魔王を倒して帰還したら皇女から突然婚約破棄されたのだが
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王道の婚約破棄モノを書いてみました。
2025/11/08 誤字修正致しました。
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ひとえに皆様のお陰です、ありがとうございます!
魔王の出現と同時に発生した瘴気は、日に日に大陸を蝕んでいった。
もう五年もの間、空は鉛色の雲に覆われ、人々は太陽の煌めきすら忘れていた。天候が最も良い日でも、薄ら寒い曇天が広がるばかり。
当然、作物は育たず、疫病が蔓延し、無垢の民の生活は困窮を極めていた。
だがある日、突如として瘴気は霧散した。
まるで世界の呪いが解けたかのように、五年間忘れていた青く澄みわたる空と、燦々と輝く太陽が帰ってきた。
人々は空を見上げ、涙ながらに悟った。魔王が討伐されたのだと。
それから一週間後。帝都に、傷だらけの勇者パーティーと、同じく満身創痍の小隊が帰還した。
商人や平民たちは、救世主の帰還に熱狂的な歓声を送った。
しかし、帝都の貴族たちが彼らに送ったのは、冷ややかな侮蔑の視線だった。
「なんだ、あの汚らしい姿は。帝都に凱旋するなら、礼装に着替えるのが当然であろう」
「左様、左様。民を守る義務を果たしたとはいえ、礼節を知らぬ蛮族も同然」
彼らの目に、民のために流された血と汗にまみれた装備は、「不潔なもの」としか映らなかった。
そこへ慌てた様子で宰相が駆けつける。
「勇者バリエンテ殿! よくぞご無事で……!本懐を遂げられ、まことにおめでとうございます。明日、皇帝陛下主催の戦勝祝賀会を開催いたします故、今宵は用意した宿舎で、どうか長旅の疲れを癒してくだされ」
翌日。皇帝主催の魔王討伐祝賀会は、開始前から異様な空気に包まれていた。
絢爛豪華なシャンデリアの下、磨き上げられた大理石の床。
皇帝マレーヴォロを筆頭に、帝国貴族たちは最新の流行を取り入れた豪奢な礼装で着飾っている。
対して、会場に招かれた勇者一行と、護衛部隊の小隊長は、昨日と同じ、血と泥で汚れ、無数の傷が刻まれた「戦場の装備」のまま、そこに立っていた。
貴族たちの冷笑と、勇者たちの静かな怒りが、無言のまま火花を散らす。
皇帝マレーヴォロは、玉座に深々と腰掛けたまま、傲岸に宣言した。
「よくぞ、魔王を討伐した。大義であった。今日は戦勝祝いじゃ! 今宵は楽しむがよい!」
その開会の言葉を遮るように、甲高い声が響いた。
皇女イニョランシアだ。魔王討伐の暁には、勇者と婚姻すると定められていた彼女が、勇者バリエンテを指さし、断罪を始めた。
皇女は、まるで悲劇のヒロインを演じるかのように、涙すら浮かべて叫ぶ。
「皆様、暫しお待ちください! 私は、以下の罪状をもって、この者、勇者何某との婚約破棄をここに宣言いたします!」
会場が水を打ったように静まり返る。
「一つ! 夜会に私をエスコートしなかったのは、戦いの最中ゆえ、百歩譲って許しましょう。しかし、私の生涯で最も大事な卒業パーティーのドレスを、婚約者である貴方が贈らなかった! 私にドレス一着贈らぬくせに、仲間の冒険者には高価な装備をホイホイ買い与えていたとは、どういうつもりですの!」
「二つ! 冒険中、寝る間も惜しんで戦っていたと聞いていますが、その実、男女で共に野営し、あろうことか聖女とも毎晩のように床を同じくしていたとか!不潔ですわ! 穢らわしい!」
