表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

劇会

…後10秒

…9、8、7

(ん?)

…6、5

(おい!なんでこんな所に!!)

…4

(冗談じゃない!!この革命の狼煙で、誓いを早速破るなんて!)

…3、2

(ええい!)

…1


「バカヤロォー!」



ゴォォォン!!!!!!!



新歴3012年の冬の夜、王宮の南外周壁が大々的に爆破された。

これが後に新暦に刻まれる事件の始まりであったことを、当時の人々はまだ知らない。


■■■■■■



「まったく…おまえはなんてタイミングが悪いんだ」

そう呟きつつ手のひらに収まっていた黒い物体に目を向ける。

「ニャオ」

今の激しい爆発音にも大して動じた様子をみせず、男の手の上で毛繕いまで始めた。

「まぁいい、さ、俺は用事があるからお前も逃げな」


そういいつつ男は両手を地面のそばまで下ろすと、黒猫は一瞬無邪気な瞳をこちらに向けつつも素直に降り立った。

「次はこんな馬鹿げた劇に巻き込まれるなよ」

そう猫に告げ男は王宮の方を凝視する。完璧な計画。警備の隙を突き宣戦布告とばかりに南外周壁を爆破し声明文を翌日に投稿するハズだったのだが…

南外周壁上に黒猫がいることに気付いた男は、爆破数秒前にも関わらず身を呈して猫を助けた。

この場合実行犯である男が助けても助けたというかは微妙な所だが。


「さて、これからだな」

勿論黒猫を助けるのは計算外。庇ってしまったがために逃走ルートに続く道が爆発の瓦礫で埋まってしまっている。更に言えばいくら外周壁を爆破させてしまうようなザル警備でも国の警備である。もう数瞬すれば…


「動くな!このテロリストが!!」

男が振り向くと警備隊が王宮からも、他の外周の持ち場からも駆けつけてきておりその数おおよそで40人。

「思ったよりお早いご到着で」

そう思ったのは事実であり、余裕でもあった。警備兵の装備は主に電磁ロッドとS&W M37という標準的な銃であり取り立てて騒ぐような装備でもない。問題は

(革命軍としては不殺を誓い、革命成功時の原動力にするつもりだから厄介だ)

通じてみれば、この反旗において猫1匹殺していないという条件状態を市民に広く知らせなければ革命を成功させようが人心は掴めない。

「そうなりゃ手段は1つ」

男は警備兵を避けるよう路地へと駆け込んだ。



■■■■■■



「くっ、どうなってるんだ!?」

男は困惑していた。路地裏を使う必要を想定していなかったため、地図は軽くしか頭に入れていないのでどの道がどこに通じているかはもはや分かっていない。

いや、この場合それすらどうでもいい。

敵の警備兵は男の進路を的確に塞いで来るのだ。広い通りにでて脚力勝負で撒きたいのに、狭い道、狭い道へと誘導されるように行く先全てを妨害されていく。

また、追いかけてくる数がもう尋常ではなくなってきていた。

最初の40人を気絶させた方がはるかに楽だったと思える程数が膨れ上がり、警備兵だけでなく騎士団まで出てきたのでその数は1小隊の500人ではなく1中隊の2000人規模ではないかと思える。

これだけの人員を即時導入、指揮した上で逃亡者である自分を確実に追い詰める地理把握力と判断力。


甘かった。その1言が痛恨のミスのように心に刺さる。

もとは下水道を使う手筈だったため、地図をうろ覚えで済ませた。無事に帰れたら副司令官である幼馴染になんと言われることか。

「…っ!!」

そんなことを考えていれば、もう終点は見えていた。

恐らく市街地整備の際偶然余ってしまったスペース。それを塞いだだけの壁。

つまり進むことを拒否する完全な行き止まり。


後ろ手に聞こえる鎧の重たそうな金属音やら、けたたましいまでの多勢の足音。

ついに爆破犯である男は追い詰められた。

観念したようにゆっくりと振り返るが、視界に収まるのは人、人、人…数える気力も沸かない。

(どう切り抜けるか?この人数を殺さずなんてのはもう無理だ。しかし手はあるはずだ、例えばあいつがくるとか)

そう考えたが、基地で大人しくしているように厳命したのは他でもない自分だ。テレパシーでもない限りこの瞬間に来てくれることはないだろう。

「…しゃーないか。目立ちたくないから隠しておきたかったんだけどなー、敵さんには」

男が目を鋭く相手へ向けようとした刹那


「待ちなさい」

凛と夜空に響く澄んだ女性の声が、熱気猛々しい兵達をにわかに静かにさせた。


■■■■■■■■


(誰だ)

いや、この状況で思い当たるのは1人しかいない。

そう、王宮きっての実力者であり騎士団隊長、3000年前世界を救った英雄が筆頭の子孫、『ユミル』。


カツッ、カツッ、


ブーツの音を規則正しく踏み、おびただしい兵隊が従順に道を空けていく様はまるで劇の主人公のようだった。

男と対面できる距離、おおよそ10m程でユミルは足を止めこちらに言葉を投げかける。

「私はウインディ王国騎士団隊長ユミル。賊よ、あなたの目的が何なのかは牢で伺いましょう。その後しかるべき処断を受けていただきます」

凛としていた。言葉を発する度に鈴を思いだしそうな澄んだ声が夜闇によく融け、冷たい夜風にさらされる黒髪は絹のようにサラサラと美しくなびき、同時に鋼のような意志を持った燃える瞳がそのたたずまい全てを輪郭のある美しさとして象徴していた。


