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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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73/107

(73)旅《砂漠の国》③

 リシュは、眠れぬ夜を過ごしていた。

 奥のベッドからは、ロッシュの寝息が聞こえてくる。昔から、どんな時でもどんな場所でも、ロッシュはすぐ寝入る。


(変わらないなあ)

 そう思うと、自然に頬が緩む。


 今日一日で分かったのは、この街は遠からず消滅するだろうということだった。


 とにかく、若者の姿が少ない。


 浴場で一緒になった老人に問うと、働く場所がないからだと言った。

 その老人は、小作人として農業を営んでいると言う。

「サルヴァーンをやっつけるっちゅうてホラサーンの軍がやってきてな、何年逗留しちょったかのう。その間、宿屋が繁盛して、うちの息子も畑をつぶして宿を建てたのさ。嫁さんが料理上手で、そりゃあ、繁盛しちゃよ。それがの、戦が終わって軍が行っちまったら、客がだーれも来ない。気づいたら借金じゃけ残って、土地を手放したよ。息子は嫁さんと孫を連れてヨギンドラへ行っちまって、わしは一人でその日暮らしさ。そういう年寄りはこの街に他にも大勢いるよ」


 別の老人が、横から口をはさんだ。

「そのヨギンドラも、水利の工事で借金まみれと聞くぞ」

 初めの老人が言い返す。

「それでも、ここよりはましじゃろ。ヨギンドラの真似して水路を造ったら、できる前に金がなくなった。作りかけの水路なんか、何の役にも立たん。農地が減っただけじゃ」

「借金がないだけ、こっちの方がましじゃろ」


 二人の言い争いを聞いていると気が滅入って、早々に湯を出た。


 軍の侵攻に伴う宿の建設と、敵襲に備えた外郭の建造。

 事業は雇用を生み、街は活気づいただろう。

 けれど、農地は減少し、食料不足に陥ったはずだ。

 そこで、農地を広げるため、水路を建設した。借金をして。

 間もなく戦が終わり、軍隊は去る。客が消え、宿は潰れる。

 空き家が増えて、治安は悪くなる。若者は、仕事を求めて街を出る。

 路地裏の娼館だけが元気で、その分、女性が売られているのだろう。

 水路は未完成。借金だけが残り、返済のため綿花を栽培する。

 ますます食料の生産量が減少し、足りない分は輸入する。


『その結果、どうなる?』

 マルコの声が蘇る。

 自分は、何と答えた?


『属国』


 ホラサーンがしたことの結果がこれだ。いや、彼の国は、こうなることが分かっていて仕掛けてきたに違いない。ガッチャミーを自分の支配下に置くために。


 ボクは、今まで何を見てきたのだろう?


 一度、ラシードに連れられてヴィクラを訪れたことがある。水利の整った、美しい街だった。戦が終わってすぐだったが、街の人々は皆、軍を歓迎してくれた。


 でも、あの時、ボクは表通りしか見ていなかった。裏路地に入れば、ここと同じ景色が見られたのかもしれない。


 それでも、マルコが正しかったとは思えない。

 認めたくない。父のために、自分のために。



 唐突に、ラシードの腹心、カシムの声が蘇った。


「リシュ君は、どうして復讐しようと思ったの?」

「どうしてって、親を殺されたらそうするものではないのですか?」


 指輪が失われていなかった頃のパースは、かなり治安が良かった。旅人が多かったので、ケンカやいざこざ、盗難騒ぎは毎日のようにあったが、殺しに関してはほとんどなかった。あっても犯人が捕まらないということがなかったし、裁判も公平だった。

 それなのに、リシュの父親は殺され、犯人は見つからなかった。 

 だからかもしれない。それならボクがと思ってしまったのは。

 それに、あの時は国も騒然としていた。ジャコモが殺される現場を見たことによる興奮もあったかもしれない。


 そんなことを、カシムに話した。

 すると、彼はまた、問うてきた。


「昔の知り合いの話だけど、両親を殺された少年がいて、君と同じように復讐したんだ。でもね、復讐された夫妻にも子供がいて、でも、その少女は自分の両親を殺した少年を愛していて、復讐心との板挟みに苦しんでいた。リシュ君がその少女なら、どうする? やはり、少年を殺すかな? それとも、少年との愛を守るのかな?」


 内容があまりにも乙女チックだったので、初めは気軽に返答した。


「ボクは、まだ人を好きになったことがないからよく分からないけど、ボクがその少女なら、やっぱり復讐するかなあ。ああ、でも、そう考えれば復讐って、キリがないんですね。マルコさんには子供がいなかったからボクは復讐されなかったけど、……。マルコさんは国を取り戻すために戦うって言ってたけど、それも考えれば復讐の一つですよね。じゃあ、戦なんて、復讐の連鎖になってしまう……。だから、ラシード様は、徹底的に殺しつくすまで手を緩めないのかな。二度と復讐されないように」


 答えているうちに考えがどんどん広がって、リシュにしては、かなり悩んだ記憶がある。


「じゃあ、リシュ君は、もし、ラシード様が君の家族を傷つけたら、やっぱり復讐するのかい?」

「難しい質問ですね。でも、やっぱり、するだろうなあ。成功するとは思えないけど」

「確かに」


 カシムはそう言って笑ったが、うつむいた顔は真剣だった。


(もしかしたら、さっきの話は自分のことだろうか)

 そんな興味に駆られて、聞いてみた。

「それで、少女は結局どうしたのですか?」


「復讐はしなかった。まあ、彼女にはそれだけの勇気もなかったしね。でも、その少年とも距離を置くようになったよ」

 そこで、かまをかけてみた。

「じゃあ、カシムさんはフラれちゃったんですか?」


 カシムは大笑いした。それこそ、何の陰りも無く。

「僕のことじゃないよ。知り合いの話だよ」



(あのとき、ボクは少年がカシムさんだと思ったけど、もしかしたら逆で、少女がカシムさんだったかもしれない)

 では、少年は誰か?


 リシュは、カシムの過去を知らない。ただ、ラシードと同郷だという噂を耳にしたことがある。ならば、二人もまた、国を失くした人かもしれない。とすると、少年はサルヴァーンだろうか。帝国を滅ぼすことが、二人の復讐だったのだろうか。

 それとも、他に恨む相手がいて、ここで機会を狙っているのかもしれない。


 この国でも、いつかまた、ホラサーンに復讐しようと立ち上がる人が出てくるかもしれない。マルコのように。


 復讐の連鎖に巻き込まれて……。


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