(83)旅《平原の国》③
祭りが始まった。
広場には、続々と人が集まり、観客席を陣取って行く。
観客席はロープの一番外側で、二本のロープに挟まれた部分がトラック、内側の草地をフィールドと呼ぶそうだ。そのフィールドには、なぜか羊がたくさん放たれている。彼らは観客のざわめきを気にも留めず、のんびり草を食べている。
最初の種目は「射駆け」だ。
馬に乗って走りながら弓で的を射る競技で、トラックに沿って固定された高さの違う的を四つ射抜いた後、審判が投げ上げる陶器の的を一つ射壊し、命中した数を競う。ただし、制限時間があり、時間内にゴールできなければ失格になる。
観客席に近い直線部分だけを使うということで、的はすべてフィールド側に据えられ、見ている人に危険が無いよう配慮されている。
競技が始まってみると、どのチームの選手も次々的を射抜いて行く。
しかし、最後の的は別だった。投げられた的は、その都度違う高さ、違う位置に飛ぶので、見当をつけられない。今まで射壊したのは、アムドのチームの三人だけだ。
「あれ、絶対打ち合わせてるよ」
「決めつけちゃダメよ。それより、次は私たちよ」
ラサの言葉に、気を引き締める。
ところが、フォンの様子が変だ。
「フォン」
呼びかけると、はっとしたように振り向いた。
「ボーっとしてないで。もうすぐ、出番だよ」
何がおかしいのかフォンは微笑み、その緊張感のなさにため息が出る。
「次は、五連覇を目指すラサチームです」
司会者の呼び出しに、大きな歓声が沸く。
一人目はラサ。見事な走りで馬を駆けながら的を次々射抜いて行く。しかし、最後の的は高く投げられ、スピードのあるラサは落ちてくる前に通り過ぎてしまった。必然、振り返りながら矢を射る。それは、僅かに外れてしまった。
二人目はロッシュ。
「弓は初めてだし、スピードはほどほどにしておこう」
そう思って駆け出したが、やはり難しい。たいていの動きは見てすぐできるが、弓を引く力、放すタイミングがかみ合わない。
一の的は、弓が飛ばなかった。二の的は、僅かにそれた。三の的は、当たったものの勢いが足りず、射抜くことができなかった。そして、四の的で初めて射抜くことができた。が、時間切れ、失格になってゼロ点だ。
「もう少し早く走らせるべきだった」
悔やんでも遅い。
最後はフォンの番だ。
美しいフォームから放たれた矢は正確に的を射抜き、人々を感嘆させた。
最後の的が投げ上げられた。それは、明らかにフォンの背後を狙っていた。前から後ろに頭上を越えて行く陶器を目で追い、フォンは馬上で体を大きく反らせた。そして、後方上空を狙って矢を放つ。陶器はトラックに砕け散り、歓声が上がった。
しかし、ロッシュの失格が響いて、チームは最下位からの出発になった。
ラサが厳しい表情で告げる。
「最後の競技は、上位六チームしか出られないの」
「じゃあ、何としても次で点をかせがなきゃダメなんだね」
三人は顔を見合わせ、うなずきあった。
二つ目の種目は、『追駆け』。
フィールドに散らばった羊を、時間内に自分の陣地にたくさん追い込んだ方が勝ちになる。それぞれの陣はロープで囲われているが、一度入っても、また出て行けばポイントにはならない。最後まで、逃がさないことが大切だ。
羊たちは寄せ集められたもので、それぞれ飼い主の印がつけられている。自分の家の羊は一ポイントだが、他所の羊は二ポイントもらえる。
「羊の方も飼い主を覚えているからね。言うことを聞きやすいのよ」
「へーえ。面白いねぇ」
「面白くないわよ。一斉に取り合いになるんだから、もともと羊をたくさん出したチームが優勢なの」
そして、一番多く出しているのが、アムドのチームだった。
この競技でも、フォンが力を発揮した。
「彼、羊の気持ちが分かるのかしら」と、ラサに言わしめるほど、上手に羊を追い立てた。
ロッシュは、自陣に追い込んだ羊が他のチームに取られないよう、番をするだけで良かった。あとは、二人がどんどん連れて来る。
この種目では断トツのトップとなったが、合計では、まだアムドのチームに負けている。次でトップを取れなければ負けは確定だ。
「でも、取れば勝てるんだよね」
「そう、次の競技は高得点だから。でも、ただ早く走るだけのゲームじゃないの」
最後の『早駆け』は、リレーだと言う。
「これが、私たちのチームの印よ」
そう言って見せられたのは、真っ赤な木札だった。赤地に白でラサの名前が記され、青い石のついた細い紐が結ばれている。
「一人目は、これを持って走るの。一周したらスタートで待っている二人目に渡す。二人目は、これを受け取ったら走る」
「で、三人目がまた受け取って走るんだね」
ロッシュの言葉に、ラサは首を横に振った。
「二人目は、途中の櫓に張られたロープに、これを吊るすの。三人目は、それを回収するのよ」
「吊るすということは、結び付けるのか?」
フォンの問いにも、ラサは首を横に振った。
「それじゃあ、馬を止めなきゃいけないでしょ。走りながら投げて、引っ掛けるのよ」
「なるほど。石は、そのための重りか」
ラサはうなずく。
