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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪役令嬢もくすぐりには勝てませんでした

作者: 陸奥ナガト
掲載日:2026/06/14

挿絵(By みてみん)

※イメージイラストはChatGPT製です。


「――エレノア・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢! 君との婚約を、本日この場を以て破棄する!」

 冷徹な声が響き渡った。

 アストレア王立学園。卒業記念舞踏会。

 学園生活最後を飾る華やかな宴のはずだった。

 煌びやかなシャンデリアの光の下、貴族たちが優雅に談笑している。

 声を放ったのは、アストレア王国が誇る王太子であるアルフレッド・アストレア。

 眩いばかりの金髪をシャンデリアの光に煌めかせ、その蒼穹の瞳には軽蔑の色がこれでもかと湛えられている。白地に金の刺繍が施された高貴な礼装は、彼が正真正銘の次期国王であることを示していた。

 彼の大きな手の平にすっぽりと包まれるようにして、その背後に隠れているのはリリア・フェアライト男爵令嬢。

 ふわふわとした温かみのある金髪に、守ってあげたくなるような潤んだ緑の瞳。野の花を飾った可憐なレースのドレスを震わせながら、彼女は怯えたように王太子を見つめていた。

 ……まさに、劇の一幕のようだった。

 正義のヒーローと、庇われる無垢なヒロイン。

 そして彼らに対峙するのは、真紅と黒の薔薇をあしらった豪華なドレスを纏い、まるで悪魔のように彼らを睨みつける悪役令嬢。

「……っ、アル、フレッド、殿下……。それは、どういう、意味……、かしら……!」

 エレノア・フォン・ローゼンベルク。

 ローゼンベルク公爵家の令嬢であり、王太子の婚約者。「氷薔薇の公爵令嬢」の異名で恐れられている存在だった。

 深紅の薔薇をあしらった豪奢なドレスは彼女の完璧な美貌を引き立て、首元や髪に輝く宝石は公爵家の威光そのものだった。

 しかし今、エレノアの深紅の瞳は、信じられないものを見るように凍りついていた。

 会場がどよめいていた。誰もが息を呑む。

 エレノアは動けなかった。

 頭が真っ白になる。

 婚約破棄。王太子から。この場で。公衆の面前で。

「君は長年にわたりリリアを虐げてきた! 身分を笠に着て侮辱し、孤立させようとした!」

 違う。

 そう言おうとした。だが声が出ない。喉が締め付けられる。

「私は全て知っている!」

 知らない。何も知らない。

 彼女はただ何度も注意しただけだ。王宮の礼儀。貴族社会の作法。将来王妃になる女性として。

 だがそれはいつしか『いじめ』へと変わっていた。周囲の認識では。

「リリアは心優しい女性だ。君のような冷酷な人間を王家に迎えることはできない!」

 会場のあちこちから賛同の声が上がる。

「当然だな」

「前からやりすぎだと思っていた」

「リリア様がお可哀想だった」

 エレノアの指先が震えた。

 違う。

 違う。違う。

 違うのに。

 誰も聞いてくれない。

 誰も信じてくれない。

 視線を向ければ、かつて自分に微笑んでいた令嬢たちが目を逸らした。

 取り巻きだったはずの者たちも、教師たちも、誰も助けない。

 当然だった。ここには王太子がいる。王国の未来がいる。その言葉に逆らう者などいない。

「何か言いたいことはあるか?」

 アルフレッドが言う。

 会場の全員が彼女を見る。

 エレノアは口を開いた。だが、何を言えばいいのか分からなかった。

 唇が震える。声にならない。

 ただ胸の奥だけが熱い。

 悔しい。

 悔しい。悔しい。

 七年間、王太子妃になるために努力した。

 誰よりも勉強した。

 誰よりも礼儀を学んだ。

 誰よりも自分を律した。

 全部がこの一言で終わりなのか。

 エレノアはアルフレッドを見た。

 そしてリリアを見る。

 わなわなと肩が震える。

 視界が滲む。

 泣くものか。

 絶対に。

 こんな連中の前で。

 言葉は出ない。

 出せない。

 アルフレッドはそんな彼女を、まるで虫けらでも見るような冷たい目で見下ろした。

「これで終わりだ、エレノア。お前はもう、俺の婚約者ではない」

 その傍らで、リリアが小さな声で囁いた。

「……エレノア様、ごめんなさい。でも……私は、ただ……」

 天使のような笑顔が、ほんの少しだけ哀しげに歪む。

 講堂中に、拍手が——いや、嘲笑が——沸き起こった気がした。

 エレノアの視界が、赤く染まる。

(許さない……絶対に……許さない……!)

