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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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(90)思惑⑤

 聖都まで来る旅の間も、ロッシュはラシードと距離を置いたまま。自然、リシュも彼と離れてしまった。夜もロッシュと共に野宿し、ラシードのいる宿には近寄らなかった。


(ラシード様は、きっと怒っているだろう)

 今までは、かなり勝手なことをしても許されてきた。けれど、今回はどうだろう。

『ロッシュは最優先』

 その理由がはっきりしない今、悪い方に考えてしまう。


 別れる時、ラシードは言った。

「そうまでおっしゃるなら、無理にはお連れしません。ご一緒するのはここまでにして、私は王宮に報告に上がります」

 その言葉は丁寧だが、苛立ちが感じられた。

 それは、自分に向けられた次の言葉では、はっきりした。

「ロッシュを家に送り届けたら、すぐ王宮に来るように。詳細はその時に聞く。いいか、すぐだぞ」


「宮仕えはつらいねぇ」とロッシュは笑ったが、自分は笑えなかった。

 彼の口調には、今までにない怒りが感じられたからだ。


 それでも、逆らうことは出来ない。

 ロッシュを家まで送り届けると、リシュは王宮に向かった。


 王宮に着くとすぐ、ラシードが言った。

「王太子殿下が直々に話したいことがあるそうだ」

 ぞっとした。彼については、良くない噂が多々ある。


「ロッシュのことですか」

「まあ、そうだろう」

「陸路を取った理由については、ハリーを使って連絡した通りです。ロッシュが船を嫌がったのです」

「ハリーは私のところには来なかった」

「えっ?」

「だから兵士たちの報告を受けた後、すぐ後を追わせた。ところがどうだ、『ヴィノの管理官からヴィクラに向けて立ったと聞いたが、ヴィクラに入った形跡はなかった』、そう報告が入った。それから、どれだけ探したと思ってるんだ」

 リシュは、血の気が引いて行くのを感じた。

 ロッシュの罪を隠したままで、誤解を解くのは難しいだろう。


「しかも、ファラスでは兵舎に寄ることもせず、入国の痕跡を隠そうとした」

 ここでも、ロッシュのためにしたことが裏目に出ている。


「まあ、それでも連れてきたということは、反抗の意思がそれほど大きくなかったのだと思っておこう。もっとも、これ以上逃げ続けるのは無理だと思っただけかもしれないがな」

 ラシードは、話は終わりだというように手を打って席を立った。

 縋り付くように、リシュは問う。

「教えてください。なぜ、ロッシュは最優先なのですか」

「お前は利口さが売り物だろう? 思い当たることはないのか?」

「それは……」

 ないことはないが、確証が持てないうちは口にしたくない。もし、彼らがロッシュの力目当てでないとしたら、知らないに越したことはないから。


 口ごもっていると、ラシードは指で顎をこすりながら、面白そうに笑った。

「やはり、自分からは言いにくいのかな。まあいい。知りたければ教えてやるが、殿下をこれ以上お待たせするわけにはいかない。歩きながら話そう」

 そう言って、先に立って部屋を出た。


「実はな、殿下は以前、身分を隠してパースに赴いたことがあるのだ。そのとき、月の乙女の肖像画を見て恋をしたそうだ」

「肖像画に恋、ですか?」

「そう。しかも、城下によく似た乙女がいるという噂を聞いたと。その乙女を見つけて連れ帰る、それが、私に託された使命だった」

「ちょっと待ってください。じゃあ、ロッシュを手に入れるため、戦を起こしたのですか?」

「そうじゃない。サルヴァーン帝国を滅ぼしたかったのは、私だ。あの国に両親は殺され、故郷は焼き尽くされた。腐った奴隷制度のせいで、私もひどい目に遭った。あんな国は存在してはいけない。だから、侵攻した。王太子がパースに赴いたのは、その作戦の最中だ」

