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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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86/106

(86)思惑①

 ホラサーンとの国境が見えてきた。


 リシュが旅券を渡したとたん、衛兵が「あっ」と声を上げた。


「少々お待ちください」

 慌てたように走って行く衛兵の背を見つめながら、ロッシュはリシュに話しかけた。

「白髪の魔女の噂がここまで届いてたのかな」

「まさか」

 リシュは笑ったが、ロッシュは嫌な予感が沸き上がるのを押さえられなかった。


 間もなく、衛兵が戻って来た。その後ろを堂々と歩いて来る男を見て、リシュが声を上げた。

「ラシード様!」

 リシュは彼に走り寄ると、深々と礼をした。

「まさか迎えに来てくださるとは」

「礼など構わん。それより、姉上はご一緒か?」

「はい。ロッシュ、ラシード様にご挨拶を」


 ロッシュは仕方なくリシュの隣に立つと、フードを被ったまま深く頭を垂れた。

 ラシードがパースの言葉で言う。

「お顔を拝見できるかな」

 リシュが慌てて非礼を詫びた。

「申し訳ありません。旅の途中でもめごとに巻き込まれぬよう、用心して顔を隠してきましたゆえ。ほら、ロッシュ。フードを外して顔を上げて」


 ロッシュが顔を上げると同時に、ラシードが感嘆の声を上げた。

「これは、正しく月の乙女だ」


 それから、リシュに微笑んだ。

「確かに、この美しさなら心配して当然だ。実は、いろいろな噂が伝わって来てな、気になったので少し前からここで待っていた。よく、無事にここまで連れてきてくれた」


 その言葉に、ロッシュは思わず言い返した。

「連れてきてくれたって、別にあんたに頼まれて来た訳じゃないよ。私が家族に会いたかったから来ただけだよ」

「ああ、そうだったか。しかし、王太子殿下はあなたに会えるのを心待ちにしています。直ぐにご挨拶に伺いましょう」

「まず、家族に会ってからね。そのために来たって、言ったでしょ」

「そうですよ。ロッシュはもう十年も家族と離れていたのです。みんなどれだけ心配していたか。まず、家族を安心させたいという思いは、ボクも同じです」

「けれど、ここはホラサーンだ。王太子殿下に礼を尽くすのが筋であろう」

「なぜ、筋なの? この国では、家族より王家が大切にされているの? それって、邦人をないがしろにしているってことじゃないの? ここは、そんなひどい国なの?」

「まさか。そんなことはないが……」

「じゃあ、決まり。私は家族に会いに行く。落ち着いたら王宮にご挨拶に伺う。それで良いでしょ」

 ラシードが、渋々という表情でうなずいた。


「どちらにせよ、ダワーヒーまでは警護させていただきます」

「ダワーヒーって、都?」

「はい。ここから十日程の旅になります。ところで、あちらの方は?」

 そう言って、ラシードはフォンに目をやった。

 ロッシュは、ためらいなく答えた。

「私の恋人だよ」

「恋人! では、ご結婚なされたのですか」

 ラシードが慌てる様子を見て、ロッシュはまた嫌な気持ちになった。

「ご結婚はなされていませんが、どちらにせよ、あなたには関係のないことです」

「そうでもないです。何しろ、部下の姉君ですから」

 ラシードはそう言って微笑んだが、違和感はぬぐえなかった。


 その日は、小さな村で宿を取ることになった。

 ラシードは村長の家に行き、一夜の宿を頼んだ。長からすれば、断れるはずがない。

 いきなり押し掛けられて慌てている姿を見て、ロッシュは「私は野宿で十分だよ」と断った。

「そうはいきません」

 ラシードが食い下がったが、ロッシュは譲らなかった。

「ロッシュ。せっかくだから泊めてもらおうよ」

 リシュはそう言ったが、これも突っぱねた。


 村はずれにテントを張り、焚火を囲む。

 護衛兵たちは、三人を遠巻きにして立っている。

 彼らに聞こえぬよう、距離を測りつつ声を潜める。