 心の中で何度も叫びながら、彼女はただ、震えながら二人を睨み続けることしかできなかった。


 アルフレッドの婚約破棄宣言によるざわめきが、ようやく収まりかけたその時だった。

 会場後方の大扉が開く。

 近衛騎士たちが整列し、その中央を一人の男が歩いてくる。

 王国宰相アーネスト・ヴァレンティア侯爵。

 学園の卒業式など、本来なら姿を見せるような人物ではない。

 会場の空気が変わった。

 誰もが異変を察する。

 侯爵は壇上へ上がると、静かに告げた。

「皆に報告がある」

 その声はよく通った。

「先ほど、王国を混乱へ導こうとした反逆派閥を鎮圧した」

 どよめき。

 エレノアの胸が嫌な音を立てる。

「首謀者はローゼンベルク公爵」

 世界が止まった。

「王権を簒奪せんと企てた罪により、その爵位および全財産は没収される」

 父が?

 反逆?

 そんなはずがない。

 父は王国に忠誠を誓っていた。

 誰よりも王家のために働いていた。

 なのに。

「現在、公爵本人は逃亡中。しかし包囲網は完成している。捕縛も時間の問題だろう」

 エレノアの指先から血の気が引いていく。

 逃亡中。つまり、まだ生きている。

 だがそれは同時に、終わりが近いということでもあった。

「当然ながら、ローゼンベルク公爵家も取り潰しとなる」

 エレノアの足元が揺れた。

 視界がぐらりと傾く。

 だが倒れない。

 倒れてなるものか。

「よってエレノア・フォン・ローゼンベルク」

 侯爵の視線は氷のようだった。

「公爵令嬢の地位を剥奪する」

 会場が静まり返る。

 死刑宣告に等しかった。

 貴族社会において、身分とは全てだ。

 その全てが今消えた。

 エレノアはもう公爵令嬢ではない。王太子妃候補でもない。社交界の華でもない。

 ただの罪人の娘。それだけだった。

 胸が苦しい。

 息ができない。

 今すぐその場に崩れ落ちたかった。

 助けてほしかった。

 お父様。

 お母様。

 誰か。

 誰でもいい。

 助けて。

 叫びたかった。

 泣きたかった。

 悲鳴を上げたかった。

 だが。

 エレノアは唇を噛む。

 泣くな。

 泣くな。泣くな。

 今泣けば。

 本当に終わる。

 彼女は背筋を伸ばした。震える膝を無理やり支える。

 ドレスの裾を整える。

 顎を上げる。

 公爵令嬢として教え込まれた全てが身体に染み付いていた。

 人前で取り乱してはならない。

 優雅であれ。

 気高くあれ。

 ローゼンベルクの名に恥じるな。

 父の言葉が蘇る。

 エレノアは微笑んだ。

 もちろん本当の笑みではない。

 唇をわずかに持ち上げただけ。

 それでも周囲は息を呑んだ。

 全てを失った少女の顔には見えなかったからだ。

