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過去の英雄

キィン……


後ろにいた兵達に驚愕の表情が走った。

国最強の剣士であり、英雄の子孫でもあるユミルの見た人全てが驚嘆するような大剣が上空へと弾き飛ばされていた。

「そ…そんな……」

本人に至っては現実を受け止められない位驚き、目を見開いていた。ただ自分の手の中に生まれた時からある剣の感触がないことに、呆然と立ち尽くすほか何も知らない。

目の前に自分を負かした男がいるというのに、視線を男に移すことも、自分の剣を追うことも考えられない。


だが、そんな意識を唐突に打ち切ったのは何かが地面に突き刺さる音であった。

初めは自分の剣かと思ったが、自分の剣ならば地面に刺さる音ですら聞き分ける自身がある。しかし、落ちてきた何かはもっと軽く高い音だったのでユミルは視線を移して確認しようとする。

そこで目に入ったものは、ユミルの想像とは違った別のものであった。


(刀…の半分?)

刀と言えば先ほど自分に勝負を挑んだゼックスという男の武器であったことを思い出すと、ようやく目の前の男に視線を移すことができた。

そこでユミルはようやく状況全てを飲み込むことができたのだった。


(そうか…相打ちだったんだ。追撃が無かったのはさっき私が弾き飛ばしたダメージが大きかったため、今の抜刀術の威力に体が悲鳴をあげた結果、か)

ユミルに少し安堵の表情が戻る。単純に力負けしただけよりは相打ちという形であればまだ負けという感情が記憶に残らずに済む。

しかし、ユミルは首を振る。

(でも、もしこの男が万全の状態だったら?もし、この刀が名刀と呼ばれる程の一振りだったら?結果は今回とは違っていたかもしれない)

その想像にユミルは背筋が凍る。今回は本当に運が良かっただけかもしれない。

王国に反旗を翻した犯罪者、それが王国最強と謳われている自分を超えるかもしれない実力を持っていた。

(世界は…広い)

ユミルがそう感慨を抱いた間に状況が少しずつ動いていたことに、まだユミルは気付いていなかった。


「もう…ちょっとだった…んだけどな」

そう呟いたゼックスが態勢を崩し、前のめりに倒れたのだ。

「えっ?」

少し考えごとをしていたユミルの反応が遅れる。

そして、誰もがこの場で予想し得なかった事態へと発展してしまっていた。



「……っーー!!?」


ゼックスとユミルの唇が触れた。

本当にキス程深く触れたわけでもなく、本人達も全くの意識の外であり、挙句にはゼックスは気絶痔に倒れた不可抗力なのだが、それが初めての異性とのキスであったユミルには耐えがたい恥じらいが体中を暴走したように走り回った。


「い……いやぁぁーー!!!!!」

その叫び声と同時に体中の筋力という筋力のリミッターが外れ、限界を超える力において

打ち抜かれた見事なストレートがゼックスを砕くように貫き飛ばした。

先の弾き飛ばし等比ではない程の勢いで壁に迫ったかと思うと、壁が衝撃に耐えられず砕けちったが、ゼックスはまだ勢い衰えず更に後方の壁をぶち破り、更には次の壁、次の壁とまるで障子のように次々と貫通していき、最終的には7枚もの硬石の壁を砕いてようやく地面に転がり落ちることができた。


「はぁっ!はぁっ…!」

ユミルが恥ずかしさに顔を赤くし、肩を上下させるがそれでも胸の鼓動は収まらない。

それどころか、さっきの感触を脳が勝手に思い出して…


「!!何してる!王国転覆を企てた犯人を仕留めた!すぐに確保に移れ!」

後ろに控えていた兵達に怒気混じりの声で命を発すると、少しだけ思考がクリアになった。

これ以上自分が人間として、女として意識してはいたくなかった。

王国の剣として責務を全うする自分が至上、他の事は切り捨ててきたのだから。

(なんでこんなやつにこんなに乱されなくてはならないの?!)

