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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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84/106

(84)旅《平原の国》④

 とにかく平原は広い。何の手掛かりも無しに人を探すのは難しい。

 当たりをつけるため、リシュは考える。


 帰ってこないということは、動けないということ。では、それはどういう状況か。


  ①捕らえられている。

  ②けがをしている。

  ③死んでいる。


 ①の場合、見張りが必要だ。いや、動けないように縛り付けておくこともできる。いずれにせよ、場所が必要だ。小屋とか、縛り付けるための樹木とか。ならば、平原は適さない。樹木がないことも無いが、四方から丸見えだ。ということは、林がある場所だ。


 ②の場合、事故に遭ったということだが、ツァンは一番の乗り手だ。走り慣れた平原では考えにくい。ということは、他の場所、見えにくい場所だ。もしかしたら、誰かが罠を張っていて事故に合わせたかもしれないが、その場合は①か③だ。


 ③の場合、呼びかけても返事がないということで、発見は難しい。


 そこまで考えて、ツァンの母に問う。

「この近くで、樹木が生えていて見通しの悪い場所はありますか」

「それなら、谷です」


(生きていますように)

 そう祈りながら、二人で「谷」を目指す。

 競技場を離れ、平原を馬で駆ける。ほどなく樹影が見えてきた。


 谷は枯れ川で、雨季には水が流れると言う。その土手に立ち、両岸に目を走らせる。人影は見当たらない。向こう岸には林が続き、全て調べるには時間がかかるだろう。


 そこへ、アビィが舞い降りてきた。

「どうした? 何か見つけたか?」

 答えるように、また、舞い上がり向こう岸に飛んで行く。その後を追う。

 谷を渡り、林を進むと、馬の鳴き声が聞こえてきた。

「あれは、カンの声だわ」

 カンというのは、ツァンの馬だ。二人が急ぐと、確かに、木に繋がれたカンがいた。


「ありがとう、アビィ。お手柄だよ」

 肉片を与えると。アビィは嬉しそうについばんだ。


「ツァンもこの辺りにいるのかしら」

「そうだな。この馬が知っているんじゃないかな」


 カンは自由になると、谷の方へ駆けだした。その後をついて行く。

 林を出て、枯れ川の岸を走る。

 しばらく行くと、土手が崩れ、川岸に大量の土砂が積もっている場所に来た。

 カンは、そこで足を止めた。ヒンヒンと鼻を鳴らし、蹄で土を掻く。

「まさか、この下に埋まっているのか」

 二人は顔を見合わせた。母親の顔は真っ青だ。


「手で掘るのは無理だ。何か道具はありますか」

「家に戻れば……」

 母親が道具を取りに戻った間、リシュは大きな石をどけることにした。


 土手は丸く崩れている。自然災害ではなく、火薬を使ったに違いない。

 筒に火薬を詰め、火をつけて投げる。または、あらかじめ埋めておき、火をつける。

 鉱山で活用できるよう、リシュが数年前に考えたものだ。

 今回は、投げる方が使われたようだ。爆破痕が三つあるから、三度投げたに違いない。

(こんなことに使われるなんて……)

