団扇に描かれた文字は
大掃除の途中で見つけてしまった、黒歴史の遺物。
青くて痛くて、けれど間違いなく命がけで熱狂していたあの日々が、一枚の団扇とともに鮮やかによみがえります。
ピンクの団扇だ 懐かしい団扇だ
ずっと抽斗の奥にしまってあった。見つけたのは2年ぶりだ。
わたしは甲斐性なしと言われるだけあって、抽斗のお掃除は、ついつい後回しになっていたのだ。
せっかくだから抽斗の整理でもするかと思い立った時であった。
ふと、団扇に描かれた文字に目がとまった。もともと描かれていた文字だとは到底思えない。明らかにわたしの稚拙な字
体温の残る掠れた文字は
遠い日のわたしが残した SOS
「ひみつ」と書かれた言葉の先を
なぞる指先が 微かに震えた
何故こうまで震えるのだろう?
「ひみつ」と書かれた言葉の先を
なぞる指先が 微かに震えた
何故こうまで震えるのだろう?
――そりゃあそうだ。だってこれ、私が昔、大好きな推しアイドルに向けて血眼で作成した『ファンサ祈願団扇』なんだから。
「……うそでしょ……黒歴史すぎる……」
文字の続きを凝視する。
そこには、蛍光ピンクのペンで、痛々しいほど純粋な愛が書き連ねられていた。
『ひみつ♡ ウインクして! 一生のブシ(武士?)にして!』
漢字を間違えている。「僕のウインクは君だけのひみつ」という神対応をもらって歓喜し、家で一人で悶絶していたあの夜の熱量が、恐ろしいほどのリアルさで蘇ってくる。
「思い出した……私、このライブの翌日に恥ずかしすぎて正気を失い、この団扇を封印したんだ……」
胸を突くのは、懐かしさと、あまりの痛々しさにのたうち回りたくなるような強烈な悶絶。
あの頃の私は、世界で一番惨めで、世界で一番幸せだった。
お金もなくて、未来も不安で、毎日ががむしゃらで寂しくて……それでも、あの輝くステージだけが私の全世界だったのだ。
「あはは……なんだよこれ……」
込み上げてきたのは、おかしくて、切なくて、どうしようもない笑いと涙だった。
大人になった今の私は、あの頃みたいに何かに全力で狂うことも、誰かのウインクひとつで救われることもなくなった。冷めた大人になって、賢く生きられるようになったはずなのに――どうしてだろう。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように痛い。
もう二度と戻れない、あの青くて、痛くて、最高に楽しくて寂しかった日々。
熱に浮かされていた幼い私が、団扇の裏で必死に叫んでいた。
『わたしを わすれないで』
涙がポロポロと溢れて、ピンクの文字の上に落ちた。
ダサくて、恥ずかしくて、愛おしい、私の宝物。
「忘れるわけないじゃん……バカ……」
私は鼻をすすりながら、埃っぽい部屋でひとり、抱きしめるように団扇を強く胸に押し当てた
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
押入れや抽斗の奥からふと出てくる「昔の自分の熱量」って、恐ろしいほどの恥ずかしさと同時に、どこか愛おしく思える瞬間がありますよね。
大人になるにつれて失ってしまう青さや情熱と、それらを肯定する優しさをテーマに描いてみました。読者の皆様にとっても、かつての自分の「宝物」をふと思い出すような、ささやかな温かさが届いていれば幸いです。




