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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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72/107

(72)旅《砂漠の国》②

 最初の一人は、ロッシュの腹に馬乗りになり、両手で肩を押さえ込んでいる。二人目は、倒れたロッシュの膝に乗り、足首をつかんでいる。そして、二人の肩越しに、亭主がロープを手にしているのが見えた。


「これは、上物だな」

「ああ、高く売れるぞ」

「連れの男は金がありそうだったから、身代金を取る方が儲かるかもな」

 亭主は、口だけでなく手も動かしているようだ。足首がロープで縛られた。


「その前に、やっちゃっていいかな」

 馬乗りになった男が、両腕を押さえたまま、顔を近づけて来る。臭い息が鼻を突く。思わず顔をしかめ、横を向く。

「嫌がる顔も可愛いねぇ」

 そう言って今度は、腹の上に腰を押し付け、それを上下に動かす。固くなったものが腹部をこすり、鳥肌が立つのを感じた。


「こらこら。商品に手を出すなよ」

 亭主の声が頭の方に移動した。手首が縛られ、さるぐつわをかませられる。

 ふわっと体が担ぎ上げられ、荷物の傍にどさっと下ろされた。

 亭主は出て行ったが、男たちはリシュが帰って来るまで居座るようだ。


 風呂に入った時外した日本刀が、荷物の陰にあるのを横目で確認する。

 後ろ手に縛られずこれ幸いと、体を起こす。もぞもぞ動いて刀に近寄ると、座り直す。


「ホントに旨そうだよなあ。やっちゃってもバレないだろう」

「それにしても、この女、叫びも抵抗もしなかったな」

「ホントは俺たちとやりたいんじゃないの?」


 もちろん、そうではなかった。


 今、ロッシュは両膝を立てて座り込んでいる。ひざをわずかに広げ、縛られた両手をその間に挟み込むように垂らしている。顔は男たちに向け、油断なくその動きを見つめている。手首が見えないように、背は少し丸めている。そして、一生懸命小さなナイフでロープを切っているカボが見つからないように。


「やっぱり、我慢できない」

 男がそう叫んで、ロッシュに一歩踏み出した時、ぱたっと、手首のロープが落ちた。

 自由になった手を伸ばし、鞘をつかんで刀を引き寄せる。


「ややや? どうやって」

 腹の底からうなるように声を上げ、それに答える。

「女と思って甘く見たそっちが悪い。今流行りの噂を知らないのかい?」

「噂?」

「知らなきゃ教えてあげるよ。私が白髪の魔女だ」

「魔女ぉ? そんなもの知るかぁ」


 男がとびかかって来る。両手で鞘を握り、その腹に突きを入れる。男の勢いに体重も加わって、鞘は深く突き刺さる。男は、ぐえぇとうめきながら床に転がった。二人目は、それを見て一瞬ひるんだものの、「この野郎」と椅子を振り上げロッシュに投げつけた。それを、横転してかわす。そこへ、もう一つの椅子が飛んで来る。すんでにかわすが、そこは部屋の隅だった。右手は壁、左手には椅子が転がっている。

「もう、逃げられないぜ」

 嬉しそうに椅子をつかむ男の背後で、一人目が腹を押さえながら立ち上がるのが見える。

 しかし、ロッシュは落ち着いて刀を抜いた。白刃がきらめき、椅子の男が足を止める。その隙に両足を振り上げ足首の縄を切り落とすと、振り下ろす勢いで跳ね起きる。間髪入れず、泡を食って立ちすくむ男に突っ込む。男が慌てたように椅子を突き出す。手前でジャンプし、椅子を踏み台にさらに高く飛ぶ。同時に、右斜め下から男の首筋を切り上げ、その頭を跳び越す。そのまま刃を返し、立ち上がりかけた一人目を頭上から切り落とす。