皇女の視線が、聖女ピアドーソを射抜く。だが、ピアドーソは表情一つ変えない。
「そして、もっとも重要な三つ目! 貴方は魔物退治の折、その返り血を日常的に、それも大量に浴びていたと聞いています! 帝国の統治者一族が持つ『至尊の血』に、魔物の汚れた血が交じる恐れがある! もはや貴方は、私の夫としてふさわしくありません!」
「それ故に! この婚約の破棄を宣言いたします!」
皇女の断罪に、伯爵令息が待ってましたとばかりに追従する。
「まさに、皇女様のおっしゃる通り! ましてや、平和のために魔王討伐をしたから皇女を娶らせろなど、魔物が処女を生贄に求める所業と何ら変わりありませんな!」
その発言に、皇帝が小さく頷いたのを、勇者たちは見逃さなかった。
伯爵令息は、さらに声を潜め、皇帝に囁く。
「場を弁えぬ発言、お許しを。然しながら、常々陛下も『狡兎死して走狗烹らる』と仰っしゃられていました。どうせ爵位と僅かばかりの辺境の地を与え飼い殺しにするくらいなら、いっそ、この場で毒杯を仰がせ、名誉ある死を与えてはいかがですかな?」
皇帝は片眉を上げ、不快そうに、しかしその目は笑いながら、伯爵令息を制した。
「そのような話は後々詰めればよいではないか。折角の祝の儀である、少しは口を慎め。……よいな! 皆も済まなんだ。改めて、大義であった、バリエンテよ!」
皇帝と皇女、そして取り巻きの貴族たち。彼らの茶番を、勇者一行は凍てつくような冷ややかな目で見つめていた。
やがて、勇者バリエンテが、ゆっくりと口を開いた。その声は、彼の冷たい視線とは裏腹に、不思議と優しく、暖かみがあった。
「陛下、恐れ多くも発言させて頂いても宜しいでしょうか」
「……構わん、許す」
「まずはこの場をお借りし、魔王討伐にご協力頂きました皆様に、御礼申し上げます」
(フン、下賤なものとはいえ、多少の道理は理解しているようだな)
皇帝が心中で嘲笑う。
だが、勇者の感謝の言葉は、皇帝が予想したものとは違っていた。
「フエルテ、いや、師匠。アンタが鍛えてくれたから、俺は強くなれた。その背中、いつも心強かったぜ」
「サビオの爺さん。その知略、経験、魔法力も凄かったが、何よりその柔軟な思考には驚かされてばかりだった」
「ピアドーソ。お前は誰が何と言おうと聖女の中の聖女だ。負傷兵の手当て、瘴気に汚染された地の浄化……寝る間も惜しんで人々に尽くした姿は、俺たちが一番知っている」
バリエンテは、会場に集う貴族たちを意図的に無視し、続けた。
「次に、辺境伯の麾下の兵士を始め、哨戒、討伐、治安確保に協力してくれた兵士の皆。情報収集や伝令、中継地点として命懸けで動いてくれたギルドの皆。共に苦難を乗り越えられたことを光栄に思う」
「そして、自分たちの日々の食事も事欠く有り様なのに、俺たちに温かいスープやなけなしの食糧を分けてくれた、道中の村々の皆さん。本当にありがとうな。あの味は、一生忘れられないぜ」
「最後に。師匠のもとで共に学び、時に轡を並べて戦った戦友であり、今この時も、民の復興のために遠征中の……皇太子エスペランサ! お前が後方で兵站管理やギルド、諸侯の協力体制を構築してくれたお陰で、俺たちは魔王討伐に専念できた。本当に感謝している」
仲間、兵士、ギルド、民、そして王太子。
その感謝のリストに、「皇帝」と「皇女」の名は、最後まで無かった。
「この無礼者が!!」
顔を真っ赤にして、皇女イニョランシアが絶叫した。
「なぜ、あの『愚兄』の名を出しながら、この帝国と、皇帝陛下への感謝が真っ先にないのです! それが当然であろう!」
