(67)再会②
「はぁ? 嘘つくな。リシュはまだ子供だ」
「何言ってるんだよ。十年も経てば大きくなるよ」
「十年……」
そうだった、こっちでは十年が過ぎてたんだ。
視線を上げる。自分より頭二つ分は上にある顔に、昔の面影を探す。
「確かに、リシュだ。あんなに小っちゃかったのに」
「うん。ボクもびっくりしてる。もう、ナッシュより高いんだよ。筋肉は負けるけど」
「やっぱり、父さんに似たんだね」
「うん」
嬉しそうに顔をほころばせる。
そこで、ふと気づく。
「ちょっと待て。リシュは今、幾つなんだ?」
「幾つって、忘れたの? もう二十歳だよ」
あまりのショックに、思わずよろける。
「お、弟に抜かされてしまった」
「そんなにボクに見下ろされるのが悔しいの? 相変わらずだなあ」
どうやらリシュは、身長のことだと思っているようだ。
(うん。私がまだ十六だってのは、隠しておく方が得策かもしれない)
姉の権威を保つため、ロッシュはこっそり心に決めた。
「それより、ナッシュより高いって言ったけど、みんな元気なの?」
「ばあちゃんは年だったからね、一昨年亡くなったけど、母さんとナッシュは元気だよ。みんなホラサーンにいる」
「ホラサーン?」
一気に緊張が走る。
「そう。ボクはそこの将軍に仕えている。参謀として……」
その言葉を、思わず遮る。
「ホラサーンって、パースを滅ぼしたんじゃないのか?」
声が震えるのが自分でも分かる。
「違うよ。パースを滅ぼしたのはガッチャミーだよ」
「ガッチャミー?」
「そう。父さんを殺したのもそいつらだ」
リシュは、父を殺したのはマルコだったこと、彼は仲間と共にガッチャミーをホラサーンから解放するための足掛かりとしてパースに潜入していたこと、リシュが敵討ちを果たした日に反乱がおこりパースが占拠されたこと等、かいつまんで話してくれた。
「何か、分かったような分からんような。だってさ、ホラサーンから国を解放しようとした奴らが、父さんを殺したんだろ? じゃあ、ホラサーンがガッチャミーに手出ししなかったら、反乱も戦もなかったんじゃないの?」
「まあ、言われてみれば、そう、かな?」
「言われてみればなんて、リシュらしくないよ。っていうより、何か、逆だよ」
「逆って?」
「私が頭にきて行動するのを、止めるのがリシュの役目だっただろ?」
「まあ、昔は……。でも、ロッシュはいなかったじゃないか」
責め口調に、返す言葉をのむ。
しばしの沈黙。「それでも」と、口を開く。
「そんな奴に仕えるなんて、止めた方が良いんじゃない?」
「どうして?」
「もっと悪いことに加担させられて、抜け出せなくなるんじゃないかって、心配だよ」
「そんなこと、起こらないよ。もう、戦は終わったし、みんな穏やかに暮らしてるんだ。だからさ、一緒にホラサーンに行こうよ」
「パースを捨てて?」
真の王女として、どう行動すべきか?
こんな現実は想像していなかった。まさか、国が無くなるとは……。
ならば、再興するのが王女の役目ではないのか? でも、一人で?