「彼ら、寝ずの番をするのかな」

「そのようだね」

「私、ラシード様って、どうも好きじゃない。私にどんな価値があるのか知らないけど、何か良からぬことをさせられそうで、嫌だ」

「もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「ロッシュの力を戦に使うつもりかもしれない」

「私の力って……」


 リシュは言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。

「月の乙女の力……。前に話したアトワンの手記には、月の乙女に関する記述もあるんだ。パースを守ったのは、指輪じゃなくて月の乙女だって」

「う、そ、でしょ?」

 自分でも、声が裏返るのが分かった。

「嘘じゃない。指を丸めて物凄い魔法を使うって」

 そう言って、リシュは親指と人差し指で円を作った。

 額から、汗が噴き出すのを感じる。

「でも、それが本当だとしても、私がその魔法を使えるわけないでしょ」

 しばらく、答えがなかった。息遣いから、リシュの迷いが伝わって来る。


「私書には、その力は子供に受け継がれることがあって、そういう能力を持った子供が生まれた場合どうするべきか、という対処法が書かれていた」

「ど、どうするんだ?」

 恐怖がせり上がって来て、声がかすれた。


「その子に能力の使い方を教え、人知れず国を守る使命を与える」

「人知れず……」

「ボクらは、指輪が国を守っていると教えられ信じてきたけど、本当は月の乙女の魔法で守られていた。だから、乙女亡きあとは負け戦しかできない。けれど、力を継いだ人が現れたら、国を守れる」


「それで、力を持つ子供は生まれたの?」

「多分。三代目の王の時代に、帝国が攻めてきたが指輪の力で全滅した、と公文書にあったから、そのときにいたはずだ。その後戦は起こらなかったので、いたかどうか分からない。周辺諸国は、指輪の力を信じて攻めてこなかったんだ。五百年もね」


 リシュは。また言葉を止めた。まだ、何かあるようだ。

「この際、全部話してよ」

 リシュはうなずき、口を開いた。

「力を持つ子供は、指が普通の人と違うんだ」

 思わず、拳を握り締める。


「ロッシュの指、普通の人とは違うだろう。その指は、肖像画の乙女の指と同じだ」

「だからって……」

「力を持つ人の特徴は、その指だと、はっきり書かれていた。自分が死んだあと、力を受け継ぐ人が現れた時のために、その見分け方と力の使い方を記して残したんだ」

「……」

 言葉が出てこない。


「使えるんだろう? 魔法」


 ロッシュはふーっと息を吐いて、心を決めた。

「それで、リシュはそのことをラシード様に言っちゃった訳だ」

「うん。あの頃は、まだ子供だったから。だから、ロッシュが最優先っていうのは、そういうことかもしれない」

「ああ、そういうことか」

 理解できると、余裕が出てきた。


「この際だからしゃべっちまうけど、確かに、魔法は使えるよ。でも、だからこそ、私を意のままに操ろうなんてできないんだよ。だって、私、強いから」

 しゃべってしまうと、心が楽になる。


「でもさあ、知ってたならもっと早く言ってよ。フォンが魔法使いだろうって疑ってたくせに、私のことはちっとも言わないで」

「怖かったんだよ。ロッシュが遠くに行ってしまいそうで」

「けけっ。姉ちゃんはもう、どこへも行かないよ」

「今度からは、何でも話すよ。だからもう、お互い隠し事は止めようよ」

「だね。あーあ。水代、損したなあ」

「水代?」

 ロッシュはリシュの耳もとに顔を寄せると、ささやいた。

「水が出せるんだ」

「?」

「手のひら、出して」

 疑うような目つきで、リシュが手のひらを差し出す。その上に小さな円を作り、ささやく。

「シャ・ラ」


 少量の水が、リシュの手のひらにたまった。

 思わず声を上げそうなリシュの唇に、人差し指を突きつける。

 リシュが、半開きの口で二、三度首を振る。

 その様子は、ロッシュが初めて見た、リシュのおバカな表情だった。


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