 エレノアは誰も見なかった。

 王太子も。リリアも。宰相も。

 見ない。見れば泣いてしまう。

 だから正面だけを見る。

 一歩。また一歩。ゆっくりと歩き出す。

 ドレスの裾を揺らしながら歩く。

 まるで今も公爵令嬢であるかのように。

 誇りだけを身にまとって。

 最後に見せる姿だけは、誰にも奪わせたくなかった。


 ガチャン! と重々しい音を立てて開かれた大扉の向こう。

 そこに控えていたのは、ギラギラとした全身鎧に身を包んだ、総勢二十名もの武装騎士団だった。

「――大逆人ローゼンベルクの娘、エレノアを捕らえろ!」

 隊長の無慈悲な号令とともに、鉄臭い男たちが一斉に掴みかかってくる。

「っ、触るな下郎ッ! この私を誰と心得て……っ!」

 高飛車に言い放ってみたものの、あえなくエレノアの両腕は後ろにねじ上げられた。

 騎士の一人が羊皮紙を広げ、淡々と罪状を読み上げる。

「エレノア・フォン・ローゼンベルク。

 第一、王族への反逆罪。

 第二、聖女リリア・フェアライトに対する暴行の教唆。

 第三、公金横領および反体制派への資金援助。

 第四……」

 次々と並べられる、どれもこれも濡れ衣の罪状。

 エレノアの深紅の瞳が怒りに燃える。

「認めない! そんなものは全て……捏造よ! 私がそんな卑劣な真似をするはずがないでしょう!?」

 アルフレッドがゆっくりと近づいてくる気配がした。

 耐えきれなくなったエレノアが、再び叫ぶ。

「やめなさい! 私はまだ——」

 その瞬間、金属の冷たい音が響いた。

 アルフレッドが剣を抜き、彼女の白い喉元に刃先を突きつけていた。

「…………ひっ!」

 さすがのエレノアも、喉の奥から小さく悲鳴を漏らした。

 身体が硬直し、膝ががくがくと震える。

 冷たい汗が背中を伝い、深紅の瞳に恐怖が浮かぶ。

「お……おやめください……!」

 声が、情けなく上擦っていた。

 アルフレッドの青い瞳は、氷のように冷たい。

「これ以上、醜態を晒すな。潔く——」

「待ってください、アルフレッド様」

 柔らかな声が、場を制した。

 リリアが飛び出した。

 皆の視線が集まる。

 アルフレッドが振り返る。

「リリア?」

「血なまぐさいことはやめてください」

 彼女は真剣な顔だった。

「でも罪は認めさせなければ」

「そうですねぇ……」

 リリアは少し首を傾げ、ん〜と可愛らしく考え込む仕草をした後、にこやかに微笑んだ。


「くすぐっちゃう、というのはどうでしょう?」


「……は?」

 エレノアの口から、思わず間抜けな声が漏れた。

 周囲の騎士たちも、アルフレッドも、一瞬言葉を失う。

 リリアは変わらぬ天使の笑顔のまま、楽しげに続けた。

「ほら、くすぐられるのって苦しいじゃないですか」

 痛くないですし!

