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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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71/106

(71)旅《砂漠の国》①

 遠くに、外郭が見えてきた。


「もっとにぎやかだと思ってたのに……」

 ロッシュが思わずそう声を上げたほど、入国待ちの人は少なかった。


「今は船便が主だからね」

「にしても、昔はもっとキャラバンが多かったよね」

「昔は、サルヴァーンの帝都に物資が運び込まれたからね。でも、今は帝都より北にある、リイナという港町の方が栄えているんだ。そちらはガッチャミーのほぼ真東で、ヴィクラというオアシスの方が近いから、キャラバンのルートもそちらに移動したんだろう」


「ちょっと待って。ガッチャミーって、ここだけじゃないの?」

「え? 知らないの? ガッチャミーは五つのオアシス都市を中心にまとまった国だよ。まあ、井戸のようなオアシスも含めたら、二、三十は町があるかな」

「知らない。初めて聞いた」

 リシュはため息をついた。

「子供の時、習ったはずだよ」

 ロッシュはリシュを憐れむように見つめた。

「リシュこそ忘れたの? 私がきちんと勉強していた日があったかしら?」


 リシュは大きく息をつくと、ラクダを降りた。

 それから、荷物から紙とペンを取り出すと、それを前に目を閉じた。

「リシュ?」

 問いかけると、「黙って」と、何か考えている。


 三十秒ほどそうしていただろうか。

 パチッと目を開けると、ペンでさらさらと描き始める。二、三分で、美しい地図が出来上がった。


「これが、ガッチャミー?」

「そう。以前ラシード様に見せてもらったことがあったから、思い出してみた」

「それ、何回見たの?」

「一回だけど、十分だろう?」

「やっぱり、私の脳みそは全部リシュに持ってかれたんだ」

「そんなことは起こり得ないよ」

 リシュは笑ったが、その笑顔さえ恨めしい。


 地図によると、ガッチャミーは国土のほとんどが沙漠で、パースはその沙漠の南東に位置している。北、西、南の三方を山に囲まれ、特に、北から西に連なる山脈は、その頂に夏でも雪を抱くほど険しく、人の訪れを拒んでいる。そのため、キャラバンは、東にあるサルヴァーンへ交流を求めて旅したと言われている。

 一方、春になると、雪解け水が枯れ川に流れ込み、沙漠に水と肥沃な土を与えてくれた。川は夏を待たずに枯れてしまうが、一年を通して大地に滲みていく水は、長大な地下水脈となり、ところどころでオアシスとして地上に顔を出している。

 その中で最大のものが、ヨギンドラと呼ばれる王都だ。オアシスは楕円を少し曲げたような形をしているが、面積はパースより広いという。


「こうしてみると、オアシスって並んでるんだね」

「地下水脈や枯れ川に沿っているからね」

「パースもその一部だって、よく分かるね」

「そうだね」


「今いるところは、ここ。ヴィノというオアシスで、帝都に一番近い。もちろん、パースにもね。そして、王都、ヨギンドラは、ここ」

 そう言って、もっと北西よりを指さした。

「そして、その背後の山が、ナライン。修行僧の国だよ」

「おお。そこに行ってみたいねえ」

「もちろん通るよ。そこを越え、平原の国ファラスを通り抜けたところがホラサーンだからね」

「結構遠いね」

「だから、船を勧めたんだよ」

「でも、遠い方が楽しいよね。さあ、その地図に新たな情報を書き込みに行こう」

 リシュは「はいはい」と地図をたたむと、ラクダを引いて門に向かった。


 三人の番が来た。リシュが手帳のようなものを取り出す。門を守る兵士がそれを改め、深々と礼をした。ロッシュとフォンは、その風貌をじろじろ見られたものの、咎められることなく門をくぐることができた。


「さっき見せたのは、通行証?」

 それは、サラナーンで覚えた言葉だった。

「ああ、よく知っているね。ホラサーンでは旅券と呼ぶけどね」

 リシュが、意外そうな顔をして、それを見せてくれた。


 手渡された旅券の表紙には、リシュの名前が記され、ホラサーン王朝の発行印が押されている。一枚めくると、渡航歴が記されていた。リシュは航路が主なので、サルヴァーンとその周辺の島国の名前が、それぞれの入国日と出国日と共に記録されていた。


「これは兵士用で、一般の人は、もっと簡単な手形を持っている」

「どう違うの?」

「手形は、住んでいる村の長が発行するもので、目的地と理由が書かれていて、それ以外は行けない。旅券は、どこでも行けるし、階級に応じた特権がある」

 そう言って、近く建物に入って行った。


 出てきたときには、袋を一つ持っていた。

「路銀だ。給与の前借になるけど、食事や宿泊費は必要だからね」

「確かに、特権だね。じゃあ、それでパーッと行こうか」

「街を見物しながら旅館を探そうか。明日からの準備も必要だし」


 メインストリートを歩くと、呼び込みの声が道の両側から響いてくる。

 その中から堅実そうな店を選び、食料と水を注文した。

「では、明日の朝、出立の前に取りに来るから、代金もそのときということで」

 引換証を受け取り、店を出る。


「面白い仕組みだね」

「軍隊仕込みだよ。個人でも受けてくれて良かったよ」


「それにしても、閉まっている店が目立つね」

「船便が増えて、陸路が寂れているんだろう」

「あ、あそこの店、おいしそうだよ」


 三人が入った店は、オアシスでとれた魚とフルーツが売りの店だった。

「新鮮な魚って、初めて食べたよ。フルーツも甘くておいしいね」

 パースでは干した魚しか売られていなかったし、サラナーンの川で魚を捕まえた時は焼いて食べた。しかし、今食べたのは、生魚を果実酢で締めたものや、切り身にしてピリ辛のソースをつけて食べるものだった。