バリエンテは、もはや何の感情も浮かんでいない冷めた目で、イニョランシアを一瞥した。
「俺たちは、全ての人が安寧に暮らせる世を望み、魔王討伐を成し遂げた。その道中、俺たちを手助けしてくれたのは、多くの人々だった。だが、俺たちを裏切ろうとしたのも、また人間だった」
バリエンテは自嘲気味に笑う。
「おかげさまで、貧民街で産まれた俺でさえ、貴族様並みに猜疑心が身に付きましたよ」
「だから、それがどうしたというのです! 私の断罪に対して申し開きはないのですか!」
「ならば問う」
バリエンテの声から、優しさが消えた。
「民は困窮し、兵への補給も途絶えるなか、何故、貴方たちは贅を極めた夜会やパーティーを繰り返したのか?」
「笑止!!」
皇女は、心底理解できないという顔で、勇者を罵倒した。
「国難の時こそ、我ら帝国貴族が受け継いできた伝統文化の火を絶やさず、日々、より良いものに昇華させ続けること! それこそが帝国貴族の『務め』です! 貴様のような下賤な者も、兵士も民も、何故に、その本質が理解できないのです!」
「……イニョランシアの申す通りじゃ」
皇帝マレーヴォロが、苛立ちを隠さずに立ち上がった。
「全くもって興醒めじゃ。これにて散会とする! 貴様らの不敬行為には、改めて、処分を申し付ける故、城下の宿舎にて謹慎しておれ!」
皇帝の目は、勇者を「処分」する口実を得た喜びに歪んでいた。
「ピアドーソ」
バリエンテが静かに呟く。
「会場に結界を展開してくれ。暫く、誰も出入りを制限出来れば十分だ」
「はい! すぐに!」
聖女が短く応じると、祝賀会の会場全体が淡い光に包まれ、全ての扉が閉ざされた。
「き、貴様ら、武力に物を言わせ、皇帝陛下を弑逆する気か!」
伯爵令息が震えながら叫ぶ。
「この期に及んでそんな必要はない。貴様らも黙ってバリエンテの話を聞け!」
師匠フエルテが、歴戦の戦士だけが放つ殺気を込めたオーラ(覇気)を放つ。会場にいた僅かな近衛兵たちは、その圧倒的な威圧に金縛りにあったかのように動くことができない。
バリエンテは、再び、あの優しげな声で語り始めた。
「実は、我がパーティーにとって、皇帝陛下主催のこの名誉ある式典は、俺たちの晴れ舞台です。俺たちの苦労が報われるこの瞬間を、関係者の皆様にもぜひご覧いただきたかった」
「……生中継、だと?」
「ええ。サビオの爺さんが作った魔導具で、この式典の一部始終を生中継していました」
「はっはっはっ」と賢者サビオが笑う。
「本来、勇者パーティーが万が一魔王に敗れた場合を想定し、帝国の主要拠点が緊急事態を共有し、リスクヘッジをするための魔導具だったんじゃがな。まさか、こんな形で役に立つとはのぉ」
「はったりを言うな!」
「論より証拠じゃ。受信側の映像を、ここに共有してやろう。――ウィンドウ・オープン」
サビオが空間に手をかざすと、いくつもの透き通った四角形が出現した。
次第に映像が鮮明になると、そこには、怒りのあまり顔を紅潮させた辺境伯や、こめかみに青筋を立てたギルドマスター、冷ややかに玉座を見つめる諸侯たちの姿が、鮮明に映し出されていた。
彼らは、皇帝と皇女の「本音」を、全て聞いていたのだ。
「さて、皆様。このような帝国と共に、復興を成し遂げることは、果たして可能でしょうか?」
バリエンテが問いかけると、モニターの中の一同は、一斉に、そして静かに首を横に振った。拒絶の意思表示だった。
「何を抜かす小僧が!」皇帝マレーヴォロが玉座から吼える。「帝国の威光なくして、誰がこの大陸を統治するというのだ! 正当性もなき烏合の衆の分際で、分を弁えよ!」
