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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第二章

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68/106

(68)再会③

 ラクダの背に揺られながら、リシュはさっきの会話を思い出していた。



「ほら、あそこに連れがいる」

 そう言ってロッシュが指さした、フォンと言う男。

 黒いローブに長い黒髪。そして、複数の輪の付いた杖。

 見た瞬間、どこかで出会った、と思った。でも、どこで?

 そして、閃いた。


(魔法使い!)


 そう、『アトワンの手記』に記された魔法使い——大岩を掘り出し、泉を作り、境界線を引いた——とそっくりだ。

 文字でしか見たことがなかった男が、実際に現れた。同じ人物なのか? いや、まさか、そんなことはあるまい。あれは五百年以上も前の話。だが、彼の弟子や子孫かも知れない。同じように魔法を使うと考えて間違いないだろう。


 確かめたくて、聞いた。

「だ、誰?」

 ロッシュの答えは、至ってシンプルだった。

「フォンだ」

「だから、どういう?」

 魔法使いだろう? とは、なぜか聞けなかった。ただ、恐ろしかった。

「どういうって?」

「だから、その、まさか……」

「ああ。そのまさかだ」

「嘘だろ……」

「嘘だ」

 文字通り、開いた口が塞がらなかった。

 張り詰めた気持ちがプツッと切れたところに、思いもしなかった言葉が降って来た。


「私の片思いだ。いや、両想いなのかな? まあ、なんにせよ、私の連れだ」


(片思いって、ロッシュは恋をしてるのか?)

 それこそ、嘘だろと叫びたかった。



(とにかく、もう一度聞いてみよう)


 ラクダの歩調を緩めると、ロッシュを待った。ついでにフォンの様子も確認する。

 彼は、ロッシュの後ろを黙って歩いている。時折立ち止まっては周囲を見回したり空を見上げたり、何だか楽しそうに見える。そして、ロッシュは彼にかまわずラクダを進めている。

 お互い勝手気ままに行動していて、恋人同士には、とても見えない。

 ほどなくロッシュが追い付いてきた。

 リシュはロッシュに鞍を並べると、進みながら話しかけた。


「彼、楽しそうだね」

「うん。ここは、前にいたところよりエナジーに満ち溢れているんだって」

「エナジー?」

「うーん。生命力? みたいなもんかな」

「ふーん。そんなものが見えるって、魔法使いみたいだね」

 さりげなく本題に入り、ロッシュの表情を伺う。

「彼は、ターマだよ」

 そう答えるロッシュの様子は、いたって平静。何の動揺も見られない。


「ターマ? それ、何だい」

「えっと、確か、すべての我欲を捨て去ることで自然と一体になることに成功した人、だったかな? まあ、修行僧みたいなもんだよ。ほら、昔パースに来たでしょ。覚えてる?」

「覚えてるよ。もちろん」


 あれは、まだ平和だった頃。自分は七つになったばかりだった。


 ガッチャミーの更に西、夏でも雪を抱く山脈に、ナラインという国がある。その国の人々は、信仰深く、争いを嫌い、礼節を重んじると言われている。特に僧侶は清貧で、修行のため、身一つで他国を放浪する人もいる。

 パースを訪れた僧も、古ぼけた僧衣一枚で旅をし、野宿をしていた。欲はなく、人々の手伝いをすることで日々の糧を得ながら旅をしていた、と記憶している。


「彼も、全ての欲を捨てているのかい?」

「そうなの。だから、女性には触れないんだ」

 ロッシュが寂しそうに口にした。

「女性に触れないって、手を握るくらいはするだろう?」

「それが、全く。ああ、でも、髪の毛の先っぽは握らせてくれるよ」

 リシュは、ロッシュがフォンの髪の毛の先っぽを握る姿を想像して項垂れた。


「それよりさ、どうして、今日、私たちが泉にいるって分かったの?」

「それは、ロッシュがいなくなった日が建国祭だったからだよ。だから、きっとその日に戻って来ると思って、毎年見に来ていたんだ」

 正確には、毎年ではなかった。反乱軍に占拠されていた年には行けなかった。それはロッシュがいなくなって三年目で、計算上は門が開かない年だったので諦めはついた。


「でも、こんなに長くかかるとは思わなかったけどね」

「リシュは、私がどこに行ったか知ってるの?」

「そこがどこかは知らないけど、月の乙女の故郷だろう?」

「何で分かったの?」

「いろいろ仮説を立ててね」


 リシュは、以前ナッシュに語って聞かせた仮説を、ロッシュにも話した。

「まあ、この本を見つけて、それが確信に変わったんだけどね」

 そう言って、懐から一冊の本を取り出した。

「それは?」

「パースの初代国王ヴィットの補佐官、アトワンの私記だよ。王宮の図書室で見つけたときは、心が震えたね。城が崩れ落ちる前に持ち出せて、本当に良かった」

「それって、どろぼうじゃないの」

「滅んだ国には必要ないよ」

 ロッシュの表情が一瞬強張るのを、リシュは見逃さなかった。

「それを決めるのは、リシュじゃないと思う」

 リシュは肩をすくめて「確かにね」と、とりあえず同意した。


「パースに何が起こったのか、本当のことを教えてくれない?」

「そうだね。ロッシュには知る権利がある」


「じゃあ、まず、敵討ちの話から。リシュはそのとき、幾つだったの?」

「十二だよ。ロッシュがいなくなって二年後だ」

「そんな小さなとき、どうやって」

「相手がマルコだってことは、ラシード様も見当をつけていてね、いろいろヒントをくれた。ただ、彼は剣の達人でね。どう頑張っても敵いそうになかった。体も小さかったしね。でも、銃なら勝ち目はある」


「ここでも銃か」

 ロッシュはため息をついた。

「ここでもって、異世界でも銃があったのかい?」

「ああ。もっとひどいのがね。レーザーって言って、熱線が出て焼き切るんだ」

「ちょっと、想像できないな」

「しなくていいよ。リシュなら作ってしまいそうだ。あんなもの、無い方がいいからね」

 ロッシュの慌てぶりがおかしくて、思わず笑ってしまう。


「まあ、銃の性能は勝敗を分けるからね」

 そう言って、自分の銃を取り出した。

「これは、ナッシュがボクのために改良してくれたものだ。体が小さいボクでも楽に撃てて、しかも連射ができる。マルコの銃よりはるかに性能が良い。でも、彼はそうと知らないからね、思った通り油断してくれたよ」


「ナッシュは、敵討ちのことを知ってたの?」

「いや。終わるまでは話さなかったから。ボクが軍にいるために必要だと思ったから作ってくれたんだよ。それと、工房のみんなが面白がったから、ということもあるけどね」

「うーん。トトじいの喜んでる顔が目に浮かぶなあ。使う人が使いやすいようにって、人に合わせて工夫するのが好きだったもんね」

 ロッシュは口元をほころばせたが、表情は暗かった。


「敵討ちのこと聞いたとき、ナッシュは怒らなかった?」

「いや。驚いていたけど、よくやったって、ほめてくれたよ」

「そっか」


 ロッシュはそれ以上言わなかったが、思うことがあるようだった。

 リシュはその翳りが気になったが、何も言えなかった。


 ボクがロッシュに隠していることがあるように、ロッシュにも隠し事が、きっとある。


 十年という時間の長さが、今更に重く感じた。


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