 皆さん笑顔になります!」

「何を言っているの!?」

 エレノアが叫ぶ。

 生まれて初めて貴族令嬢らしくない大声だった。

 リリアは首を傾げた。

「そうですか?」

「そうです!」

「でも私、兄によくやられてましたよ?」

「なんの話ですの!?」

 会場の空気がおかしくなり始める。

 先ほどまで革命だの反逆だの言っていた空気がどこかへ消えていた。

 騎士の一人など肩を震わせている。

 笑いを堪えているのだろう。

 エレノアは信じられないものを見る目でリリアを見た。

 この女、頭がおかしいのではないか。

 この時、誰もが気づいていなかった。

 リリアは突拍子もないことを言うことで、抜け目なく、この場の主導権を奪い取ったことに。


「やめ……離しなさい!」

 必死の抵抗も虚しく、大夜会の豪奢なビュッフェテーブルの上に、エレノアは仰向けに引っ繰り返されていた。豪奢な赤いドレスの裾が乱れ、白い肌が露わになる。

 両腕は頭の上で大きく広げられ、騎士たちの強い手に押さえつけられる。両足も同様に、足首を掴まれ、大きく開かされた格好で固定された。

「く……くすぐるなど、ふざけた真似を……!」

 エレノアは歯を食いしばり、深紅の瞳を怒りに燃やして天井を睨みつけた。

 上から覗き込んできたリリアの手には、会場の装飾に使われていた大きな白い羽根が握られていた。

「それでは」

「だから待ちなさい!」

 ふわり。

 羽根がむき出しにされた腋をなぞる。

 エレノアの肩がぴくりと震えた。

「……っ」

 耐える。

 これくらいなら耐えられる。

 公爵令嬢としての誇りにかけて。

 ふわふわ。

 こちょこちょ。

「んっ……」

 唇を噛む。

 絶対に笑わない。

 絶対に。

 絶対に。

 周囲の令嬢達も固唾を呑んで見守っている。

 氷薔薇の公爵令嬢。

 常に完璧だった少女。

 その最後の抵抗だった。

「ここでしょうか?」

 こちょこちょ。

「ひゃっ!」

 声が漏れた。

 しまった。

 会場がざわつく。

「今の聞いた?」

「聞いたわ」

「可愛い声だったわね」

 頬がカァと熱くなる。

 リリアは首を傾げた。

「効いてます?」

「…効いて…ないっ!」

「そうですか」

 こちょこちょ。

「くっ……!」

 こちょこちょ。

「ふ、ふぅーっ!!」

 こちょこちょこちょ。

「~~~~っ!!」

 限界だった。

 肩が震える。

 呼吸が乱れる。

 目尻に涙まで浮かび始めた。

 そして。

「——あはっ! あはははっ!!」

 とうとうエレノアは、大声で笑い出してしまった。

 高貴で冷たいはずの笑い声が、部屋中に響き渡る。

 銀紫色の長い髪が乱れ、ドレスの胸元が激しく上下する。

「やめて……! あははっ、くすぐ……った……あっはははは!!」

 必死に身体をよじろうとするが、完全に拘束された状態では無駄だった。

 羽根は容赦なく彼女を嬲る。

 部屋の隅に控えていた、ついさっきまでエレノアの顔色をうかがっていた令嬢たちが、クスクスと笑い声を漏らし始めた。

「まあ……エレノア様があんな顔を……」

「ふふ、意外と可愛い笑い声ですわ」

「公爵令嬢が……くすくす」

 その笑い声が、エレノアの耳に突き刺さる。

(こんな……こんな侮辱……ありえない……!)

