(7)処刑②
馬が走り出した。
三人をぐるりと取り囲み、一度止まる。距離を測るように足踏みし、また動き始めた。
始めはゆっくりと、歩調をそろえ、三人の周りをまわる。
じりじりとその輪が縮まり、歩調がだんだんと速くなる。
「来るぞ」
アトワンが叫び、槍の男が突っ込んできた。
ラウルの槍がそれを弾き返す。
「後ろ!」
ヴィットの声に反応したアトワンが、矢を叩き落す。
槍の男はそのまま走り去り、また、輪に戻った。
「しっかり連携をとって来るな」
「ああ。まず飛び道具を何とかしたいところだが……」
「じゃあ、おれもやってみる」
ヴィットは矢をつがえ、勇ましく弓を引いた。
しかし、放った矢は、ポテッと三メートルほど先に落ちた。
「む、難しい……」
観客から笑い声が聞こえてくる。
「どうした、兄ちゃん。しっかりやれよー」
あざ笑うように、また、矢が飛んで来る。
アトワンの剣がそれを落とす。
それを見て、ヴィットが声を上げた。
「そっか。当たらなければいいんだ」
言うなり、ヴィットは射手目掛けて駆け出した。右手には弓を、左手には矢筒を持ったままだ。
「おい、やめろ」
アトワンが制止したが、ヴィットの足は速い。
しかし、相手は馬。しかも一人じゃない。
他の二人が、ヴィットを囲い込もうと向きを変えた。
「ラウル、援護するぞ」
「分かってる」
二人は駆け出すと、ヴィットと馬の間に入り込んだ。
射手はヴィットに狙いを定めたようだ。立ち止まり、彼一人に矢を浴びせかける。
しかし、ヴィットは弓を振り回し、ことごとくそれを落としていく。
観客から歓声が沸き上がる。
射手は射るのをやめて、ヴィットに向かって馬を走らせた。
観客がどよめく。
「踏みつぶすつもりだ」
馬とヴィットが真正面からぶつかる。その直前、ヴィットは左手の矢筒を敵の顔面に投げつけた。
空中で矢がばらける。
驚いた射手が思わず手綱を引き、馬が前足を高く上げる。その下にもぐり込む。
射手の左足に取り付き、鐙から外すと引きずり落す。
ずしんと大きな音を立て、男が甲冑を着けたままあおむけに転がった。
男は、衝撃と鎧の重さですぐに起き上がれず、ヴィットは馬乗りになった。
「ごめんよ」
男の背中の矢筒から矢を一本引き抜くと、その目を突いた。
あっという間の出来事だった。
観客がどっとどよめく。
射手は顔を抑え、転がるように体を左右に揺らし、静かになった。
「?」
ヴィットは近寄ると、恐る恐る胴体を蹴ってみた。が、反応がない。
「兄い。毒だ」
ヴィットが叫ぶ。
「目を突いただけで死んでる! 矢尻に毒が塗られてたんだ」
アトワンとラウルが顔を見合わす。
「ということは……」
「ああ、槍と剣も、きっと」
つまり、かすり傷でも死んでしまう。致命傷を与える必要がない。楽な仕事だ。
「なら、こっちも遠慮なく行くぞ」
ラウルが槍男に向かっていく。
アトワンもちょっと笑って、自分の相手に向かって行った。
ラウルは、ヴィットの戦い方を見て考えた。
(こいつを馬から引きずり下ろすには……。やっぱ、足?)
そこで、馬の足を狙った。
しかし、相手も強者。簡単には狙わせない。
突きが来るかと思えば払いに変わり、返す手で打ち下ろしてくる。
たいしてこちらは全くの素人。握り方さえ分からない。
あるのは、親譲りのパワーだけ。しかし、今は何の役にも立たない。
しかも、もう一つ気になることがあった。
(柄にひびが入っているのでは?)
