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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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93/106

(93)屈辱③

「これに触ると、死ぬの?」

「触っただけでは死なない。その露が傷口に付着し、血と混じり合えば毒が体に侵入して死に至る。そういう生き物だ」

「生き物? やっぱりバラじゃないのか」

「父上は、バラもどきと呼んでいる。実際は何かよく分からない」


 シムカはこの花の世話を任されているのだと言った。

「でも、危険だからね。外のベンチで話そうか」


 二人は庭のベンチに並んで座った。

 シムカは、あの花について教えてくれた。


 バラもどきはこの島固有の植物であり、島民から「鬼バラ」と呼ばれ恐れられてきたと言う。その毒は、効き目が表れるまで数日かかり、そのため処置が遅れ、症状が出始めた時には成すすべがないのだと。いや、そもそも、どのような処置をすれば治るのかすら分かっていないのだと。

 最初の数日は微熱が続き、咳が出る。次第に熱は高くなり、嘔吐するようになる。症状が進むに連れ体はやせ細り、高熱が続き、そのうち痙攣や呼吸困難が起こり、絶命する。

 それに目をつけたシムカのご先祖様は、島中の鬼バラをここに集め、独占に成功。その毒を利用し、政敵を暗殺し、公爵にまで成り上がったらしい。


 突然、シムカが聞いた。

「寄生蜂って、知ってるかな?」

「他の虫の幼虫に卵を産み付ける蜂のこと?」

「そう。父上は、あれに似ているんじゃないかって」


 公爵の仮定はこうだ。

 幼虫の体の中で孵化した寄生蜂の幼虫が宿主を食い荒らすように、バラの中にいる何かが、トゲを介して獲物の体に入り込み、その体を食い荒らすのではないか。


「面白いけど、信じがたいね」

「だよね。だって、蜂は仲間を増やすためだけど、バラもどきはそうじゃない。食い荒らして宿主と一緒に死んでいく」

「それが本当なら、何のために食い荒らすんだか分からないね」

「そう、分からないことだらけなのさ」

 シムカは肩をすくめて笑った。


 アルはもっとバラもどきのことを知りたいと思ったが、シムカは話を変えた。

「ここの暮らしに馴染めないみたいだね」

「ああ。全く」

「気分転換に、僕の部屋においでよ」

「シムカは公爵の息子だろう? そんなことをして良いのかい?」

「大丈夫。言っただろう。友達になりたいんだ」


 ふっと思いついた。

(彼を利用して、内側から食い尽くす。バラもどきのように……)


 アルは微笑むと、シムカの誘いに乗った。



 シムカは、アルが逃げ道を探して辿ったことのある小径に入って行った。

「この先は、行き止まりだろう」

 アルが声をかけると、シムカは振り返り微笑んだ。

「そうだね」

 そのままどんどん歩いて行く。仕方なく、ついて行く。

 バラのアーチをくぐり、路地のような細道を進むと、やはり、壁に突き当たった。

 呆れたように肩をすくめたアルの前で、その壁が動いた。


「隠し扉!」

 シムカが微笑む。

「どうぞ、入って」

 恐る恐る、足を踏み入れる。


 そこは、華美で豪奢な公爵の部屋とは、全く違っていた。

 実用を重んじた、美しい家具が並び、飾り気のない、シンプルな部屋だった。さらに驚くことに、小さな台所がついていた。

「僕は料理が趣味でね。据え付けてもらったんだ」


「他の人もここに来たことがあるのかい?」

「まさか。君が初めてだよ。さ、座って」

 温かい飲み物と、焼き菓子が出される。

「美味しい。これ、シムカが作ったの?」

「そうだよ。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 アルが飲み干したカップを置くと、シムカは改まった口調で話し始めた。

「いいかい。父上は、自分を喜ばせてくれる少年を優遇する。気に入られたら、かなりの自由が与えられるけど、飽きられたらそれっきり。たとえ声変わり前の少年であろうともガレー船送りだよ。そうしたら死ぬまで漕ぎ続ける毎日だ。僕は君をそんな目に合わせたくないんだ」

「どうして?」

「好きだから。一目見て感じたんだ。僕の一生の恋人だって」

 真剣なその瞳に、アルは思わず引き込まれた。


「君には生き延びて欲しい。そのための必須条件は、父に気に入られること。でも、それは、簡単なんだ。コツさえつかめばね」

「コツって?」

「大丈夫。僕が教えてあげる」

 シムカの顔が近づいて来た。アルは躊躇なく、それを受け入れた。


 シムカの指導が功を奏して、アルは公爵のお気に入りに納まることができた。

 そして、公爵の目を盗んでは、シムカとの逢引きを楽しんだ。

「確かに、慣れれば天国だね」

 ベッドの上で、そう、シムカと笑いあった。



 一年が過ぎたある日、いつものように中庭のベンチに座っていると、欅の陰に人影が見えた。

 顔を上げ、驚いた。

(女性!)

 この館で、使用人も含め、女性を見るのは初めてだった。しかも、その人は一目で上流階級と分かる装いをしていた。


 憂いを含んだ美しい面差しが近づいて来る。その視線が、ふっと、バラからアルに移る。

「見慣れぬ顔だね。フェスタの新しい愛人かい?」

 フェスタというのは、公爵の名前だ。それを呼び捨てにする女性……。


 恐る恐る、口を開く。

「あなたは、もしかして公爵夫人ですか?」

 にっこり微笑む。シムカと同じ笑顔だ。いや、もっと妖艶で、目が離せない。

「お前は、最近入ったというお気に入りだね」


 夫人はアルの足首から伸びる鎖をじっと見つめ、ため息をついた。

「可哀そうに。ここでの暮らしは大変だろう」

 憐れむようなその口調に、思わずうなずいてしまう。

「意に添わぬことを強いられ、苦労しているのだろう」

 優しい言葉が、心に染み入る。


「わらわのところに来ないかい? こんな生活から解放してあげるよ」

「え、でも……」

「フェスタはね、わらわには何も言えないのさ。何しろ、こんな自堕落な夫だ。わらわが夫婦を続けているのは、ひたすら息子のためさ」

「シムカの?」

「おや。あの子を知っているのかい?」

「ええ。友達です。いつもこっそり会ってます。あなたは、その、とてもシムカに似ています。いや、シムカがあなたに似ているのかな?」

 アルが戸惑っているのを見て、夫人は鈴が転がるような可愛らしい声を立てて笑った。


「そりゃあ良かった。ここの環境はあの子に良くない。そうだろう?」

 アルは、大きくうなずいた。

「俺もそう思っていました」

「わらわたちは、話が合うようだねぇ」

 夫人は微笑んだ。あでやかなバラの花のようだった。


「さあ、一緒においで」


 誘われるまま、夫人の後をついて行く。


 鉄の扉が開いていた。それを潜り抜ける。

 二人が通り抜けるのを待っていたように、衛兵が扉を閉め、鍵をかけた。


 その音を聞いたとき、初めて不安が胸に沸いて来た。


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