「作戦が先にあり、たまたま肖像画を見た、と」

「そうだ」


 そこで、なぜかラシードは足を止めた。振り返り、リシュの瞳をのぞき込むように顔を近づけ、小声でささやいた。

「だから、ロッシュのことは諦めろ」

「諦めろって?」

「お前がロッシュに恋をしていることは知っている。だが、彼女は殿下が望まれている。お前のものにはならない。そういうことだ」


「ちょっと待ってください。ボクとロッシュは姉弟ですよ」

「そうではないだろう? お前も知っているのではないのか?」

「何を?」

「ロッシュとリロイ王子は、生まれた時に取り換えられた。そうだろう?」

「だ、誰がそんなこと……」


「考えれば分かることだ。王は王子を欲しがっていた。同じ場所で産んだのは、万一のことを考えて、取り換えやすいようにだろう。初めから画策していたのじゃないのか?」

「そんなはずありません。母がそんなことをするなんて、有り得ない」

「王妃に頼まれても?」

「それは、もっと有り得ません。第一、同じ日に産もうと思って産めるものではないでしょう? それに、男か女かは、生まれてからでないと分からないじゃないですか」

「そうだな。生んだ後に思いついたのかもしれないな」

「そんな……」

 自分と同じことを考える人間が他にもいたのだ。

 知らなかっただけで、当時、パースでは噂になっていたのかもしれない。だからこそ、母はあんなに激しく否定したのではないか。


「私は、パースに潜入する前から、密かに情報を集めていた。リロイ王子がお前の兄に似ていたことも、ロッシュが月の乙女にそっくりだということも、全部収集済みだった」

「じゃあ、ボクを部下にしたのも……」

「あの一家で一番賢そうで、一番操りやすそうだったからだ」

 あまりの衝撃に、リシュは言葉を失った。


「実際、お前の働きは期待以上だった。銃の改良といい、ロッシュを見つけ出したことといい、そこまでできるとは思っていなかった。その点は誉めてやろう。だがな、ロッシュは諦めろ」

「だから、ロッシュは姉だから……」

 何とか言葉を絞り出す。間髪おかず、ラシードが否定する。

「お前は自分がロッシュと姉弟でないと知っていたから、恋心を抱いたのだろう?」

「違う」

「初めて会った時、私に言ったよな。『ロッシュを妻にしたいと願っているなら、やめた方が賢明だと。絶対後悔する』と。子供らしい嫉妬だ。実に解りやすい」

「違う……」


「だがな、お前の気持ちは関係ない。肝心なのは、殿下のお気持ちだ」

「ロッシュの気持ちは? ロッシュが拒否したら?」

「殿下が望まれたものは全て叶える。それが私の使命だ。拒否はあり得ない」

「有り得ない?」

「どんな手を使っても叶える。そういうことだ」


 それから、また歩き出した。

 その背に縋るように、追いかけ、問う。

「フォンは……」

「あんな男、いつでも処刑できる」

 振り返りもせず、歩く。


 リシュは立ち止まった。どうすれば良いのか、分からなくなった。

 ラシードは、会話の中で、「俺」ではなく「私」を使った。

 それは、二人の関係が終わったことを示していた。

 今まで追いかけてきた大きな背中は、完全に自分を拒否している。

 信じていたものがどんどん崩れていく。

 このまま進むのが怖い。


 廊下の端でラシードが立ち止まり、振り返った。

 よろよろと、歩き始める。


 扉が開かれ、背中を押されるようにして、部屋に入る。

 正面の椅子に、王太子が座っていた。

 リシュはひざを折り、首を垂れる。


「お前がリシュか」

「はい」

「ラシードから聞いている。何でも、ロッシュに恋するあまり、私に会わせないようにしているそうだな」

「違います」

「ロッシュはお前の姉ではないのだろう?」

「違います」

「嘘をついても、為にはならんぞ」

「嘘ではありません」

「ならば、裁判しよう。ラシード、あれをここに」


 運ばれてきたのは鉢植えだった。赤いバラが一本、すっと背筋を伸ばすように咲いている。

 王太子が厳かな口調で言う。

「両手で茎を握れ」

 茎には、露を宿した長いとげが幾本も出ている。それを素手で握る。

「もっと強く」

 痛みをこらえて握りしめる。赤い血が、茎を伝って流れ始めた。

「よし」

 満足そうにそう言うと、王太子は笑った。


「お前が嘘をついていないなら、神は助けてくれるだろう。だが、嘘をついている場合は、死の神によって断罪されるだろう。結果が出るまで牢に入れておけ」


 血まみれの手首に、枷がはめられた。


 祖母の言葉が蘇る。


『お前は賢い。じゃがな、世の中には、ずるい大人はわんさか居る。驕るな』


 ばあちゃん。ボクはどこで間違ったのだろう?


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