相手の技をはじく度、伝わる振動がそう感じさせる。
柄は木製。メンテナンスを怠ったまま戦闘で使い続けたとしたら……。
(もしかして、これヤバいんじゃ……)
思った矢先、叩きを止めた柄が折れ飛んだ。
そのまま相手の穂先が顔をかすめる。
かわした弾みによろめき、尻もちをついた。
馬上の相手が大きく腕を引くのが見えた。
ところが、槍は突き出されなかった。
相手の頭に何かが当たり、慌てたように後ろを向くのが見えた。
当たった物ははねて、ラウルの左手横に落ちた。矢筒だ。
「兄い」
ヴィットが馬で駆けてくる。手には、矢の入った矢筒を持っている。
「今度は毒入りだー」
そう言って、投げつける。
「同じ手に乗ると思っているのか」
馬上の男はそう言って、矢筒を叩き落した。毒矢には目もくれない。
対して、ラウルは降って来る矢を慌ててよけた。
甲冑の強さを実感しながら。
ヴィットがまた叫ぶ。
「兄い。こいつらの動き、言うほど早くない。大丈夫。戦える」
甲冑は強い。しかし、重い。
希望が見えてきた。
立ち上がると残った柄を握りしめる。
男はヴィットに気を取られている。
今がチャンスと、背後から打ちかかった。
ところが、槍はふいっと後ろに伸び、石突で思うさまおでこを突かれた。
(何、……。こんなこともできるのかよ)
ジンジンする頭を抱え、穂先でなかったのを幸運と思って堪えた。
そこへ、ヴィットが矢を握りしめ突進してきた。
槍が繰り出される。が、かすりもしないでヴィットは遠ざかる。
けれど、また向かってくる。
握りしめた矢で槍に対抗できるとも思えないが、射手のこともある。
男はヴィットをかなり警戒しているようで、ラウルには背中を見せたまま、ヴィットに対面している。
三度、ヴィットが突っ込んできた。今までで一番深く、敵に迫る。
槍が突き出された。射程圏内だ。
ヴィットの体が大きく後ろに反り、槍はそのわずか上を伸びていく。その柄をヴィットは左手で突き上げ走り去る。
敵は大きくバランスを崩した。
そこへラウルが打ち込む。そうはさせじと、槍が後ろに大きく伸びる。
その一撃を両手でむんずと捕まえ、そのまま、槍を奪い取ろうと力をこめる。
敵は馬の腹を蹴った。馬が走り出す。その勢いでラウルを振り切るつもりだ。
しかし、ラウルも負けていない。握力とパワーには自信がある。ねじ切るように槍をブンと振り回す。
耐えられず、相手は馬から落っこちた。
ラウルはヴィットほども優しくない。
ごめんの一言もなく、奪った槍を甲冑の継ぎ目に突き立てた。
毒が回った男は、痙攣を繰り返し、死んでいった。
「また、やりやがったぞ」
予想外の展開に、観客のどよめきが一層大きくなる。
おそらくは、賭けの対象にされているはず。
怒鳴り声やら歓喜の叫びやら、すごい騒ぎになって来た。
「予定とはずいぶん違うようだが」
観客席の一番高いところで、皇帝が隣に座る執政官に話しかけた。
「はっ。どうやら甲冑を着けたのが良くなかったようです」
「あれは、初めて見るものだが、どういう意図で着けさせたのだ」
「実は、首謀者のアトワンが弓の名手と伺いまして。彼が弓を選ぶことを想定しておりました」
「が、選ばなかったと」
「はい。弓を避けるためには盾が必要ですが、それでは射手が困りますゆえ甲冑を着けさせました」
「それのどこが良くなかったのだ」
「やはり、重さでしょうか。あと、関節。普段より動きが鈍そうです」
「戦場では使えぬかな」
「改良が必要ですな」
「まあ、それが分かっただけでも、この試合の意味はあったということにしておこう」
「恐れ入ります」
「まだ勝負がついたわけではないし……」
皇帝はまた試合に目を向けた。
「それに、勝っても負けても結果は大差ない」
そう言って、嬉しそうに口元をほころばせた。