「王家の方々は、どうしてるのかな?」
「彼らはみな元気だよ。ホラサーンに賓客として迎えられ、楽しく過ごしているそうだよ」
「お会いしたの?」
「ボクは一兵卒だから、そんなことはできないよ。でも、ラシード様はお会いしたらしい。彼がそう言っていたから間違いないよ」
「ラシード様って、誰?」
「ボクが使えている将軍だよ。とても賢い方で、うん、知将だ」
その口調には尊敬の念が溢れている。意外過ぎて、言葉が出ない。
「リシュにそこまで言わせるなんて、どんな人なの」
「王太子殿下を十代のころから支えてきたそうで、一番信頼されているという噂だ」
「王太子って、次の王になる人だよね? その人の将軍にリシュは仕えてるってこと?」
「そうだよ。まあ、参謀って言っても名ばかりだけどね。好き勝手させてもらってる」
「気に入られてるんだ」
「うーん。どうだろう」
そう言いながらも、リシュは誇らしげな顔をする。
「そう言えば、長女のジュリア様は、第四夫人として王太子に嫁がれたそうだよ」
「第四夫人?」
「ホラサーンは、一夫多妻制なんだ。男性は、四人まで妻をめとることを許されている。王族は、他にも側室を迎えることができる」
「何、それ。そんなの嫌だなあ」
「血筋を絶やさないためには必要なことだよ」
「ふーん。リシュも四人欲しいんだ」
「え、いや。ボクは一人で十分だよ」
焦ったように答えるリシュの頬が、仄かに色づいている。
「あれ。もしかして、誰か好きな人でもいるのかなぁ?」
フフフと笑いながら、顔をのぞき込むように見上げる。
「っるさいなあ。どうでも良いだろう」
「うわあ。照れてる」
いつも自分の背中を追いかけてきたリシュが、恋をしている。知らない間に時間が経って、自分一人だけ置いてきぼりになってしまった。
(王家の方々がいるなら、行くべきだろうな)
彼女らの意向を確かめて、それから、何ができるか考えよう。
そう決めると、心が軽くなった。
「じゃあ、ホラサーンとやらに、行ってみるか」
ほっとしたように、リシュが笑った。
「良かった。じゃあ、向こうに護衛兵を待たせているので、一緒に行こう。サルヴァーンから船に乗れば、すぐだよ」
「船?」
「そう。海路の方が便利で安全なんだ」
「船は嫌だな。一度乗ったら、何か起こった時動けない」
「何を心配しているの? ボクの話が信用できないの?」
「リシュのことは信じてるよ。でもね、用心しないと痛い目見るからね。それに、陸路の方が、いろんな国が見られて面白そうじゃない」
「一人で行くのは危険だよ」
「そんなに治安が悪いの? ホラサーンが治めてるんでしょ?」
「ホラサーンが治めてるわけじゃない。どの国も独立している。ただ、経済支援をしているだけだ」
「何か、よく分からんけど、陸路を行くよ。私は強いし、それに、一人じゃないし」
「一人じゃない?」
リシュが眉をひそめた。
「ほら、あそこに連れがいる」
そう言って、家の前に立ってこちらを見ている、フォンを指さした。
そのときまで、リシュは、彼に全く気付いていなかったのだろう。目を見開き、頬を強張らせ、息をのむ音が聞こえるほど驚いている。
「だ、誰?」
「フォンだ」
「だから、どういう?」
「どういうって?」
「だから、その、まさか……」
「ああ。そのまさかだ」
リシュが息を止めたのが分かった。
「嘘だろ……」
「嘘だ」
半開きの口でリシュが振り返る。魂の抜けたような表情に、声を立てて笑う。
「私の片思いだ。いや、両想いなのかな? まあ、なんにせよ、私の連れだ」
フォンは、自分のことを話しているのが分かったのだろう。近づいて来ると、リシュに向かって礼をした。リシュもぎこちない礼を返している。
「とにかく、私はホラサーンが信用できない。だから、船には乗らない。陸路を行く」
リシュは、ようやく「分かった」とうなずいた。
「ボクも一緒に行くよ」
それから、「連絡してくる」と、遠くからこちらを見ている護衛兵の一団に向けて走って行った。
待っていたように、カボがささやいた。
「おいらのことは内緒にしてくれよ。何だか嫌な予感がする」
「分かってる。嫌な予感に同感だ」
リシュが兵士たちと話している。どうやら揉めているようだ。リシュの怒ったような声が風に流されて聞こえてきた。
「ロッシュのことは最優先だと、ラシード様も認めてくれている」
その言葉で決着がついたのだろう。
リシュがラクダを二頭連れて戻って来た。それぞれに騎乗用の鞍が据えられ、大きな荷物が結わえ付けられている。
「これは、ロッシュのために用意していた水と食料だ。それと、ボクの分もある。多めに用意していたから、節約すればガッチャミーまで大丈夫だろう。それで、フォンさんでしたっけ」
そこで、言葉を止め、フォンを見た。
「呼び捨ててくれてかまわない」フォンが無表情で答える。
「じゃあ、フォン。ロッシュと一緒に乗りますか」
「いや。私は歩くのでかまわない」
「二週間はかかりますよ」
「大した時間じゃない」
「フォンのことは気にしなくていいよ。こうみえて疲れ知らずだから」
ロッシュはそう言うと、自分のラクダに飛び乗った。
リシュはフォンと顔を見合わせると、肩をすくめ、もう一頭にまたがった。
フォンはロッシュの乗ったラクダを見上げ、にこやかに後をついて歩き出した。