「印が地面に落ちたらやり直し。回収が失敗してもやり直しよ。紐は絡まってることが多いから、みんなナイフで切って回収してる」
例年は、ロカが一走で、ラサが二走、ツァンが三走だったらしい。
「吊るしはコツがいるから、今年も私が二番手を走るわ」
ロッシュはフォンと顔を見合わせた。
「ロッシュが最後を走ってくれないか」
何か考えがあるのか、フォンがそう言った。
「分かった。じゃあ、確認するけど、まず、ラサはフォンから印を受け取って走る」
ラサがうなずく。
「じゃあ、ラサが印を吊るしたら、私はいつスタートするの?」
「簡単よ。掌を合わせるの」
そう言ってタッチした。
「じゃあ、もう一つ。回収し損ねた時のやり直しって、どうするの?」
「フィールドを通って戻るの。好きなだけ戻って、トラックに入ってやり直しよ。そうそう、ナイフは持ってるかしら」
「もちろん」
ロッシュのナイフを確認すると、ラサは付け加えた。
「言い忘れたけど、印を間違えたら失格だからね。まあ、木札の色はみんな違うから大丈夫だと思うけど」
それから、他にもいくつかの打ち合わせをした。
最後の種目が始まった。
上位六チームが紹介され、フィールドに待機する。
第一走者が横一列に並び、銅鑼の音で一斉に走り出した。
フォンは少し出遅れたが、すぐ追いついてトップに立った。
「本当に、美しい走りね」
ラサは感嘆の声を上げると、トラックに入った。
フォンは、見事なコーナリングで後続をぐんぐん離し、ラサに向かって来る。ラサは、フォンを待たずゆっくり走り始めた。打合せ通りだ。馬が並ぶ直前、フォンが印を持った左手を伸ばす。それをラサの右手がしっかりつかむ。「はっ」という掛け声とともに、馬はスピードを上げた。歓声が沸く。フォンの馬は速度を緩めると、ロッシュのところに戻って来た。
「お疲れ」
声はかけるが、目はラサを追っている。
やがて、のんびり草を食む羊の向こうで、ラサが印を投げるのが見えた。上手くかかったようで、そのまま走り抜けている。
ロッシュはトラックに入ると、ラサがしたようにゆっくり走り始めた。すぐにラサが並走する。伸ばした右手の手のひらに、ラサの左手がタッチする。
ロッシュはスピードを上げた。
カーブを曲がり、直線に入る。トラックの両側に建てられた櫓にロープが張られ、そこに色とりどりの木札がぶら下がっている。黒、緑、青、白、黄、赤、赤。
赤が二枚? 二枚の白い文字は形が違う。でも、読めない。
「えー! どっち?」
思わず叫ぶ。
胸元から答えがあった。
「青い石」
目を凝らす。
右の石が青で、左は黒だ。
スピードを落とし、右手でナイフを持つ。両手を上げ、左手で木札をつかもうとしたその時、木札が左に動いた。
誰かがロープを引っ張ったのだろう。右の黄色い札が手元に来て、思わずそれをつかんでしまった。ナイフが紐を切ってしまう。
瞬間、左手を離し、指先で円を作った。
「リ・ロッシュ」
落ちかけた木札が、またぶら下がる。
手綱を引くと向きを変え、ロープを跳び越しフィールドに入る。
少し戻ってトラックに入ろうとしたが、馬がどんどん駆けてくる。仕方なくもう少し戻り、一番後ろにつけた。
(みんないるし、もうあんなことは出来ないだろう)
そう思った。
ところが、先頭のアムドが札を切り取って走り抜けると、ロープの位置がするすると少しずつ上がり始めた。二番手が手を伸ばす、三番手は腰を浮かした。
五番手を追い越したロッシュは、鐙をぐっと踏みつけ立ち上がろうとした。その時、少し前を走っていた四番手が、同じように立ち上がろうとし、バランスを崩して落馬した。
目の前に転がった少年を避けようと、ロッシュは立ち上がったまま手綱を操り、馬を飛ばせた。同時に、自分も馬の背を蹴りジャンプした。右手で木札をつかみ、左手でロープを押し下げる。鉄棒で大車輪をするように、体を一回転させロープを越える。絡んでいた紐は巻き戻され、青い石がするりとロープから離れる。
少年を跳び越した馬が着地する。その背に爪先が触れる。そのまますとんと鞍に座り、手綱を持ち直すと、何事もなかったかのように馬を走らせた。
ぐんぐんスピードを上げる。カーブで一人抜き、二人抜き、最後の直線で三人目に並ぶ。ところが、三人目が邪魔するように馬を寄せてきた。
(こいつ、アムドとグルだな)
そんな奴に容赦は不要。逆に体当たりして吹っ飛ばす。そのまま一気にスピードを上げ、ゴール目前、アムドに追いついた。
歓声が沸き上がる。
首の差で、ロッシュの馬が先にゴールした。
「こんなのは無効だ。お前は他の馬に体当たりしたじゃないか」
アムドが声を張り上げる。
「あっちが先に当たって来たんだ。それより、偽物の木札をぶら下げたり、ロープを引き上げたりの妨害はどうなるんだ」
「そんなこと、俺は知らない」
「嘘をつくな」
「証拠でもあるのか」
ぐっと息を呑む。やった奴らが本当のことを証言してくれるわけはない。他の競技者も彼には逆らえないようだ。
その時、観客の向こうから声が響いた。
「じゃあ、俺にしたことはどうなるんだ」
「ツァン」
ラサが、声の方に駆け出した。




