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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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91/107

(91)屈辱①

 それは、アルが十三歳の時だった。


 ドーンという音で目が覚めた。何か崩れる音がそれに続く。

 音は何度も鳴り、だんだん近づいて来る。

 そこへ、母が駆けこんで来た。


「すぐに逃げる準備をして」

「何かあったのですか」

「敵襲よ」

「敵って?」

 どこかの国と争っていただろうか? そんな話は聞いたことがない。

「分からない。とにかく急いで」


 服を着替え、靴を履く。

 剣を携えた時、ヒューと聞いたことのない音が近づいてきた。

 次の瞬間、壁が崩れ、天井が落ちてきた。

「危ない」

 突き飛ばされたアルが尻もちをついたとき、目の前で母ががれきの下敷きになった。


「母上!」

 必死に瓦礫をどける。その周りに、今度は火の粉が降って来た。


「アル。あなただけでも、逃げて」

「そんな。母上」

「早く。火が回りきらないうちに」

「嫌だ。母上」

 母は、アルの手を握った。

「行くのです、アル。そして、約束して。何があっても生き延びると。シードの誇りを忘れず、命を繋いでいくと」

 その間にも、炎は燃え広がって行く。


「約束して」

 涙をこらえてうなずく。

「約束します」

 母は安心したように、アルの手を放した。

 そこへ、梁が燃え落ちてきた。思わず飛びのいたアルと母を引き離さんとばかりに、炎は燃え盛った。

「母上!」

「アル、約束よ」

 それが最後の会話になった。

 壁が崩れる音、炎が弾ける音、それらが母の声を掻き消していく。そして、母は炎に飲み込まれた。


 アルは館の外を目指し、走った。もう、振り返りはしなかった。


 外に出ると、空が真っ赤だった。館だけでなく、町全体が燃えていた。

 逃げ惑う人々に紛れ、アルは走った。

 みな、港を目指している。船で島外に逃げるつもりだ。


 ところが、前方から敵軍が現れた。

「島民は根こそぎ捕らえよ。抵抗する奴は殺せ」

 誰かが大声で命令している。


 上陸してきたということは、港は押さえられたに違いない。

 となると、逃げられるのは森しかない。

 群衆は、森に向かって流れを変えた。アルも、懸命に走った。


 何人が逃げ込めただろう。

 アルは、炎が見えない場所まで来て、やっと息をついた。すでに、夜が明けている。

 大きな木にもたれて息を整えていると、落ち葉を踏む音が近づいて来た。落ち着きかけた体が強張る。

 すぐ近くで足音が止まり、声がかけられた。


「アル様。そこにいるのはアル様ですよね」

 それは、庭師の息子だった。

「ああ、ラフ。君も無事だったの」、

 ほっとした。知っている人間に会うということが、こんなに心安らぐことだとは思ってもいなかった。


「姿をお見かけしたので追って来たのです。あなたは、ご自分が探されていることをご存じですか?」

「探されている? そんなこと、知らない」

「私は港から上がって来る奴らの会話を聞いたのです。シード家の人間は全員殺すようにと命令する声を。今頃、奴らは焼け跡で遺体を探し、ご家族の確認をしているでしょう。その中にあなたがいないことが分かれば、きっと探すでしょう」