 腹の底から煮えたぎるような怒りと屈辱が込み上げる。

 大声で泣き叫び、この場から逃げ出したい。

 しかし身体は勝手に反応し、笑い続け、テーブルに仰向けのまま身をよじる。

 涙が目尻に浮かび、頰を伝う。

 深紅の瞳は羞恥と怒りで潤み、完璧だった化粧が崩れていく。

「ひゃ……あははっ! も……もう……許して……! あっはははは!!」

 リリアは穏やかな笑顔のまま、羽根を動かし続けながら囁いた。

「ほら、もっと笑ってくださいませ、エレノア様」

 エレノアは絶望した。

 婚約破棄。

 家門没落。

 身分剥奪。

 逮捕。

 そこまでは耐えた。

 だが、この状況だけは耐えられない。

 気高く立ち去るはずだったのに。

 最後の誇りを守るはずだったのに。

 今の自分は何だ。

 皆の前で取り乱し、涙目になり、笑い声を上げている。

 悔しい。

 惨めだ。

 泣きたい。

 けれど――。

「あはははは! うふっ、あはは! もう、お腹痛い、お腹痛いからぁーっ! あははははははッ!!」

 結局その場で笑うことしかできなかった。

 そして初めて、会場にいる誰もが知った。

 氷薔薇の公爵令嬢エレノア・フォン・ローゼンベルクもまた完璧ではなく、一人の十八歳の少女だったのだと。

 会場のあちこちで笑い声が漏れる。

 王太子ですら口元を押さえていた。

 宰相も笑いを堪えて肩を震わせていた。

 無邪気な聖女による微笑ましい仕返し。

 誰もがそう思っていた。

 エレノアだけが気づいた。

 この女は、純真無垢な自分のイメージを損なうことなく、自らの手で私の尊厳を踏みにじろうとしている。

 底知れぬ恐怖がエレノアを飲み込んでいった。


 笑い狂うエレノアの足元で、リリアが優しく微笑んだまま手を伸ばした。

「次はこちらも、試してみましょうか」

 騎士の一人がエレノアの豪奢な赤いドレスの裾を捲り上げ、膝下まで露わにする。

 そして、踵の高い装飾靴は容赦なくゆっくりと脱がされた。

 白く滑らかな素足が、冷たい空気に晒される。

「やめて……! そこは……!」

 次の瞬間、白い羽根が彼女の足の裏に触れた。

「あ〜〜〜っ!!」

 甲高い悲鳴が、部屋中に響き渡った。

 羽根の柔らかい先端が、足の裏の中央を、ゆっくりと、しかし的確にくすぐり上げる。

 敏感なアーチ部分から、指の間、かかとまでを往復するように。

「ひゃあっ! あはははっ!! やめっ……あ〜〜〜!!」

 エレノアは全力でのたうち回ろうとした。

「息が……できない……! あはははっ! ひゃあっ、あっはははは!!」

 リリアが穏やかな声で囁く。

「ほら、まだ続けますよ? エレノア様」

 羽根の動きがさらに速くなり、両足の裏を同時に、容赦なく攻め立てる。

 限界だった。

「罪をっ、認めます〜っ!! ごめんなさい〜〜〜っ!! あはははっ! もう……許してぇぇっ!!」

 エレノアの矜持は、あっさりと崩壊した。

 プライドも、怒りも、復讐の誓いも、全てが笑い声とともに吹き飛んでいた。

「ひゃうっ……もう……だめ……認めます……何でも……しますから……あは……っ」

 息も絶え絶えに、嗚咽混じりの笑いを漏らしながら、完全に屈服した。


 エレノアの足の裏をくすぐっていた羽根が止まった。

 しかしそれは、さらなる恐怖の合図に過ぎなかった。

「エレノア様、素晴らしいですわ! ご自身の罪をちゃんと認められるなんて!

 ……でも、罰も必要ですの」

 リリアが天使のような笑顔で、部屋の隅に控えていた令嬢たちに声をかける。

「さあ、皆さんもご一緒しましょう?

 きっとエレノア様にとって一番の罰になりますわ」

 リリアの突拍子もない焚き付けに、一瞬、会場が静まり返る。

 これまでエレノアの顔色をうかがうしかなかった令嬢たち。

 公爵令嬢としての圧倒的な地位と権力の前に、ただ媚びへつらうしかなかった日々。

 羨望、畏れ、妬み、鬱憤……。

 令嬢たちの目に危険な光が宿るのに時間はかからなかった。

「……まぁ、リリア様がそう仰るなら、仕方がありませんわね?」

「私、ちょうど手元に、本日のお衣装に合わせた孔雀の羽の扇がございますの」

 ガサガサ、サササッ、と不穏な音が会場のあちこちから響き渡る。

 見れば、大勢の令嬢たちの手には、扇の羽、ドレスの飾り羽、帽子からむしり取った羽など、ありとあらゆる「凶器」が握られていた。

「嘘……、嘘よ……。あなたたち、正気!? やめて、来るな、来ないで……!」

 つい昨日まで「エレノア様」と敬っていた者たちが、今は好奇と嘲りの目を輝かせている。

 十人以上の令嬢たちが、楽しそうな笑顔でビュッフェテーブルをぐるりと取り囲む。

「やめて……お願い、やめて……っ」

 エレノアの声はすでに弱々しく、掠れていた。深紅の瞳に恐怖が浮かぶ。

 しかし次の瞬間——

 無数の羽根が、一斉に彼女の身体に降り注いだ。

「ひゃあぁぁぁっ!!」

 両方の腋の下に数本の羽根が集中し、柔らかい皮膚をこちょこちょと素早く往復。エレノアの肩が激しく震え、腕を必死に引き抜こうとするが騎士たちの手に押さえつけられ、無駄に指先だけが痙攣した。

 首筋と耳の後ろを優しくなぞられるたび、ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け上がり、首を必死に左右に振るも逃れられない。

