(84)旅《平原の国》④
とにかく平原は広い。何の手掛かりも無しに人を探すのは難しい。
当たりをつけるため、リシュは考える。
帰ってこないということは、動けないということ。では、それはどういう状況か。
①捕らえられている。
②けがをしている。
③死んでいる。
①の場合、見張りが必要だ。いや、動けないように縛り付けておくこともできる。いずれにせよ、場所が必要だ。小屋とか、縛り付けるための樹木とか。ならば、平原は適さない。樹木がないことも無いが、四方から丸見えだ。ということは、林がある場所だ。
②の場合、事故に遭ったということだが、ツァンは一番の乗り手だ。走り慣れた平原では考えにくい。ということは、他の場所、見えにくい場所だ。もしかしたら、誰かが罠を張っていて事故に合わせたかもしれないが、その場合は①か③だ。
③の場合、呼びかけても返事がないということで、発見は難しい。
そこまで考えて、ツァンの母に問う。
「この近くで、樹木が生えていて見通しの悪い場所はありますか」
「それなら、谷です」
(生きていますように)
そう祈りながら、二人で「谷」を目指す。
競技場を離れ、平原を馬で駆ける。ほどなく樹影が見えてきた。
谷は枯れ川で、雨季には水が流れると言う。その土手に立ち、両岸に目を走らせる。人影は見当たらない。向こう岸には林が続き、全て調べるには時間がかかるだろう。
そこへ、アビィが舞い降りてきた。
「どうした? 何か見つけたか?」
答えるように、また、舞い上がり向こう岸に飛んで行く。その後を追う。
谷を渡り、林を進むと、馬の鳴き声が聞こえてきた。
「あれは、カンの声だわ」
カンというのは、ツァンの馬だ。二人が急ぐと、確かに、木に繋がれたカンがいた。
「ありがとう、アビィ。お手柄だよ」
肉片を与えると。アビィは嬉しそうについばんだ。
「ツァンもこの辺りにいるのかしら」
「そうだな。この馬が知っているんじゃないかな」
カンは自由になると、谷の方へ駆けだした。その後をついて行く。
林を出て、枯れ川の岸を走る。
しばらく行くと、土手が崩れ、川岸に大量の土砂が積もっている場所に来た。
カンは、そこで足を止めた。ヒンヒンと鼻を鳴らし、蹄で土を掻く。
「まさか、この下に埋まっているのか」
二人は顔を見合わせた。母親の顔は真っ青だ。
「手で掘るのは無理だ。何か道具はありますか」
「家に戻れば……」
母親が道具を取りに戻った間、リシュは大きな石をどけることにした。
土手は丸く崩れている。自然災害ではなく、火薬を使ったに違いない。
筒に火薬を詰め、火をつけて投げる。または、あらかじめ埋めておき、火をつける。
鉱山で活用できるよう、リシュが数年前に考えたものだ。
今回は、投げる方が使われたようだ。爆破痕が三つあるから、三度投げたに違いない。
(こんなことに使われるなんて……)
気持ちがざわつくのを抑えられない。
しばらくして、母親が戻って来た。ラサの父親も一緒だ。
三人で土を掘る。
どの辺りに埋まっているか分からないので、傷つけないよう慎重に掘り進める。
不意に、地面の揺れを感じた。
「地震だ」
リシュは叫んでシャベルを投げ出すと、近くにいた母親の上に被さった。反対側を掘っていた父親も慌てて身を伏せるのが見えた。
新たな土砂崩れが起こり、二人の間を土砂が流れていく。
揺れは、すぐ収まった。
しかも、土砂が流れた後に、ツァンの頭と手足が見えている。
「ツァン」
母の呼びかけに、頭が動いた。
「すぐ掘り出してやるからな」
三人は一気に掘り進めた。
ツァンを支えて馬に乗り、競技場に急ぐ。
戻ってみると、アムドがロッシュに言いがかりをつけている最中だった。
「証拠でもあるのか」
アムドの言葉に、ツァンが声を上げた。
「じゃあ、俺にしたことはどうなるんだ」
視線が一斉にこちらを向いた。
「ツァン」
ラサが駆けてくる。
気丈にもツァンは支え手を断り、アムドに対峙した。
アムドの方が、顔色を失っている。
「お前、まさか俺にしたことも知らないと言い張るつもりじゃないよな」
アムドの返事はない。
「みんな、聞いてくれ」
それから、昨日起こったことを話し始めた。
「俺を呼びに来たのはカムだったよな。櫓を作り直さなきゃならないと」
カムが下を向く。
「確かに、櫓の柱が一本腐りかけていて、そのまま使うのは危険だった。