「お待ちください!」
その時、勇者の傍らに控えていた、傷だらけのプレートアーマーを装備した小隊長が、声を上げた。
彼は一歩、また一歩と、玉座に向けてゆっくりと歩を進めた。
「控えよ、無礼者!」
「そうよ、下がりなさい! その汚い姿が視界に入るだけでも不愉快なのに、しゃべらないでちょうだい!」
予想外の動きに戸惑いながらも、皇帝と皇女は虚勢を張って威厳を保とうとする。
しかし、小隊長は歩みを止めない。
彼は玉座の数歩手前で立ち止まると、おもむろにサーリットを脱ぎ捨てた。
傷と泥に汚れた顔の下から現れたのは、皇帝と同じ金髪、そして皇女と同じ碧眼。
――皇太子、エスペランサであった。
「……息子の声も分からぬほど、耄碌されましたか、父上」
「エ、エスペランサ!? なぜお前が……遠征中では……」
「誰が『愚兄』だ。身の程を弁えるのは、お前だ、イニョランシア」
エスペランサの右の拳が、皇女の顔面にめり込んだ。
「至尊の血」とやらで自慢していた皇女は、抵抗する間もなく壁まで吹き飛ばされ、みっともなく失神した。
「イニョランシア様!」と伯爵令息が駆け寄るが、他の貴族たちは、正統なる後継者の登場に、どちらにつくべきか激しく逡巡し、凍り付いている。
エスペランサは、冷たく父マレーヴォロを見据えた。
「さて、ご参列いただいた貴族一門の皆様。お見苦しいところをお見せしました。皆様は、我が父や妹の、あのおぞましい発言の数々を聞き、如何お感じになりましたか?」
「まるで、この二人こそ、大陸に寄生するダニやヒルのような存在ではありませんか」
「私は、ここに、『救国復興議会』の立ち上げを宣言する!」
「バリエンテ。手始めに、その二人――いや、そこにいる者も含め、拘束しろ!」
「応!」
「ま、待て! 余は皇帝だぞ!」
「父上。支える者も、民も、諸侯も失った皇帝は、皇帝たり得るのでしょうか? 我々は、この戦いで多くの生命を失った。故に、貴方々の生命までは取りませぬ」
エスペランサは、吐き捨てるように言った。
「ただ、その腐りきった貴族至上主義の思想に取り憑かれた皆様には、揃って旧魔王領へ追放させていただきます」
その発言を聞き、皇帝派の貴族たちは、その場に崩れ落ちた。
「サビオ、もういい。そいつらを、旧魔王の本拠地へ転送してやれ!」
「ラナヨサ! ラナヨサ! ケイデント!」
サビオが転送の魔法を唱えると、皇帝、気絶した皇女、そして取り巻きの貴族たちの足元に、蒼白い魔法陣が浮かび上がった。
バリエンテが、消えゆく彼らに最後の言葉を贈った。
「『世界を統べる血』が本物なら、旧魔王領で帝国を再興してみせるといい」
「ドレスは贈れなかったが、丈夫な麻のシャツとズボンくらいは、後で送ってやるよ」
「月明かりの下での舞踏会も、風流だろう。……まぁ、やる余力があれば、の話だがな」
「そうだ。言い忘れてた」
バリエンテは、まるで今思い出したかのように付け加えた。
「魔王の本拠地が、深い林の奥にある、高い霊峰の洞窟だったってこと。まぁ、いいか」
光と共に、彼らの姿が祝賀会から消え去った。
バリエンテは、仲間たちと新皇帝に向き直り、ニヤリと笑った。
「さて、これからは復興という大事業が待ってる。各々がやるべき仕事を全うした先に、以前よりも素晴らしい世界が待ってると信じてる。よろしくな、皆!」
「まったく。美味しいところで、勝手に締めるなよ、バリエンテ」
大陸の復興は、今、始まったばかりである。
(完)
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