 気持ちがざわつくのを抑えられない。


 しばらくして、母親が戻って来た。ラサの父親も一緒だ。

 三人で土を掘る。

 どの辺りに埋まっているか分からないので、傷つけないよう慎重に掘り進める。


 不意に、地面の揺れを感じた。

「地震だ」

 リシュは叫んでシャベルを投げ出すと、近くにいた母親の上に被さった。反対側を掘っていた父親も慌てて身を伏せるのが見えた。

 新たな土砂崩れが起こり、二人の間を土砂が流れていく。


 揺れは、すぐ収まった。

 しかも、土砂が流れた後に、ツァンの頭と手足が見えている。

「ツァン」

 母の呼びかけに、頭が動いた。

「すぐ掘り出してやるからな」

 三人は一気に掘り進めた。



 ツァンを支えて馬に乗り、競技場に急ぐ。

 戻ってみると、アムドがロッシュに言いがかりをつけている最中だった。


「証拠でもあるのか」

 アムドの言葉に、ツァンが声を上げた。

「じゃあ、俺にしたことはどうなるんだ」

 視線が一斉にこちらを向いた。

「ツァン」

 ラサが駆けてくる。


 気丈にもツァンは支え手を断り、アムドに対峙した。

 アムドの方が、顔色を失っている。


「お前、まさか俺にしたことも知らないと言い張るつもりじゃないよな」

 アムドの返事はない。


「みんな、聞いてくれ」

 それから、昨日起こったことを話し始めた。



「俺を呼びに来たのはカムだったよな。櫓を作り直さなきゃならないと」

 カムが下を向く。

「確かに、櫓の柱が一本腐りかけていて、そのまま使うのは危険だった。

 俺は、組む時に気づかなかったのか、と聞いた。そしたら、アムドが答えたよな。お前のところにいる余所者が組んだんだ。責任取れよ、と」


 ロッシュが憤慨した。

「ちょっと待って。私たちは杭打ちしかしてないよ。櫓なんて、触っても無い」

 それには答えず、ツァンは先を進める。


「俺は言い返したよ。資材を運んできたのはアムドだろう。そのとき気づかなかったのか、と。そうしたら、カムとゴロクが言ったよな。『言い合いしないで何とかしようよ』とか『谷に行けば丸太があるんじゃないか』とか。それで、四人で谷に向かった。間違いないよな」

 返事はない。


 ツァンは舌打ちして、話を続ける。

「枯れ川の向こう岸に、手ごろな丸太が二本転がっていた。みんなで一本引き上げたあと、アムドが『念のため、もう一本持って行こう。手伝ってくれるよね、ツァン』と俺を名指ししたよな。それで、カムとゴロクは丸太を運び、俺はアムドについて谷に下りた。で、アムド、お前は何を投げたんだ?」

 アムドは答えない。


「俺の上を飛び越えて、後ろで爆発した。あれは、何だ?」

 答えはない。


「土手が崩れて半分埋まった俺に、お前言ったよな。邪魔なんだよって。それから二回爆発音がして、俺は完全に埋まってしまった。あれは何だったんだ?」


 結局アムドは答えなかったが、他の二人と一緒に警吏に連れて行かれた。


「どうせ、保釈金を払ってすぐ出てくるさ」

「でも、あなたが無事で良かった」

「借金も返せたしな」

 二人はそう言ってキスをした。

 それを、ロッシュは頬を染めて見ていた。



 夕食の後、ロッシュはため息交じりに言った。

「良いよなあ。恋人同士って」

「フォンがいるだろう」

「彼は修行僧だから、女性に触れられないのよ」

「本当にそれで、良いの?」

「そう聞かれれると困るけど、我儘言っても仕方ないし……」

 ロッシュが寂しそうにうつむく。

 それを見て、今まで抑えていた気持ちが爆発した。


「ボクではダメかい?」

「?」

 振り返ったロッシュの目は、疑問符で満ちていた。


「ロッシュ。ボクはずっと君が好きだった」

「何言ってんの。リシュと私は姉弟だよ」

「違う」

 リシュはきっぱり言った。

「ボクは知ってる。ボクらは姉弟じゃない」

「何を……」


「ロッシュは生まれた時取り換えられたんだ。亡くなったリロイ王子がボクの本当の兄で、ロッシュは王家の第四王女だ」

 リシュは、確信をもってそう言い切った。



 王室の長女、ジュリア様の成人のお祝いの日、初めて王家の人を全員見た。リロイ王子はナッシュにそっくりだった。そして、ロッシュは王家の人々に、特に、色白で、長い黒髪のジュリア様にとてもよく似ていた。


「生まれた時、取り違えたっていうことはないの?」


 自分の考えを話すと、母の表情は一変した。険しい目つきで「そんなこと、誰にも言うんじゃないよ」と激しく口止めした。

 それで、二人は本当に取り換えられていて、母はそのことを知っているのだと、けれど、それを誰にも知られたくないのだと気づいた。


 じゃあ、誰が取り替えた?

 母が自分で? それともお妃さま?

 ひょっとしたら、二人で共謀したかもしれない。


 どれもこれもありそうで、それでいてありそうもない。


 一つ確かなのは、ボクとロッシュとは姉弟じゃない。だから結婚できる。

 大きくなったら、ロッシュをお嫁さんにもらおう。


 リシュは、ずっとそう思ってきた。それは、今も変わらない。



 今、改めてロッシュにその考えをぶつける。

 ロッシュの表情の変化は母と同じで、ひょっとしたら彼女も知っていたのではと思われた。


 ロッシュの震える声がする。

「なぜ……」

 そのとき、小さな声が聞こえた。

「ナ・アド」


 それは、サラナーンの言葉で、「認めるな」という意味だった。


「今、誰か何か言った?」

 それには答えず、ロッシュはリシュをねめつけた。

「取り換えたって、誰が言ったの?」

「誰って、ボクの考えだけど……」

「証拠があるの?」

「証拠はないけど、考えてみれば分かるよ。リロイ王子はナッシュにそっくりだったし、ロッシュはジュリア様にとてもよく似ている」

「たったそれだけのことで、そんな重大なことを決めつけて良いの?」

 リシュはぐっと息を呑み、黙った。


「私とリシュは姉弟。分かった?」


 ロッシュが自分を拒んでいる。


 リシュはうなずくしかなかった。


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