(89)思惑④
門の中にも、幾つも建物がある。それぞれ、夫人や側室が住んでいるのだろう。
その中の一つに入る。
美しく飾られた部屋の奥、ソファに身を沈めてその人が居た。
「お初にお目にかかります。ロッシュでございます」
ぎこちなく礼をする。
「面を上げよ」
顔を上げると、正面に、挑むようなまなざしがあった。
「聞いた話によると、そなたは私の妹だと名乗っているそうだな」
「そのようなこと、言った覚えはありません。誰かが私たちを陥れようとしているに違いありません」
「私は、王太子より聞いたのだよ。あの方が私を陥れようとしている、と言うのか?」
「ですから、王太子のお耳に入れた誰か、です」
「本当は、王女だと偽って王太子の気を引き、あわよくば第一夫人に納まろうと企んでおるのではないのか?」
「そのような考え、露と思ったことはございません」
「それならば、なぜ、この国に来たのか?」
「それは、家族がいるからでございます」
「本当にそれだけか?」
「はい」
「では、なぜ、この十年、家族を訪れなかったのだ?」
「それは、事情があったからでございます」
「事情? 申してみよ」
ロッシュは、無い頭をひねった。
本当のことを話して信じてもらえる自信はなかった。それに、門のあった場所は禁断の地。王族でない者が立ち入ったとなれば、話が一層こじれそうだ。と言って、答えなければ薄情者のそしりを受けるだろう。
困っていると、カボがささやいた。
「キナップ、アン、イー」
サラナーンの言葉で「誘拐と病気」だ。
「今、何か妙な音がしなかったか?」
ジュリアが首を伸ばし、探すようなそぶりをした。それは、無視する。
「はい。実は、建国祭に来ていた客にかどわかされ、北方の国に連れて行かれました。そこでいろいろ恐ろしい目に遭い、大けがをしました。それがやっと治り、何とか国に戻って来た次第であります」
これなら、ほとんど本当のことだ。北方の国など行ったことはないが、ホラサーンと交流は無いようだし、ばれることも無いだろう。
ジュリアは、「ふーん」と鼻を鳴らした。
信じたのかどうか。とりあえず、納得した表情に胸をなでおろす。
「それより、ジュリア様は、パースの再建をなさらないのですか?」
「再建? そのようなことをして何になる?」
「それは、その、王女としての務めではないかと……。ジュリア様は、国を滅ぼされ、悔しくないのですか?」
「悔しいとも。しかし、反乱軍はホラサーンの軍隊が一掃してくれた。さらに、王太子殿下は私を夫人として迎えてくれた。私が汚れた身であることを知りながらだ。そのご恩に報いるためにも、私がせねばならぬのは、立派なお世継ぎを生むことだ。そうすれば、パースの血脈がこの地で新たに受け継がれていくことになる。その中から、パースを統治する者が現れればよし、現れなくてもよし、とは思わぬか?」
確かに、そういう考え方もあるだろう。
でも、こんな怪しい国に飲み込まれるのは、何だか嫌だ。
「失礼ながら、ジュリア様は、ティア様がご病気なのをご存じですか?」
「聞いておる。お前の母が看病してくれていることもな」
「では、お住まいもご存じと?」
「今の私は、自由に外出することは禁じられておる。だが、相応の暮らしをしていると聞いておるが、それがどうかしたのか」
胡散臭そうな目で、ロッシュを見下ろす。
「あれが、相応だとしたら、大変です。行ってびっくりしました。それほど貧素な暮らしですよ」
「そちは、私が騙されているとでも言うのか」
その声は、明らかに怒っている。
「それに近いかと」
「なるほど。そうやって、私と王太子の仲を裂こうと言う魂胆か」
「違います」
慌てて否定するが、ロッシュはほとほと困り果てた。何もかも、そちらに向けられてしまう。どうして、こうまで疑り深いのか。
「噂になっておるのだぞ。王太子が、第一夫人の座を空けているのは、そちをその座に据えるためだと。本当のことを申してみよ」
「知りませんよ、そんなこと。今初めて聞きました」
「嘘を申すな」
ジュリアが威圧するように声を大きくした。つられて、ロッシュも大声になる。
「嘘じゃないですよ。第一、この街に来て、まだ一週間ですよ」
その時だった。
「もう、おやめ下さい。そのくらいで許していただけませんか」
入って来たのは、ラシードだった。
「そのように大声を出して、お体に障りますよ。さあ、ロッシュ。もう退出しましょう」
助けに船と、ロッシュは礼をすると、ラシードの後をついて出た。
先を歩きながら、ラシードは言った。
「お気づきになられなかったかもしれませんが、ジュリア様は今、ご懐妊されています。それで、気が立っておられるのです」
「それは、おめでたいことで」
社交辞令でそう言ったものの、内心煮えくり返っている。
「ジュリア様は誤解されているのですよ。王太子が第一夫人の座を空けているのは、男子をお産みになった方をそちらに引き上げようと思われているからです。ただ、それをそのまま告げた時、暗殺が起こるのではないかと恐れているのです」
「……」
説明されてもよく分からず、ロッシュは返答しなかった。
「つまり、王太子には三人夫人がいらっしゃいますが、まだ、お世継ぎには恵まれていません。そして、今、皆さま、懐妊されているのです」
「え! 三人とも」
「はい。ですから、みな、ご自分の御子が無事生まれるか、生まれても殺されるのではないかと、大変疑り深くなっております」
「それは、確かに大変ですね」
そうこうしているうちに、後宮の入口まで来た。
門を見上げ、ロッシュは「あれ?」と気づいた。
「どうなさいましたか?」
「ここから先は、男子禁制、でしたよね?」
ラシードはにっこり笑った。
「王太子がフォン様とお話をして、大変興味を持たれたのです。それで、あなたにも急ぎ来て欲しいと、特別に許可を下さったのです」
「フォンと王太子が?」
「はい。詳しいことは直接お伺いください」
そう言って、すたすたと先を歩く。仕方なくついて行く。
王太子は、フォンの何に興味を持ったのだろう。
(もしかして……)
リシュは、アトワンの手記の内容をすべてラシードに話したと言った。
ならば、魔法使いの話も知っているはずだ。
リシュは、ラシードはロッシュの力が欲しいのではと心配していた。
ならば、当然、フォンの力も欲しがるはずだ。
気を引き締めてかからねば。
胸を張り、ぐいと顎を引く。
(思い通りにはさせない)