 太ももの内側と膝の裏は特に敏感で、羽根が滑るたびに足がびくんびくんと跳ね、ドレスの裾がさらに捲れ上がった。

 足の裏はすでに地獄と化しており、アーチ部分、かかと、足指の間を同時にくすぐられ、足指が情けなく丸まったり広がったりを繰り返す。

 さらに胸の谷間やお腹の柔らかい部分にも羽根が忍び込み、繊細な肌を直接刺激した。

 羽根の感触は想像以上に残酷だった。

 柔らかいのに、的確に神経を刺激する。

 一本一本が違う速度と圧力で動き、予測不能なリズムで彼女を追い詰める。

 銀紫色の長い髪が汗で額に張り付き、豪奢な赤いドレスは乱れに乱れ、白い胸元と太ももが惜しげもなく晒されている。

 息が荒く、肺が痙攣する。笑いすぎて酸素が足りず、視界がチカチカと明滅する。

「た……たしゅけて……! もう……許して……ぇ……!」

 声がろれつを失い始めていた。

 令嬢たちの嘲笑が重なる。

「まあ、エレノア様ったら足の裏が一番弱いのですの? 公爵令嬢のくせに、こんなに敏感なお身体でいらっしゃるとは、驚きですわ」

「ふふっ、左の腋の下がびくびく震えていらっしゃいますわ。いつも高飛車でいらしたのに、こんな可愛らしい反応をなさるとは」

「お腹のこの柔らかい部分、こんなに震えて……本当に惨めですわね。公爵家の威厳はどこへ消えてしまいましたの?」

 その時、一人の令嬢が羽根に飽き足らず、手を直接伸ばした。

 他の令嬢たちもそれに倣い、指先でエレノアの様々な部位を直接、容赦なくくすぐり始めた。

 脇腹に指が這い、太ももの内側を爪で軽く掻き回され、足の裏を手のひら全体で撫で回され、腰のくぼみを指で押さえながら刺激されると、くすぐったさは爆発的に増した。

 直接的な指の温もりと圧力が、羽根とは比べ物にならない生々しい感覚を呼び起こし、エレノアの身体は激しく痙攣した。

「ふえぇ、あはははは! も、もう、らめぇーっ! ごめんなしゃいぃ、ごめんなしゃいぃぃ!!」

 完全に子ども帰りした泣き声になっていた。

「まあ、手で直接くすぐったら反応が素晴らしいですわ」

「ふふっ、胸の谷間にも指を這わせてみますと、身体がびくんとなりますわね。恥ずかしいですわ」

「腰のくぼみを指で押さえながらくすぐりますと、腰が淫らに浮いてしまいますわ。まあ、なんて惨めな」

「首筋弱いんですのね? くすぐったくて堪りませんこと? ほらほら、首を振ってる」

「膝の裏を爪で軽く掻き回しますと、足全体が跳ねてしまいますのね」

 深紅の瞳から大粒の涙が止まらず溢れ、頰を伝い、首筋を濡らし、テーブルに落ちる。

 鼻水まで垂れ、化粧は完全に崩壊し、かつての完璧な令嬢の面影はどこにもない。

「うあぁぁーん! あはははは! も、もう、ゆるしてぇーっ、たしゅけて、お父様ぁ、お母様ぁーーーっ!!」

 かつて社交界の女王と恐れられたエレノア・フォン・ローゼンベルクはそこにはいなかった。「ふえぇぇん!」と幼児のように泣き叫び、爆笑しながら許しを請う、哀れな一人の少女が転がっているだけだった。

(……こんな……こんなの……耐えられない……)

 悔しさも、怒りも、もうほとんど感じられない。

 ただ、笑い声と嗚咽が交互に喉から溢れ出るだけ。

 身体はテーブルの上で痙攣し、拘束された手足は微かに指先を震わせるのが精一杯だった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……おねがい……いじめないで……うぅ……あは……っ!」

 意識が、徐々に薄れていく。

 視界の端が白くぼやけ、部屋の天井が遠のいていく。

(……もう……だめ……頭が……おかしくなる……)

