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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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78/107

(78)旅《山岳の国》③

 久しぶりにベッドで眠ったせいか、体が軽い。

(それにしても、不思議な体験だったな)


 リシュは、フォンの背中で揺られた感覚を思い出していた。

 背負われていたはずなのに、抱かれているような、否、揺りかごに寝かされているような、そんな感じだった。その揺れが眠りを誘い、気づいたときは朝だった。その間の記憶は全くない。さらに、体の不調も、嘘のように消えていた。

 とは言え、無理はしない方が良いだろう。楽な道を進むことにする。


 フォンの言葉通り、山賊に出くわすことも無く一つ目の峠を越える。

 次の国にたどり着くには、あと三つ、山を越さねばならない。

 順調に二つ目を越え、三つ目の峠まで登りきる。そこで道をそれ、尾根伝いに山頂を目指した。


「ねぇ。どうしてこんな道を行くの?」

「山頂に、テントを張れる場所があると聞いたから」

「テント? まだ日があるのに、進まないの?」

「ダメダメ。こんな時だからこそ、きちんとしたいんだ」

「何を?」

「忘れた? 明日は新年だよ」

「えっ! もう?」

 ロッシュは指を折って数え始めた。本当に計算が苦手な人だ。


 どこの国でもそうだろうが、パースでも新年は最も大切な日とされていた。

 なぜ、建国祭より大切なのか、幼い頃は疑問に思っていたが、アトワンの手記のお陰で解決した。

 そして、リシュにとっても、その日は最も大切な日だった。


「ほう。すごい御馳走だね」

 フォンでさえ目を丸くした。とうぜん、ロッシュも驚いている。

「うん。リシュって、料理ができたんだ」

「軍にいれば、必要ですからね。フォンのお口に合えばいいのですが」

 彼はロッシュの料理が好きなのだ。これくらいの嫌味は許されるだろう。


 全天で一番明るい星、セイリオが天頂に来た。パースの新年が始まる。

「ロッシュ。誕生日おめでとう。この料理が、ボクからのプレゼントです。しっかり食べてね」

「わあ。ありがとう。では、さっそく」

 ロッシュの手が、木の実をふんだんに使った蒸しパンをつかむ。一口食べて「美味い」と顔をほころばせる。

「十七年生きてきて、最高のプレゼントだよ」

 思わず苦笑する。

「ロッシュ。まだ若いんだから、そんなに鯖を読まなくても」

「別に読んでなんかないよ。私は正直者だからね」

 そう言って、今度は、イモとソーセージのスープを口に含んでいる。

 本当に、子供みたいだ。そう、まるで子供……。


(まさか……)


「ロッシュ。それが本当だとしたら、ボクは、幾つ?」

 ハッと振り向いた、ロッシュの顔が強張っている。

 静かに問い直す。

「ロッシュは、本当は幾つ?」


 ロッシュが、はぁーと大きく息をついた。

「ごめん。隠してて。向こうの世界はこちらと時間の流れが違ってて、私はまだ十七なんだ」

 まさかが事実になって、今度はリシュは硬直した。

「違うって……。じゃあ、こちらの十年は、向こうでたった一年?」

「まあ、今回は」

「今回? じゃあ、次回は?」

「門が無くなったから次回はないよ。昔はね、こちらの二年が向こうの一年だったらしいけど、いろいろあって狂っちゃったのよね」


 リシュもはぁーと息をついた。

「道理で成長してないと思ったよ。まあ、ロッシュだからこんなものなのかとも思ったけど」

「こんなものって、どんなものだよ」

「そんなものだよ」

「ああ、また弟にバカにされてしまった」

「弟? 逆転したから兄じゃないのか?」

 珍しく、フォンが声を立てて笑った。

「フォンまで、ひどいよ」

 ロッシュは、憂さを晴らそうとするように、干し肉をかみちぎった。


 夜通し飲み食いして、日の出を迎える。

「こんなきれいな日の出、初めて見るね」

「うん」


 パースの日の出は砂の地平からだった。

 けれど、ここでは、眼下に広がる雲海から太陽が顔を出す。

 身長だけでなく年齢まで追い越してしまった。その衝撃が喜びに変わっていく。

 そして、その喜びを、新たな決意に変える。

(ボクは、ロッシュを一生守る)



