだ!ってな」

ゼックスの言葉はおおよそで正しい。きっとこの国を外から見たからこそ気付いた矛盾にキチンと立ち向かおうとした。でも

「手段が間違っているわ。革命なんて力に頼らなくても対話によって内部から変えられる可能性だって残っていたのに」

「その矛盾、自分で気づいてないのは考えていないからか?貧民が平民街に行くだけで圧倒的な差別を受けるのに王宮に入る?無理だな。更に言うならば今救いが必要な奴が大勢いる。今こう話している間にも餓死している子供がいるんだ、命が平等ならそいつらだって救われなきゃあまりにも報われないだろ?」


ゼックスの言葉は1つ1つが正論であるだけに苦しい。国としての立場から言える言葉はその小さく純粋な願いを汚すだけの言葉にしかならない。

ユミル個人で言える言葉であれば、それはゼックス寄りの発言になってしまうためユミルは沈黙する他無かった。

「そうして結成されたのが革命軍メシアさ。俺達は結成と同時に誓いを1つだけ立てた。……『俺達はこの革命を成功させる、だがそこに血は伴わない、必ず誰1人殺すことなく、誰1人欠けることなく成功させよう』とな」

そういえばとユミルは思いだす。最初の爆破の手際があれだけ見事だったのに、あれだけ自分に優るとも劣らない力があるのに、この男は戦いを避けよう避けようとしていたことを。

その心の奥にあった大切な誓いをユミルは聞いてしまった。

そして後悔する。


もう、ユミルからゼックスにかける言葉が見つからないのだ。

大義も正義もゼックスの方に理想がある。事実国力は衰退しているし、現国王や側近の政治力を不満に思っているものも多いと聞く。

ゼックスはまだ夢見る若者かもしれない、しかしそんな若く純粋な理想だからこそ人は信じて付いていきたいと考えるかもしれない。そんな不思議な魅力がゼックスにはあった。

そしてそれを叶えようと考え、実行し、理想に近づくための力も持ち合わせているならばもしかしたら、と皆考えてしまうに違いない。

きっとそれが『革命軍 メシア』なのだろう。



■■■■■■■■■


「さて、こんな感じかな」

ふと顔を上げてみるとゼックスが、自分の話も終わりだと言わんばかりにこちらを眺めていた。

感想を聞きたいのだろうか?それとも理解して欲しかったのだろうか?

…ダメだ、ゼックスの心情を推し量ることが出来ない。

「参考になったかな?お姫様と違って俺には俺の考えや信念がある。だから相容れない時もあると思っている、けどあんたなら理解してくれるとも思っている」

説得、なのか勧誘なのかは分からないがゼックスの話は理想的とも言える。

もし自分がそれに賛同したら…ゼックスが思う以上に革命は早く、スムーズに進むだろう。

だが、それは王国直属の騎士隊長として決して相容れない思想でもあった。


「別に勧誘でもなんでもない、ただあんたの生き方に知識の1つ、人生に波紋を呼んだだけさ。別にここから出してくれとかいう気もないし安心してくれ」

…やっぱり内心を見透かされているようで、心が落ち着かない。

何かを言おうとしてもそれは全て泡のように頭の中で弾けてしまい、喉をどれだけ振り絞っても言葉にはならなかった。

そんな空気にいたたまれなくなったのか、ゼックスの方から先に目を逸らした。

「さ、今日の尋問は大進歩だったんじゃないか、王に報告にでも行った方がいいんじゃないか?」

今日話すことはもうないと言わんばかりに、ユミルに帰るよう促すゼックス。

ただ、正直ありがたかった。今ここにいても考えが纏らない、とにかく1人でゆっくりと考える時間が欲しかったのだ。


クルリとゼックスに背を向けるとユミルは無言のまま地下から出ていった。


そんな様子にゼックスは微苦笑を漏らす。

「…俺達が出逢ったのは、もしかしたら偶然じゃなくて…」

その先はあまりにも先が見えない想像だったので打ち消し、回復のためひたすら睡眠をとることにした。




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