 思考が、断片的にしか繋がらなくなっていた。

 息を吸おうとするたび、笑いが込み上げて肺が痙攣する。

 心臓が激しく鳴り、耳の奥で自分の笑い声が異様に大きく響く。

「ひゃう……っ……たす……け……て……あは……は……」

 言葉が、完全に途切れ途切れになる。

 深紅の瞳が虚ろに上向き、焦点が合わなくなる。

 身体の感覚すら、遠くのもののように感じ始めた。

(……もう……意識が……飛ぶ……)

 最後に頭に浮かんだのは、ただの無力な叫びだった。

「ゆる……し……て……」

 エレノアの意識は、暗闇の中に、ゆっくりと沈んでいった。


 夜の牢獄は、冷たい石壁に囲まれ、わずかな松明の光だけが揺らめいていた。

 エレノアは薄汚れた牢の隅に座り込み、膝を抱えていた。

 ドレスはボロボロに乱れ、銀紫色の髪はくすんで見える。

 昼間の屈辱が、まだ身体の奥に残っていた。笑い疲れた喉は痛み、足の裏の感触が今も幻のように疼く。

 涙はもう止まらない。

 昼間は必死だった。

 気高くあれと自分に言い聞かせた。

 けれど、無理だった。

 父は反逆者。

 家は滅んだ。

 婚約は破棄された。

 皆に笑われた。

 捕らえられた。

 今まで何のために努力したのだろう。

 何のために生きてきたのだろう。

「公爵令嬢になんて……」

 嗚咽が漏れる。

「生まれるんじゃなかった……」

 喉の奥から漏れるのは、自らの血筋への呪詛だけだった。

 その時、静かに、誰かの足音が近づいてきた。

 コツ、コツ、と石床を叩くその規則正しい音に、身体はビクッと強張る。

(怖い……。もう嫌……、誰の目にも触れたくない……!)

 またあの冷酷な王太子が、あるいは嘲笑った者たちが、さらに惨めさに陥れにやってきたのか。恐怖と嫌悪感で頭を抱え、さらに身を縮める。

 しかし、目の前で止まった足音の主は、純白の法衣を身に纏った一人の聖職者だった。

 フードの隙間から覗く見覚えのある横顔に、エレノアは涙に濡れた目を見開いた。

「……まさか、あなたなの……? ルシアン……」

 ルシアン・アストレア。アルフレッドの腹違いの兄。

 彼は政治的な後ろ盾を持っていなかった。王位継承を巡る政治的策略の犠牲となり、若くして聖職者として生きることを強制された男。

 そして――エレノアがかつて、愛したいと願った唯一の人。

 王太子妃となることが決まっていた自分。聖職者のルシアン。

 決して叶うはずのない恋だった。その想いに幾重にも鍵をかけ、心の奥底に閉じ込めていた。

 ルシアンは悲しげな瞳で私を見つめ、静かに、銀の杯を差し出した。

 中には、微かに青く光る液体が満ちている。

 それは、大逆人の娘に下された『毒杯』。

 お約束の、哀れな悪役令嬢の末路。

 けれど、エレノアの心に湧き上がったのは、絶望ではなく奇妙な安らぎだった。

 他の誰でもない、愛するこの人の手から与えられる死。

 彼に最期を看取ってもらえるのなら、この惨めな人生の終わりも、決して悪くはない。

「ありがとう、ルシアン。最期にあなたに会えてよかった」

 エレノアは微笑み、迷わず杯を受け取ろうとした。

 しかし、その手はルシアンによって強く遮られた。

「エレノア。これは毒ではない」

 ルシアンの低い声が、暗闇に響く。

「これは『仮死の薬』だ。飲めば一時的に心臓が止まるが、半日もすれば目が覚める。私は、君をこの地獄から助け出しに来たんだ」

 信じられない言葉に硬直するエレノアを、ルシアンは突然、強い力で抱きしめた。

 法衣越しに伝わる、彼の熱い鼓動と、狂おしいほどの執着。

「なぜ、だと? 私が君を諦められるわけがないだろう。君がアルフレッドの婚約者だったから、今日まで耐えてきた。だが、あいつらは君を侮辱し、すべてを奪った。……もう我慢する必要はない」