 少し仮眠を取り、一行は下山した。

 その途中、急にフォンが空を仰いだ。

「鷹が帰って来る」


 見上げた空には何もなかった。

 しかし、フォンは断言する。

「もうすぐだ」

 果たして、空に点が見えた。ぐんぐんそれは大きくなる。


 指笛を鳴らすまでも無く、アビィは舞い降りてきた。まるで、自分たちがいる場所を知っていたかのようだった。

「もしかして、フォンが教えてくれたのかい?」

 フォンに聞こえるように、アビィに問いかける。

 もちろん、答えはない。しかし、ちらっと見たフォンの口角は、普段より上がっていた。


 足に括りつけたネズミには、ナッシュからの返信が入っていた。

『みんな元気だ。ロッシュに会えるのを楽しみしているよ』

 ロッシュが満面の笑みをたたえる。

「ナッシュからの誕生日プレゼントだね」

「早くみんなに会いたいよぉ」


 そこで、初めて気づいた。


(ラシード様からの返信がない)


 ハリーは、ラシードが待っているサルヴァーンの港町に向かった。ラクダでも三週間あれば十分着ける。サバクワタリのスピードは倍以上だから、本来なら、自分たちがガッチャミーの最初のオアシス、ヴィノに到着したころ返信があっても良かったのだ。


 この事実を、どう捉えればよいのか。


 ①ハリーはラシード様に会えなかった。

 ②ハリーはラシード様に会えたが、ラシード様が返信を書かなかった。

 ③ハリーはラシード様の返信を持って帰る途中である。

 ④ハリーは命を失った。


 ①の場合、ラシード様がボクを待たずに旅立っていたということ。それは、今までの経験から有り得なかった。

 ②の場合、返信を書かないことはあったが、その場合でも、ハリーは空のネズミを持ちかえって来た。

 ③の場合、ハリーはどこかで迷子になっているということだ。確かに、ここはボクにとって初めての場所だ。けれど、ハリーにとってはそうでないはずだ。もっとも、彼らがボクをどうやって見つけているのかは、今まで考えたことがなかったから、迷子は有り得るかもしれない。


 しかし、一番ありそうなのが④だった。


 サバクワタリは、鳥の中では最も強いと言われている。けれど、彼らより強い動物はいくらでもいる。人間もそうだ。


「まさか、ラシード様……」


 突然、ロッシュが言った。

「もしかして、リシュの好きな人って、ラシード様なの?」

「はぁ?」

「だって、今、すごく深刻な顔をして名前呼んでたじゃない。それに、リシュが他人のことを夢中に語ったり褒めたりなんて、私の知る限りなかったよ」

 リシュは、頭を抱えてため息をついた。

「実は、仲間受けが良くない理由の一つがそれだ」


「やっぱりそうなの?」

「違うよ。ただ、ラシード様はボクに好き勝手させてくれるし、ボクも小さい頃はそれに甘えてたから、周りがやっかんでそんな噂を立てるんだよ。まあ、一番の理由は、ボクが生意気だったってことなんだけどね。今は気を付けてるけど」

「じゃあ、違うんだ」

「違うよ。第一、ホラサーンでは、同性愛は極刑だ。本当だったら、もう命はないよ」

「嘘でしょ。なんでそんな」

 パースの民は性におおらかで、同性愛に目くじらを立てる人などいなかった。ロッシュの驚きは、もっともだ。


「宗教上の理由だよ。ホラサーンの信仰するカラマ神の教えに反するそうだ」

「宗教かぁ。そういや、パースに神様はいなかったね。なぜだろう」

「多分、建国した人々が、神を信じてなかったからだよ。彼らは帝国のやり方を嫌悪していたから、それを正当化するために使われていた宗教にも反発したんだろうね」


 ロッシュが目を丸くしてリシュを見る。

「相変わらず博識だね。そんなこと、誰から学んだの?」

「ほら、前に言ったアトワンの手記、あれに書いてあったよ」


 パースには信仰というものはなかったが、それに代わる道徳があった。年長者を敬うことや礼儀正しく正直であること等、厳しくしつけられる。

 そして、同性愛もそうだが、あらゆる点で、とにかく寛容だった。それは、いろんな人の出入りするオアシス都市として、自分たちを守るものだったのだろう。


 けれど、滅んでしまった。


 神がいたら、護ってもらえたのだろうか?


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