「あなたに出頭していただきます。大人しく捕まる気ならば名前を名乗った後、拘束を甘んじて受けなさい。拒否する場合は実力で行使させていただきます」

ハッと男は我に返った。僅かな間だったとはいえ、ユミルが次の言葉を発するまでの間見惚れていたのだ。

(ハハッ、こりゃこんな土産話は絶対に聞かせられないな)

そう自分を皮肉った後、意識を正面のユミルに戻す。…今は敵として

「俺の名前か、あいにくお嬢様に名乗る名前は持ち合わせていなくてね。俺が名乗るのは仲間か実力を認めた相手だけなんだ」

そう肩をすくめながら安い挑発をする。これで剥きになる位なら簡単な相手だと推し量れるのだが、

「そうか」

その一言だけで周りの兵も、当事者たちも理解するには十分だった。



■■■■■■■■



動きは瞬速。男が自分の武器を引き抜き防御に回れたのは今までの訓練による反射だけだったが、挑発した側の動作の戻りの遅さ、慢心が勝敗を決めるには十分すぎる一瞬だった。

ユミルが振るった大剣はその重量や長さ全てを無視した短剣かのように、一刀のもと一瞬で男へと振りぬかれていた。

縦に220cm横に80cm、剣身の幅だけでも15cmはあろう超重量の大剣は男がガードに使った刀など空気と同程度かのごとく切り払い、男は後ろの壁に激しく叩きつけられた。


サンシャイン。英雄筆頭の『翼』が使用したと言われる伝説の大剣。

オリハルコンという伝説の太陽金属により生成された剣はかつて黄金に輝き、神話のような闘いにおいてもっとも強力な武器だったというが、長い年月により力が風化し、今は黒曜石のように暗く沈んでいる。


そんなことを思い出しつつ、男の意識は闇に落ちそうになったがなんとか立て直し、自身も叩き付けれた身を起こす。

(っつぅ!!こりゃ背骨が確実にやばい!)

あまりの衝撃と油断により、受け身すら取れず無様に壁に叩きつけられた男は背中に大きなダメージを負っていた。

通常脳からの電気信号は脊髄を伝って全身に運ばれるので、背骨へのダメージは戦闘面ではかなりのハンデとなってしまっている。そう、手が痺れ足が重く、我慢できない激痛で視界が歪む。

ぼやけかけた視界でユミルを見ると、すでに背を向け部下に拘束させる指示を出そうとしている所だった。

(そうは…させるかよ!)

男のプライドに懸けて、このままでは終われない。


ズガァン!



■■■■■■■■



ユミルが振り向くと、男は銃を空に向かって発砲していた。

何故?とユミルの頭によぎる。

今打てば確実に後ろから不意を突いた銃弾がユミルを捉えられたはず。勿論振り向きガードすることも、避ける事もユミルには造作もないが相手がやけになっていれば必ず取る選択をしていなかったことにユミルは驚く。


そんなユミルの表情に満足したのか男はユミルへと笑みを返す。少し引きつった笑みになってしまうが、ユミルも何とはなしに男の言いたいことが分かったようだ。

男はナイフが付いた銃剣をホルダーにしまうと、2mを超える長刀をユミルへと真っ直ぐ突きだす。

「俺の名前は、ゼックス・レオンハート。革命軍メシアがリーダー、ルナグルスの使い手だ。王国軍隊長ユミル。お前を認め俺の全力を持って相手する」



ユミルの後ろに控えて兵達からは失笑が漏れているが、ユミルはむしろ知らず背に汗をかき、左足が知らず半歩下がっていた。

(気迫が違う、目つきが違う、ダメージを負ってなお立ち上がる精神力。この感覚…本当に侮っていたのは私の方?)

ゼックスから見てとれる気配はユミルが弾き飛ばした前と後では別人のように違う。

隙もなく、5m程離れた位置にいても突きだされた刀は喉元に刺さるかのように息苦しい。

ユミルは悟られることなく静かに息を吐き出し、大きく息を吸い込む。

「貴殿の気迫を認めよう。…尋常に、勝負!」


ユミルは上段に大剣を構え、ゼックスは刀を鞘に戻し抜刀の構えに移る。

周りが静まり返っている。ゼックスだけでなくユミルの本気の気迫同士がぶつかり合い、もう実力が違うものでは口を挟むことも、指を動かすことすらできない。

今ここに戦士達の舞台は作り上げられていたのだ。


■■■■■■■■


風が2人の間を駆け抜けるが、2人は微塵も動かない。

瞬きすらなくお互いを見つめあう様は、お互いがお互いを認めたがための決意を映した鏡のようだった。

10秒、20秒…1分…

誰もがカウントすら取れない程意識を2人だけに集中し、このまま夜が明けてしまうのではないかと思う最中、兵の1人の足が僅かに動き、砂の音がかすかに聞こえた瞬間、2人は弾けた。


「ハッ!!」

「オォ!!」


ユミルの上段から力に任せた渾身の一撃

ゼックスの技量から放たれる瞬閃の一刀


両者の魂を乗せた全力の一撃が眩い火花を散らすかのごとく重なりあい……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