(9)処刑④
ごとごと揺れる護送車の上で、三人は肩を寄せ合って座っていた。
両手は自由に動かせたが、足は鎖でつながっている。
「ねぇ。どこまでいくの?」
ヴィットがのん気な声で問う。
しかし、返事はない。
「退屈なんだよ。もう二週間もこうして座っているだけ。あとどれだけ辛抱するの?」
「確かに。もう話のネタも尽きたなあ」
ラウルが同調する。
うるさそうに兵士が答える。
「なら、黙っておけ」
それまで黙っていたアトワンが、ふいに口を開いた。
「今日中に着くだろう」
驚いたように、兵士が振り向く。
「行先を知っているのか?」
「太陽の方角から、見当はつく」
日が傾き始めたころ、兵長がやっと口を開いた。
「ほら、見えてきたぞ」
三人は体を起こすと、柵の隙間に顔を押し付けるようにして、前方に目を凝らした。
「あれ、何?」
それまで単調だった砂の地平線上に、でこぼこした物が見えてきた。
近づくほどに、その形が露になって来る。
倒れかけた柱、落ちて積み重なった壁と屋根。
それらが、低い丘の上から自分たちを見下ろしている。
「古代大国の神殿あとだ」
「あれが、伝説の……」
千年も昔、この辺りは森林だった。大きなオアシスがあり、樹木が涼しい木陰を作っていた。
人々は木を伐り、家を建て、薪を得た。農業を営み、食を得た。
しかし、木を植えることをしなかった。
森が小さくなるにつれ、雨が減り、オアシスの水位が下がった。
風が砂塵を舞い上げ、干からびた後を埋めていく。
気づいたときには遅かった。
人々は、国を捨てるしかなかった。
「そうして、人々は麗しきサルヴァーンの地に移り住み、今に至る、ってか」
伝説の締めの言葉を、ラウルはため息とともに吐き出した。
兵長が、冷徹に返す。
「お前たちはそのサルヴァーンを捨てた。よって、行先は廃墟だ」
皇帝は、告げた。「お前たちには三つの選択肢がある」と。
一つ目は、ガレー船の漕ぎ手として一生を終える。
二つ目は、闘士になり、戦いで一生を終える。
そして、三つめは、国外追放だと。
「命と自由は保障するが、二度とサラヴァーンの国土は踏めない。一週間分の水と食料を与え、沙漠の真ん中で放り出す」
当然のことながら、三人は三つ目を選んだ。
命も自由も保証されるのだから。
荷車は、廃墟の少し手前で止まった。
「降りろ。終点だ」
「ここで、解放ってわけ?」
最初にヴィットが飛び降りると、うーんと伸びをした。
「あー。自由だ―」
それから、鎖をジャラジャラ言わせながら両足でジャンプした。
「こらこら、まだつながっているんだぞ」
次に降りたアトワンが笑う。
最後のラウルは、凝り固まった筋肉をほぐそうと腕や肩を回している。
「そうだぜ。早く鎖を外してくれよ」
しかし、兵士はそれには応えず、ぼろ布の袋を、ぽい、ぽいっと砂の上に投げ出した。
「ほら、食料だ」
「おいおい、食べ物を粗末にするなよ」
ラウルが、袋に向かって足を踏み出した。
「うぉっ! 何だ、こりゃ?」
「どうしたの」
ヴィットが駆けよろうとする。その足がずぶっと地面にぬめり込む。
「止めろ。流砂だ」
そう制止するアトワンの背中が、思いきり突き飛ばされる。つんのめるような形で、両手をつく。それを引き上げようとして、足が沈んだ。
「えっ、とっとっ、足が抜けないんだけど」
「動くな。余計沈むぞ」
そう言うアトワンは、足だけでなく両手が肘まで埋まっている。
ラウルが怒鳴る。
「どういうことだよ。自由は保障されるんじゃなかったのか」
「保証されていた。それをお前らが自ら封じ込めただけだ」
言いながら、兵士たちは荷車に乗り込んだ。
「運が良ければ抜け出せるかもな」
「そうそう、夜になると廃墟から亡霊が現れるっていう噂があるから、そいつらに助けてもらえるかもな」
「それまで持つかなあ。ほら、もうやって来た」
そう言って、上空を指さす。遥か彼方に、点が見える。
ヴィットが目を凝らす。
「鳥? 二羽いるぞ」
「サバクワタリのつがいだ。肉食の大型鳥だ」
「あいつら俺たちのすることが分かってて、いつもやってくるのさ」
「動かない人間は、良い餌になる」
「頭まで沈んでしまえば食われない。沈んで即死ぬのと、沈まず徐々に食われるのと、どっちでも好きな方を選べよ」
立ち去ろうとする兵士たちに、ヴィットが声をかけた。
「水と鍵は?」
とたんに、兵士たちは声を上げて笑い出した。
「その状況で欲しがるって、どんな神経してるんだ、こいつ」
「必要ないと思うけど、ほら、鍵は置いて行ってやろう」
一人が、涙を拭きながら鍵を投げる。
乾いた砂の上に落ちた鍵は、手の届かない未来のようだった。
「水は、その砂の中に十分含まれているからな」
「頑張って飲めよー」
言うだけ言って、三人の兵士は去って行った。
「流砂って何だぁ?」
ずぶずぶと沈みながら、ラウルの問いに珍しくヴィットが答える。
「底なし沼のことだろう。前に住んでた近くにもあったよ。抜け出すにはものすごい力で引き上げてもらわないと無理だって聞いたことがある」
「ああ。ここは多分オアシスの跡地だ。地下水が残っていて、沼になったのだろう」
「だから、水があるっていうのか。でも、飲めないよな」
「無理に決まってるだろ。それより気をつけろ。襲って来るぞ」
頭上で円を描いていたサバクワタリが、急降下してきた。
アトワンが叫ぶ。
「顔を隠せ。目を庇え」
ヴィットは頭を伏せ、両腕で目を隠した。
手首に爪が食い込み、羽が頭をはたく。
血の臭いがして、鳥が興奮するのが分かる。
鳥は一時離れたが、体制を整え、すぐまた突っ込んできた。
嘴が頬をえぐる。痛みがつま先まで走る。
「うぁー」
堪えようと体が勝手に動き、反動でずぶっと沈み込む。
隣では、同じようにラウルが鳥の襲撃を受けている。
「止めろ。頭に爪が食い込むだろう」
叫んだとて、鳥が止めるわけもない。
爪を立てて頭に取り付くと、嘴で顔をつつきまわす。
思わず右手を顔から離し、嘴を払おうとする。その隙を、鳥がつつく。
「ギャオ。目が」
首を振り、大きく動く。ラウルの体がずぶずぶと沈む。
「チクショウ。亡霊でも良いから助けてくれー」
ヴィットが叫びながら顔を覆う。爪が、再度腕に食い込む……。
突然、ヴィットを襲っていた鳥が、動きを止めて落ちた。
「えっ? もしかして、ホントに亡霊が来た?」
顔を上げると、ラウルの腕にもう一羽が取り付いている。その頭に小石が命中し、鳥は落下した。
振り返った三人は、同時に叫んだ。
「アレッサ!」
「姉ちゃん!」
「姉貴」
アレッサが、石弓を構えたまま笑った。馬にまたがり、ラクダを二頭連れている。
「亡霊じゃないけど、助けに来たよ」