「どうしよう。ここにいても、遅かれ早かれ見つかるだろう」


「衣装を取り換えましょう。彼らはあなたの顔を知りません。その剣を携えていれば、私をあなたと思ってくれるでしょう」

「そんな……。捕まったら殺されるよ」

「構いません。領主さまから私たち一家は多大な恩を受けてきました。そのご恩に報いたいのです」

 強い口調に押され、二人は衣装を取り換えた。


「これからどうしますか」

「隠れ桟橋に、避難用のボートがあったはずだ。それで、島外に逃げようよ」

 アルがそう言うと、ラフは眉をしかめた。

「どうでしょう。海は危険だと思いますが」

「でも、ここにいても仕方ないよね」

「確かに。一か八か、行ってみましょう」


 隠れ桟橋は、崖下の洞窟のことだ。入口が切り立った岩場に隠され海から見えないため、そう呼ばれている。

 丸一日歩いて、二人はようやく目指す崖にたどり着いた。

 ところが、岩場に下りる道をたどっていると、前方に敵の姿が見えた。

 慌てて方向転換したが、笛の根が響いた。


「いたぞー。子供が二人だ」

 二人は、また、森に逃げ込もうとした。しかし、寝ずに移動していた二人の体力は、もう限界だった。追いつかれ、崖に追い込まれた。


「アル様。私は飛び降ります」

「ここを? 死んでしまうよ」

 下は、荒海だ。いや、海ならまだ助かる余地はあるだろう。岩場に落ちたら、その方が恐ろしい。

「でも、その方がシード家の息子らしいでしょう?」

「あっ」

「だから、あなたは捕まっても、決してシードを名乗らず、生き延びてください」


 ラフは腰の刀を抜くと「うわー」と叫びながら敵に向かって行った。闇雲に剣を振り回し、彼らの注意を自分に向けようとしている。

「お前たちに、シードの魂は渡さない」

 最後にそう叫び、ラフの姿は崖に向かって走っていく。


「シードの息子がいたぞ」

「追い詰めろ」


 声に背を向けて逃げる。

 しかし、それを待っていたように、大きな手がアルを捕まえた。

 後ろから、敵兵の騒ぐ声が聞こえてくる。

「飛び降りたぞー」

「船を回せ。取り逃がすな」


(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……)

 アルは、心の中でひたすら謝り続けた。



 アルの故郷は、ラニューム海に浮かぶ九群島と呼ばれる島国だ。シナン、サレハ、スバルという三つの大きな島にそれぞれ領主が住み、その周りに散らばる小さな六つの島を合議制で治めていた。

 アルの父は、そのシナンの領主だった。


 ラニューム海は、北と南の大陸を隔てる海で、たくさんの島が散らばっている。それらの島々は、古来より、二つの大陸を行き来する人々の補給港として発展してきた。


 サルヴァーンは海沿いを北に勢力を伸ばしていくうち、ラニューム海が実は湾であることを発見した。そうして、ラニューム海を挟んだ南の大陸にも勢力を伸ばし、帝国と呼ばれるまでにのし上がってきた。

 ところが、内陸部にも爪を伸ばそうとした際、魔法で守られた国に二度も大軍を壊滅させられ、国力が一気に落ちてしまった。

 その後、五百年の長きにわたり何とか国境を守り続け、徐々に国力を回復した帝国は、今度は海を西に侵攻していくことに決めた。九群島は、その最初の生贄に選ばれたのだ。



 数日後、アルは奴隷市場で売られていた。

「さあ、どうだい。この美しい品のある顔」

 商人は、アルの顔がよく見えるようにと、髪を引っ掴んで上向かせた、

「ほお」

 見物客からため息が漏れる。

 小麦色の肌、アーモンド形の大きな目、すっと通った鼻筋、どれも人をうっとりさせる要素を持っていた。


「それでは、千から」

「千百」

「千百五十」

「千三百」


 どんどん値が上がっていく。


「二千」

 帽子を被った身なりの良い女だ。

「二千五百」

 張り合ったのは、太った中年男だ。

「三千」

「三千五百」


 突然、幼い、涼やかな声が響いた。

「一万」

 アルに勝るとも劣らぬ、美しい少年だった。

 隣の老人が、慌てたように注意する。

「坊ちゃま、いくら何でも高すぎです。お父上が何と言われるか」

「それ以上の価値はある。父上だって、きっとそう言われるでしょう」


 そうして、一万でアルはその少年のもとに売られた。


「僕はシムカ。君は本当に美しいね。君と友達になりたいよ」

 親しみを持った笑顔に、アルは安堵した。

 自分を買ったのが同じ年頃の少年ということに驚いたものの、友達探しのためだったのかと納得した。そして、これ以上悪いことは起きないだろう。単純に、そう考えた。


 アルは、他の奴隷と一緒に船に乗せられ、海を渡った。


 いろいろ思い悩んだため、一週間空いてしまいました。何とか復活しましたが、休み休み進めて行こうと思っています。見捨てず読んでくだされば有難いです。評価もよろしくお願いします。

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