俺は、組む時に気づかなかったのか、と聞いた。そしたら、アムドが答えたよな。お前のところにいる余所者が組んだんだ。責任取れよ、と」
ロッシュが憤慨した。
「ちょっと待って。私たちは杭打ちしかしてないよ。櫓なんて、触っても無い」
それには答えず、ツァンは先を進める。
「俺は言い返したよ。資材を運んできたのはアムドだろう。そのとき気づかなかったのか、と。そうしたら、カムとゴロクが言ったよな。『言い合いしないで何とかしようよ』とか『谷に行けば丸太があるんじゃないか』とか。それで、四人で谷に向かった。間違いないよな」
返事はない。
ツァンは舌打ちして、話を続ける。
「枯れ川の向こう岸に、手ごろな丸太が二本転がっていた。みんなで一本引き上げたあと、アムドが『念のため、もう一本持って行こう。手伝ってくれるよね、ツァン』と俺を名指ししたよな。それで、カムとゴロクは丸太を運び、俺はアムドについて谷に下りた。で、アムド、お前は何を投げたんだ?」
アムドは答えない。
「俺の上を飛び越えて、後ろで爆発した。あれは、何だ?」
答えはない。
「土手が崩れて半分埋まった俺に、お前言ったよな。邪魔なんだよって。それから二回爆発音がして、俺は完全に埋まってしまった。あれは何だったんだ?」
結局アムドは答えなかったが、他の二人と一緒に警吏に連れて行かれた。
「どうせ、保釈金を払ってすぐ出てくるさ」
「でも、あなたが無事で良かった」
「借金も返せたしな」
二人はそう言ってキスをした。
それを、ロッシュは頬を染めて見ていた。
夕食の後、ロッシュはため息交じりに言った。
「良いよなあ。恋人同士って」
「フォンがいるだろう」
「彼は修行僧だから、女性に触れられないのよ」
「本当にそれで、良いの?」
「そう聞かれれると困るけど、我儘言っても仕方ないし……」
ロッシュが寂しそうにうつむく。
それを見て、今まで抑えていた気持ちが爆発した。
「ボクではダメかい?」
「?」
振り返ったロッシュの目は、疑問符で満ちていた。
「ロッシュ。ボクはずっと君が好きだった」
「何言ってんの。リシュと私は姉弟だよ」
「違う」
リシュはきっぱり言った。
「ボクは知ってる。ボクらは姉弟じゃない」
「何を……」
「ロッシュは生まれた時取り換えられたんだ。亡くなったリロイ王子がボクの本当の兄で、ロッシュは王家の第四王女だ」
リシュは、確信をもってそう言い切った。
王室の長女、ジュリア様の成人のお祝いの日、初めて王家の人を全員見た。リロイ王子はナッシュにそっくりだった。そして、ロッシュは王家の人々に、特に、色白で、長い黒髪のジュリア様にとてもよく似ていた。
「生まれた時、取り違えたっていうことはないの?」
自分の考えを話すと、母の表情は一変した。険しい目つきで「そんなこと、誰にも言うんじゃないよ」と激しく口止めした。
それで、二人は本当に取り換えられていて、母はそのことを知っているのだと、けれど、それを誰にも知られたくないのだと気づいた。
じゃあ、誰が取り替えた?
母が自分で? それともお妃さま?
ひょっとしたら、二人で共謀したかもしれない。
どれもこれもありそうで、それでいてありそうもない。
一つ確かなのは、ボクとロッシュとは姉弟じゃない。だから結婚できる。
大きくなったら、ロッシュをお嫁さんにもらおう。
リシュは、ずっとそう思ってきた。それは、今も変わらない。
今、改めてロッシュにその考えをぶつける。
ロッシュの表情の変化は母と同じで、ひょっとしたら彼女も知っていたのではと思われた。
ロッシュの震える声がする。
「なぜ……」
そのとき、小さな声が聞こえた。
「ナ・アド」
それは、サラナーンの言葉で、「認めるな」という意味だった。
「今、誰か何か言った?」
それには答えず、ロッシュはリシュをねめつけた。
「取り換えたって、誰が言ったの?」
「誰って、ボクの考えだけど……」
「証拠があるの?」
「証拠はないけど、考えてみれば分かるよ。リロイ王子はナッシュにそっくりだったし、ロッシュはジュリア様にとてもよく似ている」
「たったそれだけのことで、そんな重大なことを決めつけて良いの?」
リシュはぐっと息を呑み、黙った。
「私とリシュは姉弟。分かった?」
ロッシュが自分を拒んでいる。
リシュはうなずくしかなかった。