 ロッシュは、リシュの目を盗んで、果物を内ポケットに忍ばせた。新鮮な果物は、きっとカボも喜ぶはずだ。


「今日のフォンは、小食ですね」

 リシュが、ふと気づいたように言う。彼の皿には半分ほど残っている。

「私はもともと小食だ。ロッシュの料理は好きなのでたくさん食べるが」

「ああ、聞かなければ良かった」

 リシュはため息をつき、ロッシュは笑った。しかし、フォンは笑わない。

「でも、今日は周りの様子が気になって食が進まない」

「周りって?」


 周囲を見回すと、伺うようにこちらを見ている客がいた。ロッシュと目があい、慌てて反らす。そんな客は一人ではなかった。そして、その変な雰囲気は、少しずつ広がっているように思えた。


「出よう」

 リシュが席を立った。

 勘定を払うときだった。女将が、ロッシュの顔を検分するように見つめた後、ささやいた。

「お嬢さん、白髪の魔女の噂は知ってるかい」

「はぁ?」

 ロッシュは、思わず頭を押さえた。ずっと被っていたフードを、食事の際、外してしまった。


 女将は、小声で話を続けた。

「半年ほど前から、七人組の盗賊がこの辺りを荒らし回っててね、一週間ほど前にその一人が捕まったのさ。そいつは仲間の居場所を聞かれて、みんな白髪の魔女に殺されたって言ったらしいんだ。生き血をすすられて骨までしゃぶられたって。それで、白髪の女性は警戒されてるんですよ。あんたはそんな風に見えないから忠告するけど、気を付けた方が良いですよ」


 店を出てすぐ、ロッシュはフードを目深に被った。

 ところが、服装などの情報はもう流れていたのだろう。

 旅籠に入ろうとすると、「髪を見せてほしい」と言われたのだ。

「申し訳ありませんが、他のお客様が怖がるので……」

「分かった。他を当たるよ」


 そんな会話を繰り返し、表通りの端まで来てしまった。

仕方なく横道に入り、路地を進む。

 怪しげな飲み屋や安っぽい娼館が軒を連ねている中に、宿舎の看板を見つけた。幸い、ラクダを繋ぐ小屋もある。


「今度は私が交渉してみる」

 それからフォンを振り返った。

「フォンはどうする?」

「私は沙漠に戻ります。ターマは野宿が基本ですから」

「うん。じゃあ、また明日ね」


 フォンが去って行く後ろ姿に、リシュは声をかけた。

「明日って、旅券がないから出入りできませんよ」

 それを、ロッシュが止めた。

「彼は大丈夫。自分で何とでもする」

 それから、旅館に入って行った。


 ロッシュはフードを外すと、わざと髪を見せた。亭主は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐ真顔になった。

「いらっしゃい。きれいな髪ですねぇ」

「だろ。でもね、白髪の魔女が出るって噂があって、困ってるんだ。この店は泊めてもらえるかな?」

「もちろんですよ。お代さえ頂けるなら、どなたでも」

「それは、きちんと払わせてもらうよ」

「では、お二人ですか?」

 好奇心のこもった眼付きで、二人をなめるように見回す。


「そう。姉弟だから、一つの部屋で良いよ。ね?」

 最後に、振り返ってリシュに確認を取る。リシュもうなずく。

「姉弟ねぇ」

 卑猥な笑顔を浮かべて亭主は番号札の付いた鍵を渡してくれた。

「お風呂は向かいの浴場を利用してください。食事はどうなさいます?」

「もう食べてきたから必要ないよ」

「では、前払いでお願いします」


 リシュが勘定を払い、鍵を受け取る。

 荷物を部屋に運びながら、リシュが言った。

「あいつ、ぜったい姉弟と思ってないぞ」

「だろうね。まあ、好きなように思わせておけば良いじゃない。それより、先に入浴しても良いかな」

「ああ、ボクは荷物番をするよ。油断しない方が良いと思うから」


 久しぶりにお湯につかり、さっぱりした顔で部屋に戻る。

「良いお湯だったよ。リシュも入っておいでよ。交代するよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 リシュが出て行くとすぐ、カボが内ポケットから這い出した。

「ごめんね。窮屈な思いをさせて」

「何の何の。むしろ得したよ」

「何が?」

「おいら、女湯って初めてだったよ」

「そこかよぉ」


 そのとき、ドアが激しくノックされた。

 カボは急いで荷物にもぐり込んだ。

「どなたですか」

 鍵を開けず、声をかける。亭主の声が返って来た。

「大変です。お連れさんが、弟さんが……」

 取り乱した口調に、思わず鍵を外した。


 ドアを開けた瞬間、男が二人飛び込んで来た。

 勢いのままロッシュは押し倒され、押さえ込まれた。


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