無駄な思考を夜に捨ててしまいたかったが、これだけ騒がしい夜ではその考えが叶うことは難しかった。


■■■■■■■



「……う、ぐっ!つぅ!!痛てて。……ここは?」

ゼックスが目を覚ますと室内、それも日の光が当たらない恐らく地下に移動されていた。

「ってことは…」

そこまでの呟きが聞こえていたのか、そこから先を引き継ぐ声があった。

「そう、牢屋。お前は反逆者として捕えられたんだ」

ゼックスは声のする方へ振り替えろうとしたが、全身を激痛が走りミリ単位で動かすことすらはばかられた。

「がっ!?」

叫び声を出してもその声を出すだけでも痛みが走る。どうにか痛みを意識しないよう感覚を遮断するように我慢し、叫ぶことによる痛みの連鎖を断ち切る。

「声を出すだけで死にそうか。それは困ったな」

何が困ったのかは全く分からないが、とりあえずゼックスが理解できることは2つ。

自分の身の危険性と、目の前の相手がユミルであろうということだけだ。

「日を改めるとしよう。残された時間は少ないが、それでも喋れる位まで回復してくれることを願う」

そう言い残すと、ユミルは階段を昇っていってしまった。


「…参ったな」

かすかに呟いた独り言は誰にも聞かれることなく、消えていった。




階段を昇りきったユミルは大広間入口へと繋がる通路へと出たが、そこで兵の一人が待っていたかのようにユミルに駆け寄ってきた。

「どうした?」

簡素に聞き返す隊長としてのユミルに、兵も自然背筋を伸ばし報告内容を伝える。

「戻られ次第王の間に向かうようにと受けております。ユミル様、お急ぎください」

敬礼をしながら兵は下がり、ユミルは頷き早々に王の間へと向かうことにした。


■■■■■■■



「騎士団隊長ユミル、ただいま参りました」

ユミルは恭しくしく挨拶をしてから、膝を折り傅く。

「ふむ、先の件は御苦労だった。数時間以内に賊の確保は見事なものであった」

「勿体なきお言葉」

「だがしかし、こうした事件はいかんな。民の心に不安や惑いが生まれてはこよう。そこでだ、即刻賊の公開処刑を行い今後2度とこのような乱心を起こさないよう反乱の気力を削ぎたいと思うのだが、どう思う?」

ユミルは一瞬の沈黙の上で答える。

「確かに逆賊ではありますが、彼は自分を反乱軍と言っておりましたのでその情報を吐き出させてからでも遅くはないと思われます」

「それも一理あるが、それでは奴らの仲間が無駄に特攻をかけて私の命が危なくはならないのか?」

「……その可能性も考慮には入っておりますが。ご安心を、そのための我ら騎士団です。鍛錬を重ねてきた我ら騎士団は逆賊に等決して遅れはとりません」

「むぅ…しかし」

「王よ、ご自愛いただきますのもよろしいが、国全体を見て考えてもみればまずは敵の解明、その後の鎮圧の方が長い目でみた時の常かと」

王が悩み始めた所に、横から口を挟む者がいた。


「しかし元はといえば王宮の外壁を爆破される等警備の失態にも程がある。そんな警備に王の命を預けろというのもいささか王が心配される要因であると思わんかね?ユミル隊長」

嬲るような目でこちらを見下ろしてくる大臣の1人。この男とはいつも反りが合わずに意見をぶつけられては潰されてきた苦手、というより妬ましい相手だった。

「その点においては大変申し訳なく思っております。ですが…」

「ですが何かな?この場に呼んだのは今回の件に関しての君の失態の報告とその責任の所在の在り方についてだ。王に意見するために呼んだわけではないことをいい加減理解していただきたいな。ユミル隊長」

ハッキリとこちらを会議から外す言葉に、さすがにユミルも内心怒りを隠せないが王の御前。平静を装うしかない。

「…今回の件に関して実際の警備担当兵の処分は決定済み。また、弱くなった南外周壁には警備の人数を平時の2倍に増やし警戒レベルを引き上げております。他地域に関しても同様に警備レベルを引き上げ、市街の巡回に騎士団の2中隊を派遣しております。同様に王宮内部でも騎士団はいつでも出動できるよう厳戒態勢を敷いており、先10間程はこの状態の維持を考えております」

大臣は少し考えてから、改めてユミルに言葉を投げかけてきた。恐らくこの論点のズレに目をつけていたに違いない。


「事後対応はそれで問題ないですな、ユミル隊長。しかし、責任の所在はどうしたのかな?これだけの失態を隊長であるあなたは責任を取らないと言外に申しているように聞こえたのだが、はてさて私の気のせいかな?」

本当にやりにくい、政治家というのは正論であっても搦め手によって正論を崩されてしまうことが多々あるのが武人として真っ直ぐに育ってきたユミルには堪える。どうして人は真っ直ぐに生きられないのだろう?

「責任を持って辞職や、前線から私が退けばそれこそ警備の穴に繋がりましょう。この軍の指揮において私より優れているのは贔屓目なしにみてもまだ育っていないため、今ここで私を外すことはもはや国へ誓った忠誠をないがしろにしているとは思いませんか?王よ」

ここで上の権力に任せるしかないのが何とも悔しい所だが、こんな所でいがみ合って時間を潰している暇はない。やるべき事はまだまだ多くあるのだ。


「ユミルの言うことももっともだ、それにユミルのことは信頼しておる。今為すべきことは逆賊に対しての対応だ。それなのにユミルを前線から外すのは道理が外れているとは思わんか?」

