白銀の騎士団と、黒竜の「一瞥」
エンマ城の麓に、整然とした蹄の音が響く。
聖教国パナセアが誇る精鋭、聖騎士団「光輝の盾」の一隊が、視察という名の「武力威嚇」のために姿を現した。
「不浄の地に集いし愚民どもよ! 我らは聖女エステラ様の命を受け、この地の『異端』を精査しに来た!」
隊長のカイルは、白銀の甲冑を鳴らし、広場に集まった多種族たちを冷酷に見下ろす。彼らの背後には、教国の魔導技術で強化された巨大な攻城兵器まで控えていた。
「(……視察にしては物騒なものを持ってきたな)」
健二は城のバルコニーから、スキル**【プロデューサー・アイ】**で彼らを観察していた。
聖騎士たちは「自分たちが正義である」という揺るぎない自信に満ち溢れている。その鼻柱を折るには、言葉も演出も不要だった。
「……リュカ。お前の『本来の姿』を見せる必要はない。ただ、一言だけ挨拶してこい」
「御意、健二殿。エンマ様の眠りを妨げる羽虫ども、まとめて踏み潰して参ります」
「……止まりなさい、鉄の塊ども」
騒然とする広場の中央に、一人の少女が音もなく降り立った。
漆黒のメイド服を纏い、感情の欠落した瞳を持つ少女、リュカ。
「何だ、この小娘は。……どけ、我らは城の主に用が——」
カイルが剣の柄に手をかけた、その瞬間。
リュカが、ほんの数ミリだけ、「竜としての本能」を解放した。
「——失せろ、と言っている」
それは声ですらなかった。
大気を震わせる「捕食者」の波動。かつて数百の勇者を葬り去り、一国を滅ぼしかけた暗黒竜の殺気が、少女の姿のまま凝縮されて放たれた。
「……ッ!?!?!?」
カイルの動きが凍りついた。
いや、彼だけではない。聖騎士たちが乗る軍馬は泡を吹いて倒れ伏し、屈強な騎士たちの全身からは、滝のような冷や汗が噴き出す。
彼らの目には、目の前の少女の背後に、天を覆い尽くさんばかりの巨大な「死の影」が重なって見えていた。本能が叫んでいる。——今、ここで瞬き一つでもすれば、魂ごと噛み砕かれる、と。
「……あ、あ……う……」
カイルの喉が、恐怖で引き攣った音を出す。
彼らが信じる神の加護など、この「根源的な暴力」の前では紙クズ同然だった。
「……次はない。エンマ様が目覚める前に、その騒々しい鉄屑を持ち去れ」
リュカが冷ややかに一歩踏み出す。
その足音一つで、聖騎士団の陣形は完全に崩壊した。
「……ひっ……ひぃぃぃぃ! 退却! 退却だぁぁぁ!」
カイルは、抜こうとした剣を鞘に戻すことすら忘れ、無様に馬を捨てて走り出した。
後を追う騎士たちも、攻城兵器を置き去りにし、泣き叫びながら国境へと逃げ帰っていく。
「……ねぇ健二。さっきから外で、犬がキャンキャン鳴いてるみたいにうるさいんだけど」
寝起きのエンマが、バルコニーにふらりと現れた。
「いや、ただの迷子だ。リュカが親切に道を教えてやったよ」
「ふーん。……お腹空いた。あのドワーフの作ったドーナツ、持ってきて」
健二は、置き去りにされた聖教国の最高級攻城兵器を見下ろした。
(……さて、あの兵士たちが置いていった資材、何かに使えそうだな。照明の土台か、あるいは移動式の物販カートか……)
こうして、聖教国の第一次視察は、リュカの「一瞥」だけで一兵も損なうことなく、むしろ大量の「資材」を置いていかせる形で幕を閉じた。




