(8)処刑③
ラウルは槍を持ったまま槍男の馬にまたがると、ヴィットと二人、アトワンのもとへ走らせた。
皇帝が、また問う。
「あの者たちは平民と聞いていたが、馬に乗れるのだな」
「はあ。それも誤算でした」
「馬の上では剣は扱いづらい、ということはないのか」
皇帝は、実戦経験がない。それは、執政官も同じだった。
「さて、どうでしょうか」
「おっ、馬で取り囲もうとするか。さっきの逆だな」
「おやおや、逃げ出しましたよ」
甲冑の剣士は囲まれまいと馬を走らせる。それを、ラウルが追いかける。
一方、ヴィットは、アトワンに向けて走る。
アトワンにしてみると、対戦相手に置いてきぼりを食らい戸惑っていた。
そこへ、ヴィットの馬が駆けてくる。
「兄さん」と伸ばされた手をがっしと捕まえ、ヴィットの後ろに飛び乗った。
「じゃ、オレ、降りるわ」
「えっ」
聞き返す間もなく、ヴィットは馬から飛び降りていた。
(全く、あいつの運動能力ときたら、……)
ぐっと手綱を引き絞る。馬の足が速くなる。
三頭の馬が競技場をぐるっと回る形で走り抜ける。まるで競馬だ。
ラウルが前の馬に距離を詰めようとしたとき、甲冑の剣士はふいっと進路を変えた。
「おいおいおい」
対応できず、ラウルは行きすぎる。しかし、後から来たアトワンはその手に乗らず、横から攻める方向に馬の鼻先を向けた。
それを確認するように、甲冑がわずかに振り返る。そして、馬を止めた。
甲冑の剣士が馬を下り、アトワンに刃を向けた。
アトワンも馬を止めると、飛び降り、それに対峙した。
しばらく睨み合っていたが、甲冑が先に動いた。アトワンがそれを受ける。
二合、三合、どちらも引かない。
ラウルは馬を下り、審判員のように槍を手に試合を見守った。ヴィットも駆けてきて、隣に並び立つ。
「互角だね」
感心したようなヴィットの物言いに、ラウルは不満そうに答える。
「かすり傷一つで、アトワンの負けだがな」
「そっだ。そうだった……」
ヴィットの表情から柔らかさが消え、唇が真一文字に引き締められた。
アトワンは、攻めあぐねていた。
(どこを狙う?)
目にせよ継ぎ目にせよ、一撃で致命傷を負わせるのは無理だ。上手く切り込めたとしても、それは接近を意味する。引く際、相手の刃に振れたら終わりだ。
(とすれば、右腕か)
うまく逃げて、第二派、第三派と切り込むだけの技量が自分にあるだろうか?
太陽がじりじり照り付ける。
(こうなれば、持久戦か)
きっと、甲冑は暑いだろう。動きが鈍くなってきている。
(よし)
そう心に決めたときだった。
アトワンの剣が折れ飛んだ。
皇帝がうれしそうに声を上げた。
「やはり、武具の手入れを怠ってはいかぬなあ」
「おっしゃる通りで」
「さあ、どうするかな」
甲冑が切り込んでくる。アトワンは柄を握りしめ、防御態勢に入った。その目の前に何か飛んできた。双方、反射的に一歩引く。
槍が、穂先を地面に突き立て揺れている。
「それ使え」
ラウルが腕を戻しながら叫ぶ。
「よし!」
そこからは早かった。
槍の方がリーチが長い。そして、アトワンの突きは正確だ。まず、右肩、そして左肩、そして、……。
アトワンが動きを止めた。
「そうだ……、毒槍だった」
甲冑の男が膝をつく。四つ這いになり、そのまま地に伏し、もだえ、息絶えた。
群衆がうねった。
「おおい! 勝っちまったぞ」
ものすごい騒ぎの中、三人は抱きあい、握手し、喜びを分かち合った。
小一時間は待っただろうか。
ようやく皇帝が現れた。
「三人とも、見事であった」
満面の笑みで称えられ、ラウルは照れて頭をかいた。
しかし、アトワンは表情を緩めない。一方、ヴィットは興味深げに周りを観察している。
「勝者が正しい。よって、その方たちの命は保証された」
皇帝の言葉に、アトワンが聞き返す。
「解放ではないのですか」
「孤児を集め、教育を施していたそうだな」
「はあ、確かに」
「そこで、どんなことを教えていたのだ」
「読み書きと計算ですが」
「馬術や剣術も教えたのではないか」
「教えると言うほどのことは、……」
「教えたのだろう」
「馬に乗りたいと言うので、後ろに乗せてあげたことはありますが、……」
「反逆者を育てるために?」
「違います。子供の可能性を広げるためです」
質問の意図を理解し、アトワンはぞっとした。
(皇帝は、私たちを解放するつもりはないのだ)
何としても罪に陥れる、そのための質問。
(なぜ、ここまで執拗に?)
「なぜ、と思っておるだろう」
ねっとりとした口調に、背筋が震える。
「単に、世が小心者なだけじゃ。気にするな。命の保証はする」
皇帝が言葉を止める。次に何を言うのか、ぞわぞわと恐怖がせりあがって来る。
「お前たちには三つの選択肢がある」
「一つ目は、ガレー船の漕ぎ手として一生を終える」
間髪おかず、ラウルとヴィットが叫んだ。
「な、何だって」
「それじゃ、奴隷じゃないか」
皇帝は、ゆっくりうなずく。
「鎖に繋がれてはいるが、食事と睡眠は与えられる。寿命が尽きるまで舟をこぎ続ける。そう、命は保証される」
「さぞかし、短い寿命になるだろう」
アトワンが吐き捨てる。
「二つ目は、闘士になる」
「はあ? 闘士?」
「つまり、戦え、てこと?」
「そう。今日の試合を見て思ったよ。君たちはスターになれる。ああ、目に浮かぶよ。剣や槍で敵を倒す君たちの姿が。ああ、ヴィット君? 君には弓の練習が必要だが」
「それって、自由は保障されるの?」
「されない」
「じゃあ、……」
言葉を遮り、皇帝は語り始めた。
「いいかい。試合は毎日あるわけではない。普段は鍛錬に努めてもらわねばならぬ。食事は栄養のある物が供される。休養も十分とれる。足に重りを着けられるだけで、考えようによっては自由な日々だ。命は保証される」
「試合に負けるまではな」
アトワンが混ぜっ返す。
「で、三つめは?」
ラウルが聞いた。
皇帝は、急に表情を変えた。
「三つめは、命も自由も保証される。ただし、……」