普段頼りない王だが、権威という衣さえあればあの憎らしい大臣を黙らせられるのが権力という「力」であった。大臣の沈黙を肯定と取ったのか王は言葉を続ける。

「では10日間だけ猶予を与える。その間の警備はユミルが全責任を持ってねずみ1匹通すな!10日後に逆賊の公開処刑を執り行い反乱軍の火種を潰す。これが今回の決定となる、異論あるものはいるか?」

王が周りを見渡すが、王の決定に口を挟む人間等いるわけはなくただの決定事項としての形式的な確認であることを皆が知っている。

「では各自引き続き自分の仕事に戻れ。2度と逆賊を出さないような政事を期待している。ユミルはそれと同時に逆賊の聴取も進めろ、進展した結果を出せ。以上だ」


固くなった足を立ち上げ、ユミルは会釈を残して王の間から退出した。立ち上がる際にこちらに目を向けた大臣の忌々しげな顔が、少しユミルには引っかかっていた。



■■■■■■■


ユミルは王の間から出るとまた地下牢へと向かった。

暗がりが広がり、カビ臭い匂いも充満していき、それが人のいるべき場所ではないと本能的に思わせる感覚がある。

(きっと誰もこの感覚は変わらないんだろうな)

この国では犯罪者はそれ程多くはない。裕福な貴族も、それなりの暮らしをしている平民も、下を見れば下がいるので誰もそんな場所に行きたい等思わない。だからこそ平和は続く。

だが、誰もその下には追求しない。言及もしない。

あることは知っていても誰も見ようとしない。そこでの犯罪すらなかった事にしている。

下には下の暮らしがある。国の一部であるにも関わらず国の一部ではないという意識外。切り捨てているが、意識の下では切り捨てていないという矛盾。そんな矛盾を国民全員が抱えている。

更に言えば下の民も恐らく不平不満は抱えているだろうが、誰も上がってこよう等とは思わない。これだけ差別された仕組みが出来上がっていると、誰もが分相応というのを弁える。

それがこの国、あるべき姿だとユミルはずっと思っていた。


しかし、とユミルは考える。

「間違って…いる?」

自分も国のためをと思い、研鑽に研鑽を重ね、恥じるべきものがないような道を歩んできたつもりだ。

でもそれはこの間違った常識の中で、育てられた歪みではないのだろうか?

もっと人として当たり前のことに気付くならば…差別というものが無い世界を望むべくではないのだろうか?

たった1人単身で王宮に間違いを突きつけてきた男の存在は、ユミルに考えるキッカケを与えていた。

(確かめたい)

その一点だけを胸に再び地下牢へと訪れた。



「ゼックス・レオンハート、返事をしろ」

牢屋につくなり呼びかけるユミル。やや間が空いてから小さな声が答える。

「いるよ。でも寝かせてくれ、体中痛くてしょうがないんだ」

恐らく全身凄まじい重症なのだろうが、逆賊として捕えられた彼には包帯も消毒薬も与えられていない。まさに自分の治癒能力の限界が試されているような状況ならば、眠って少しでも痛みを和らげていたいのだろう。

そんな状況にほんの少し申し訳なく思う。剣が交差した瞬間本当は勝負はついていた。が、その直後のトラブルのせいでゼックスの重症はとてつもなく悪化したからだ。

思い出すと顔が赤らみそうになるので、思考を一旦中止、クリアにしてから改めて話しかける。


「お前の処刑日が決まった、10日後だ」

…違う、確かに伝えておきたいが本当に聞きたかったことはこれじゃない。自分の気持ちに素直になれない自分に少し苛立つ。

だが、ゼックスはさほど気にした風もなく淡々と答える。

「分かった、さ、話は終わりか?」

特に話すこともないとばかりに強引に話を切ろうとするゼックスにもまた少し苛立つ。

「…お前の仲間はどうしている」

違う!だから何故こんなにも自分の感情を素直に引き出せないんだ!

「仲間は売れないな」

ゼックスの事務的な口調は変わらない。こんなもの素直に吐露するようならば、とてもじゃないがあれだけ真っ直ぐな力を手にしてはいないだろう。

今回は上手くいきそうにないと悟ったユミルは、若干早足で元の場所へ帰ろうとするが、その背にゼックスから言葉がかかる。


「隊長さん、あんたはこの国が好きか?」

ユミルは一瞬ビクッと跳ね上がる。肩が知らぬ間に緊張で少し上がってしまっている。

こんな1人の言葉に何故こうも動揺してしまうのかも掴めぬまま、答えを頭で考えるより反射で答える。

「私はこの国の隊長だ。疑問を持つこと等許されない」

この返答に食い下がってくるかと待っていたが、一向に新たな問いかけはやってこなかった。

沈黙が返答なのだと気づいたユミルは再び階段を昇り始めていた。


「……かつての英雄の遺志ってのはどこに行ってしまったんだろうな」

ただ宙を見上げるしかできないゼックスは誰に聞こえるわけでもなく、密かに呟いた。

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