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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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96/106

(96)狂気①

 ロッシュが行ってしまうと、ラシードはフォンを振り返った。

「どうぞ、こちらへ」

 フォンは、招かれるまま後をついて行った。


「ロッシュとは、本当のところどういう関係ですか?」


 何と答えればよいのだろう?

 やはり、

「恋人?」


 とたんに、ラシードの目つきが変わった。

「確認しますが、夫婦ではないのですね?」

「それは、違う」

「ならば、良いでしょう」


 それから、黙って歩き続けた。

 門を幾つもくぐり、歩いて、歩いて、衛兵に守られた建物に着いた。

 中は、随分暗かった。


「もう一度確認しますが、ロッシュとは体の関係はないのですよね」

「ロッシュの体に触れたことはない」

「それを聞いて安心しました。実は、リシュ君はこの中にいるのです」

「ここに?」

「お会いになりますか?」

「そうした方が良いのなら」


 ラシードの後をついて、暗い廊下を進む。両側には、鉄格子のついた扉が並んでいる。人の気配がする部屋もあるし、しない部屋もある。

 フォンは、こういう場所を見るのは、初めてだった。


 一番奥まで来て、ぎぎーと、左の扉が開かれた。

「お入りください」

 言われるままに入る。

 呆れたような声が返って来た。

「あなたは随分素直な人ですね。言われたことを疑わない」

「人を疑うことは、戒律に反する」

「まるで修行僧だな」

「ロッシュも私をそう呼ぶ。ところで、リシュは?」

「ああ、彼は向かいの部屋です」

 廊下を隔てた向かいの扉の内に、確かにリシュの気配がする。随分エナジーが少ない。

「病気ですか?」

「そうかもね」


 ラシードが指を鳴らすと、大柄で強面の男が一人、のっしのっしと歩いて来た。フォンの足元にしゃがみ込むと、その両足に枷を取り付けた。枷は、長い鎖で、壁に打ち込まれた楔に繋がっていた。


 扉が閉ざされ、錠が閉められる。

「申し訳ありませんが、ロッシュのことは諦めてください。彼女は王太子夫人となりますので」

「ロッシュは承知しないだろう」

「してもらいます」

「それは、無理だ」


 いきなり、ラシードが吠えた。

「全く。どいつもこいつも、ロッシュのこととなると無理の一点張り。言っておくが、あの女がどれだけ抵抗しても無駄なんだよ。王太子は絶対なんだ」

 それから、荒々しく扉を蹴った。鈍い音が、洞窟のような廊下に反響する。

「おい、お前。この男から目を離すな。逃がしたら命はないと思え」

 そうして、足音粗く出て行った。


 残った牢番は、泣きそうな目でフォンを見上げた。

「逃げないでくれよ。頼むから」

 見た目に反して、随分気が弱いようだ。まあ、命がかかっているようだから、仕方ないか。

「逃げない。約束する」


 そうは言ったものの、いろいろ心配ごとがある。

 部屋の奥で座禅を組むと、牢番がラシードを送って出て行くのを見届け、目を閉じた。


(まずは、リシュの様子だ)


 魂を飛ばす。


 リシュは、ベッドの上に横たわっていた。額に玉のような汗をうかべ、震えている。

「リシュ」

 呼びかけると、うっすら目を開けた。

「どうしたのだ? 熱があるのか」

 リシュが力なくうなずく。肯定のサインだ。

「風邪か?」

 頭が横に微かに振られ、わずかに開いた唇からかすれた声が漏れた。

「ばらの、さばき」


「ばら? 花の?」

「ああ。トゲだ」

「毒でも塗ってあったのだろうか」

「たぶん。それより、ロッシュは……」

「そうだな。様子を見てくる」


 指輪の気配を辿る。

 ロッシュの周りには、女官が二人いて何かもめている。

「とにかく、一人でできるから出て行ってください」

 ロッシュが二人を追い出すと、フォンは姿を現した。


「フォン。どうして」

「静かに」

 ロッシュが、慌てて口元を押さえる。

「リシュが熱を出して寝ています」

「あいつ、視察とか、嘘つきやがったな」

「バラのトゲに毒が塗ってあったようです」

 それに、カボが反応した。

「それ、リロイ王子の時と似てるぞ」

「あの時は、指輪で治ったんだよね」

「うん」

「じゃあ、これ持ってって」

 ロッシュは指輪を外した。


 指輪を受け取り、戻ろうとして思い出した。

「そういえば、王太子はロッシュと結婚したいそうだ」

 溶けた体に、ロッシュの驚いた声がくぐもって響いた。

「はあ?」


 その響きが消え去らぬうちに、リシュの牢にいた。

 牢番はまだいない。今のうちと、彼に指輪をはめる。


「これで大丈夫だ。きっと治るよ」

 リシュは、目を閉じたままうなずいた。


 自分の牢に戻ろうとして、気づいた。この部屋には水がない。

 ジャックは、「熱がある時は水分を取った方が良い」と言っていたはずだ。あと、「額を冷やす」とも。


 魂のまま、牢内を飛ぶ。牢番の部屋に、目的のものを見つけた。

 しかし、実体がない今、持ち運びできるのは、自分の力で作ったもの——ローブと杖と指輪——だけだ。


 仕方なく一度牢に戻ると、体を大気に溶かした。

 牢番の部屋に入り、実体化する。戸棚を開け、カップを取り出す。洗い場に掛けてあるタオルを一枚拝借する。人間や動物のような生き物は無理だが、こういう小さな物なら、ローブに隠して運ぶことができる。


 もう一度体を溶かし、リシュの部屋に行く。

 牢番がいないのを確認し、水を出してタオルを絞り、眠っているリシュの額に乗せる。

 もう一度水を出し、カップを満たすと、枕元に置こうとして気づいた。


 リシュが抱くようにして握っている、これは、鷹の羽?

 アビィのものではない。そうだ、ハリーの羽だ。

 どうしてここにあるのだろう? ハリーと出会えたのだろうか?


 そのとき、入口の方から慌てたような足音が響いて来た。

 急いで自分の部屋に戻る。


 すぐ、強面の牢番が走って来た。どうやら探し回っていたようで、息を切らしている。


「い、いつ戻ったの? さっき、いなかったよな」

「いや。そんなことはない。ずっといたよ」

「ホントに?」

「本当だよ。どうやったら出て行けるんだい?」

 牢番のいかつい顔が、青ざめて涙にぬれている。

「お願いだからさあ、いなくならないでおくれよ。おいらの命がかかってるんだよ」

「大丈夫。約束は守るよ」

「本当に本当かい」

「本当に本当だ」

「どこへも行かないでくれよ」

 牢番は、何度もそう言うと、椅子を運んできて、格子越しに見える位置に座り込んだ。


 フォンはため息をついた。


 人助けは、本当に難しい。


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