 ルシアンはエレノアの耳元で、低く、しかし確かな野心を孕んだ声で囁いた。

「君のお父上、ローゼンベルク公爵は死んでいない。我が手引きによって、すでに北方の私領へと逃亡している。これから私は公爵と合流し、あの大馬鹿な弟からこの国を奪う。私が本物の王になる」

 エレノアの目が見開かれる。

 世界が変わる。

 終わったはずの人生が動き出す。

 ルシアンはエレノアの肩を掴み、真っ直ぐに紅い瞳を見つめた。

「エレノア。私と共に来てくれるか? 今度こそ、私の王妃として」

 涙が溢れた。

 昼間の屈辱の涙ではない。

 世界に捨てられたと思っていた私を、まだ必要としてくれる人がいた。ずっとずっと、焦がれ続けた人が、私を求めてくれている。

「――はい。どこまでも、あなたと共に行きます」

 エレノアは彼の首に腕を回し、強く、強く抱きついた。

 その胸に顔を埋め、閉じ込めていた愛のすべてを解放するように、彼の提案を受け入れた。

 心の中で、冷え切っていた復讐の炎が爆発するように燃え上がる。

 アルフレッド。そして、リリア。

 今日受けた屈辱。

 失ったもの。

 流した涙。

 その全てを忘れない。

 必ず返す。

 何倍にもして。

 ルシアンの顔を見上げる。

 私は、もう公爵令嬢ではない。

 罪人でもない。

 逃亡者でもない。

 これからは、王を目指す男の隣で戦う女だ。


 こうして、偽りの平穏は終わりを告げた。

 聖職者の皮を脱ぎ捨てた復讐の王子と、奈落から這い上がった悪役令嬢。

 二人の手によって、王国を真っ二つに引き裂く、血に飢えた内乱の幕が切って落とされようとしていた。


 もっと正統派の悪役令嬢モノを期待して読んでくださった方がいらしたら、ごめんなさい。

 本作はくすぐりをメインにした、フェチ色強い短編です。

 プライド高い女の子が、木っ端みじんに粉砕される話です。


 メインディッシュであるくすぐりを起承転結の転に据える場合、起と承はできるだけテンプレ通りに進めた方が効果的です。

 実は、ここまでサンドバッグにされる悪役令嬢ちゃんは珍しいはずです。

 これは私の趣味です。

 悪役令嬢は公開の場で屈辱を受け、逃げることも許しを請うこともできません。

 最高のシチュエーションじゃないですか!

 世の作品はまだまだ手ぬるい。もっと徹底的にやってしまえ。

 という黒い願望です。

 テンプレから逸脱するかと危惧していましたが、ChatGPTさんが素晴らしい仕事をしてくれました。


 くすぐりシーンはGrokさんの独壇場でした。ChatGPTは暴力描写の可能性あるため腰が引けてました。Geminiさんは完全にコメディシーンとして描きました。

 Grokさんはノリノリでした。部位責めの詳細や言葉責めの数々は、私の期待をはるかに上回るものでした。

 ここで面白かったのはリリアの描き方です。

 テンプレにのっとり、清純ぶっているが計算高い悪女として設定してました。

 予想外の化学反応をみせます。

 Grokさんが描く情け容赦ない責め、Geminiさんが描くコメディ担当キャラ。

 融合した時、サイコパス入ったホラーなキャラクターが誕生していました。

 完成稿も各AIに感想もらってますが、リリアへの評価はそれぞれ全く異なります。

 AIが理解しきれないキャラになりました。

 AIが描くAIからは出てこないキャラ。私が理想とするところでした。


 さて、テンプレテンプレと言っていますが、私はテンプレをバカにしているつもりはないです。

 むしろテンプレとかお約束とかが大好物な人間です。

 悪役令嬢モノの不思議な点。この元となる「ヒーローとヒロインが二人で悪役令嬢をやっつける」というテンプレは実は存在しません。存在しないテンプレをあたかも存在するように位置づけている、というのがテンプレになっているという頭こんがらがる代物です。

 テンプレって何だろう?

 そんな疑問をグルグルさせながら、執筆させていただきました。

 ご笑覧いただけたなら幸いです。

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