(69)再会④
「で、反乱軍は、どうなったの?」
「ラシード様は、上手くいくはずがないと踏んでいて、実際その通りだったよ。パースの人々は、自分の生活に支障がない限り誰が国を治めていても関知しないけど、支障が出れば反発するからね」
「つまり、支障が出たと」
「当然だよ。戦だからね」
それから、リシュは一気にしゃべった。
「まず、流通が途絶えて食料が不足する。商人も旅人も危険を避けて迂回するからね。そうすると、旅館の収入も減少する。反乱軍は当然ただ飯ぐらいだし、反発しない方がおかしい。しかも、邦人を納得させるため彼らが採った方策が、ロシュナーハの伐採だ。人の少ない南側を外から切り倒して、気づいたときには森は半減していた。そこを農地に開拓しようと呼びかけたって、農業を捨てた人にとっては今更だよね。もちろん反乱軍自身、農業をする気はさらさらないし、森を神聖視していた人々にとっては恨みしか残らない。しかも、森がなくなったから、砂嵐がまともに国を襲うようになった。川は砂で埋まってしまうし、泉の水量まで減りだした。天罰だと騒ぎ立てる人が現れ、こっそり国を離れる人も出てきた。それを阻止しようと反乱軍が押さえつければ、反発は一層強まるし、半年もたたずに内側から崩れてしまったよ」
「そこへ攻め入ったと」
「そこが、ラシード様のすごいところなんだ。
実はね、天罰だと騒ぎ立てたのは、ラシード様が送り込んだ間者なんだ。つまりさ、人々の不安をあおって逃げ出す人が増えれば、敵の戦力を削ぐだけでなく、巻き込まれて被害に遭う人も少なくなる。そのためにラシード様は、攻め入る時期まで噂で流したんだ。同時に、逃げ出すルートや手助けをしてくれる人の情報も一緒にね。ボクらが取り囲んだとき残っていたのは、反乱軍とそれに味方する人たちだけだったよ」
「じゃあ、邦人は、みんなうまく逃げたんだね」
「たぶんね」
「その割に、街が破壊されていたように思ったけど」
「それは、侵攻した時、大砲を撃ったからだよ」
「大砲?」
「うーん。銃のでっかいの、と思ってくれたら。反乱軍を追い詰めるために使ったんだよ。それと、切り込んだときに隠れる場所がないように、建物を破壊する必要があったんだ」
「だから廃墟になったのか」
「戦が終わっても戻る人はいなかったしね」
「家族は、いつ逃げ出したの」
「戦が始まる前だよ」
「そんなに早く?」
「ボクが逃げるよう手紙で知らせたんだ。アビィを使ってね」
「アビィ! 懐かしい。まだ元気なの?」
「もちろん。ほら、あそこを飛んでいる」
リシュは、空の一点を指さした。
「二羽いるように見えるけど」
「彼の子供さ」
「ワオ! 子供もいるんだ」
「呼んでみる?」
「うん、うん」
「じゃあ、休憩して昼食にしようか。ナッシュに手紙を書きたいし。ロッシュが見つかったってね」
「そだね」
ロッシュはにっこり微笑んだ。陰りのない笑顔に、リシュはほっとした。
「そう言えば、フォンは?」
リシュは振り返ったが、影すら見えない。
「方向を間違えたんじゃないかな」
ところが、ロッシュはいたって平静だ。
「彼は大丈夫。ちゃんと見つけてくれるから」
そう言うとラクダを降り、さっさと昼食の準備を始めた。
「心配じゃないのかい? 恋人だろう?」
少々の皮肉を込めて言う。
「大丈夫って。心がつながってるから」
大好きだったはずの能天気さが、今のリシュにはムッとくる。
「きっと、魔法で場所が分かるんだね」
核心をついてみたが、ロッシュはふふんと笑っただけだった。
シチューを煮る間、リシュは短い手紙を二通書いた。
それから、指笛を鳴らした。
空から、鷹が急降下してきた。
「アビィ! アビィだよね」
ロッシュが弾んだ声を上げた。リシュの腕に止まったアビィは、いぶかしむようにロッシュを見つめる。
「こんなに大きくなっちゃって。私のこと忘れたかな。ロッシュですよー」
アビィは、答えるように大きく羽を広げ、体をゆすった。
「覚えてるってさ」
リシュは笑いながら、アビィを下ろすと肉片を与えた。彼がそれをついばむ間に、ネズミを足に括りつける。
「ナッシュへの手紙だ。長距離になるから落とさないようにね」
「ホラサーンまで飛ばすの? 大丈夫?」
「大丈夫さ。サバクワタリは、その名の通り渡り鳥だからね。船便よりも早く届けてくれるよ。ロッシュのことを知ったら、みんな、きっと喜ぶよ」
任せなさい、と言うように、アビィは羽ばたいた。ぐんぐん上昇し、その姿は点になり、やがて見えなくなった。
アビィを見送った後、リシュは、もう一度指笛を、さっきより少し高い音で鳴らした。
すぐに、別の一羽が舞い降りてきた。
「この子は?」
「アビィの息子、ハリーだよ。ラシード様との連絡係だ」
同じように肉片を与え、足にネズミを括り付ける。
「兵士たちがどんなふうに伝えるか分からないからね。実はボク、仲間受けが良くないんだ。若造のくせに勝手してるって。まあ、その通りなんだけどさ。ハリーなら、彼らより先に着くからね。ボクの言葉を直接伝えられる。本当は、ラシード様も自分専用の鷹を欲しがったんだけどね、なぜか彼の言うことは聞かなくて。どうもアビィが彼を嫌ってるみたいで、そのせいかな」
次々しゃべりながら、心で思う。
(言い訳をするとき人は多弁になるって、本当だ)
ラシードはいつも、「ロッシュのことは最優先だ」と言ってくれる。だから、彼女の要望で陸路をとったとしても、怒りはしないだろう。
そうは思っても、船で待っている彼に申し訳ない気持ちが湧き出て収まらない。
そして、それ以上に、そう思っている自分をロッシュに知られたくない、と思っている。
それなのに、ロッシュが切り込んできた。シチューを混ぜながら、何でもないことを聞くように。
「護衛兵に言ってた『ロッシュのことは最優先』って、どういうこと?」
舞い上がるハリーを目で追いながら、リシュも、何でもないように答える。
「ラシード様がおっしゃってくださったんだ。家族を大切にしろって」
「へぇ。そんな家族思いの方なんだ」
「多分、ご自分も反乱でご家族を亡くされたからだと思うよ」
「じゃあ、他の兵士は? やっぱり家族優先なの?」
「いや、任務優先だ……」
「任務優先? どうして私だけ最優先なの?」
確かに、考えてみれば変だった。
(どうして、ボクは疑問に思わなかったんだろう)
ロッシュが自分を見ている。その目が、昔と違う。
以前のロッシュは、人を疑うことも無く、穏やかで、優しい眼差しをしていた。今の彼女は、鋭い目つきで、まず疑ってかかる。
きっと、それだけのことがあったのだろう。自分だって色々あった。
この十年、自分は変わった。だが、それ以上にロッシュは変わった。それだけだ。
顔を上げると、遠くに人影が見えた。
「フォンだ」
ロッシュも振り返り、微笑む。
「ほら、やっぱり見つけてくれたでしょ」
「そうだね」
彼とロッシュは心でつながっている。
では、自分とロッシュは?
こみ上げる負の感情を、歯を食いしばって堪えた。