 ロッシュが着地して身を沈めた直後、背後で椅子の落ちる音が聞こえた。それを合図としたように、二人の男が崩れ落ちた。


 あっという間に血の海になった床を眺め、「どうしよう。リシュが何と言うか」と要らぬ心配をする。


 思案する間もなく、荒い足音と話し声が近づいて来た。

「姉に何があったのか、はっきり言ってください」

 リシュが厳しい口調で問い詰めている。

「まあまあ、見れば分かりますから」

 対する亭主の声はのんびりしたもんだ。

 仕方ない。こっちものんびり応答しよう。ロッシュは気持ちを整えると、ドアの横に身を寄せた。


 ノックも無く、ドアが開く。

「さあ、ご覧あれ」

 亭主に背中を押され、リシュが先に入って来た。その足が止まる。

「これは!」

 驚いた声に、亭主が「そういうことですよ」と続いて足を踏み入れ、後ろ手でドアを閉めた。次に顔を上げ、変な声を上げた。

「ひょえ?」

 亭主は後退り、ドアにぶつかった。手をバタバタ動かしてドアのハンドルを探している。その腕をがっしと捕まえる。


「逃げようってのかい?」

「ひ、ひぇぇー」

「ロッシュ、これは一体……」

「見ての通りさ。こいつら、リシュがいなくなったとたん押し入って来て、私を縛り上げたんだ。リシュから身代金を踏んだくるか私を売り飛ばすかって相談しながらね。だから、ついやっちゃった、という訳で……」

 最後は小声で、リシュの顔色を伺う。

 リシュはものすごい目で亭主を睨みつけている。


「警吏に突き出そう」

「殺しちゃう方が世のためじゃないかな」

「ひえぇ」

「殺しはダメだ。裁きを受けさせるべきだ」

「こいつ一人突き出しても変わらないと思うし、大騒ぎになるのは嫌だなあ。だって、私、二人殺しちゃったし」


「じゃあ、どうしようって言うんだ?」

「うん。お互い悪いことは黙って見逃そうよ。ね?」

 亭主が狂ったように頭を振って肯定する。

「でも、こいつ信用できないかもしれないね。やっぱり殺そうか」

「ひえぇ。ご勘弁を」

 リシュが大きくため息をついた。

「今夜は縛り上げておこう。明日、警吏に突き出して、そのままここを離れる」

「ああ、それが良い。さすがリシュだね」


 早速、亭主を残りのロープで縛り上げる。

「この部屋には泊まれないね。別の部屋を借りよう」

 ロッシュは亭主の懐を探り、鍵束を取り出した。

「空いてる部屋はどこ?」

「む、向かいが空いてます」

「じゃあ、私らは引っ越すから、あんたはこの部屋で過ごしてね」

「勘弁してください。こんな、死体と一緒に……」

「仲間じゃないの」

「でも……」

 亭主は涙ぐんでいる。

 ロッシュは容赦なくさるぐつわをかませながら、言い聞かせるように言った。

「じゃあ、よく眠れるようにしてあげる」

 それから、鳩尾に拳をたたき込んだ。


 伸びてしまった亭主を後に、荷物を運び出すと向かいの部屋に移る。血まみれの部屋は、もちろん鍵をかけておいた。


 リシュが暗い顔をしている。

 ロッシュは、返り血を浴びた服を着替えながら言った。

「あんまり思いつめない方が良いよ」


「ロッシュは、簡単に人を殺すんだね」

「うん。向こうで殺されかけてからはね」

「殺されかけた?」

「本当に、死んだと思ったよ。フォンが助けてくれなかったら、きっと死んでた」

「ああ、そうなんだ。だからか……」

「それに、ものすごく優秀な医者がいてね。その人が治療してくれたから回復したけど、彼がいなかったら元通りの体にはならなかったよ」

「……」


「その時から、自分に向かってくる敵は反射的に切り殺しちゃうんだ」

 それから、大岩の前で盗賊を切り殺したこと、逃がしてやった一人が「白髪の魔女」の噂を立てていることを話した。

「だからさ、あそこであいつを殺していれば、今頃、治安の良い宿に泊まれてたはずなんだ。そう思うと、やっぱり殺しておくべきだったって、今思ってる」

「……」


「ごめんね。こんな姉ちゃんになっちゃって。嫌気がさしたら言ってよね。寂しいけど、さよならするから」

「さよなら?」

「だってさ、嫌だろう?」

「ボクは、ロッシュを嫌だなんて思わない。ただ、自分がもっと気をつけるべきだったって、後悔してるけど」

「無理しなくてもいいんだよ」

「無理はしていない。ボクだって軍人なんだよ。戦で幾人も殺してきた」


 リシュは、立ち上がると、ロッシュの隣に座り込んだ。

「ボクがロッシュを守るよ。もう、殺しをしなくても良いように」


「ありがとう」

 そう言ったものの、心の中でつぶやいた。

(きっと私の方が強いから。何かあったら守ってあげるね)


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