(65)対戦⑤
「もう止めるんだ。サマーサ」
クロキの出現に、サマーサは甘えるような泣き声をあげた。
「ジャックぅ」
「君は一体、この国をどうしたいのだ?」
「私は、民のためを思って……」
「嘘をつくな。君が考えているのは、いつまでも若く美しく、それだけだろう? なぜ、そこまで、円使いを憎むのだ?」
「だって、だって、サファルが言ったのよ。フォンは永遠にミーナを愛しているって。だから、君の思いは空回りだって」
その言葉に、フォンが反応した。
「サファルが何と言ったって?」
サマーサは、涙声で答える。
「門の前で、詩の意味を聞いたのよ。そしたら、フォンはミーナが生まれ変わって戻って来るのを待ってるんだって。彼女は、輝く髪の救世主なんだって。だから、私、決めたのよ。門から出てくる人は全部殺してやるって。ターマになって永遠に生きて、何度蘇ってもその度に殺してやるって」
そのために金髪の息子を欲しがり、彼を王にして政権を握った。パースの言葉を話せる者を探し、訓練所で言葉を教えさせた。
ジャックはサマーサの傍によると、泣き喚く彼女を抱きしめた。そして、深く口づけする。
「嫌だ。止めて。婆になる」
サマーサが拒否しても止めない。何度も何度も唇を吸う。
サマーサの髪が、次第に白くなる。顔にしわが刻まれる。
突然、パンと音がして、杖の輪が一つ壊れた。続いてもう一つ、また一つ。最後に杖が砕け落ちた。
そこで、ジャックが離れた。
「ほら、婆になっても君はきれいじゃないか」
しゃくりあげながら、サマーサは言った。
「だって、ジャック。私、あなたより、十五も、年上なのよ」
「でも、精神年齢は、僕の方がずっと年上だ」
サマーサはきょとんとした顔でジャックを見上げる。
「何? 何の年齢?」
「その表情が幼いってことだ」
そして、もう一度キスした。サマーサは、もう拒否しなかった。
ロッシュもハリシュも他のみんなも、ただ口を開けて二人がいちゃつくのを見ていた。
ハリシュが、ポツンと言う。
「私はこれからどうすれば良いのだろうか」
「どうしたいの? 王様を続けたいの?」
「いや。全く。ターマだってなりたいわけではない」
「そうなの?」
「父上のように、好きな女人を抱いてみたい」
そう言って、ロッシュにすり寄る。
「ごめん。私はダメだから」
とたんに、親とはぐれた子犬のような顔つきをする。
そのとき、後ろから声がした。
「なら、女性を紹介してやる。一緒に村に帰ろう」
振り返って、ハリシュが叫ぶ。
「ガヌーシュ」
「久しぶりだな」
そう笑って、ガヌーシュはハリシュの肩を抱いた。ハリシュは、それこそ子犬のように、はしゃぎ始めた。
「そうか。クロキ先生と皇太后が夫婦ってことは、ガヌーシュとハリシュは兄弟なんだ」
全然似ていない、そう言いかけて思い出した。ガヌーシュが誰かに似ていると思ったことを。今、並べて見ると、答えは明確だった。
(皇太后にそっくりじゃん)
その後の一か月は、大変だった。
格納庫だけでなく、宝物殿から洗濯小屋まで、武器が隠されていないか宮廷中を家探しした。見つけた武器は、全て中庭に集め、積み上げた。それを、一気にク・ロッシュする。
次に、王と皇太后、およびその側近たちの処罰をどうするか。
更に、新しい政治体制についてどうしていくべきか。
これらのことに、ロッシュは口を出さなかった。意見を聞かれても「私はこの国の人間ではないから」と、決して答えなかった。
カボに言わせると「答える能力がない」ということだったが、ロッシュは、心底、「自分の国のことは自分たちで考えろ」と思っていた。
心配するまでも無く、ジャイを中心として話し合いが行われていた。
恐らく、以前のように、部族の代表が集まって決める体制に戻るのだろう。
そして、王宮も、本来の目的に使用されることになるだろう。
皇太后の政治に大きな不満は出ていなかったものの、嫌気がさしている人は大勢いたようだ。
そのため、彼女の威光を笠に着て甘い汁を吸っていた側近――彼らが、邦人の不満をそらすために小人や人魚を迫害することを思いついた――や、それにすり寄りおこぼれを頂戴していた商人たち、武器を使って好き勝手していた殺し屋のような輩は、かなりの罰を与えられそうだ。
しかし、皇太后本人は、クロキが責任をもって監督するということで、重刑は免れそうだった。何しろ、今や無力な老女、彼女にとってこれ以上の処罰はないだろう。
お飾りの王、ハリシュについては、ガヌーシュが責任をもって面倒見るということで、無罪放免となった。
クロキが村へ戻る前に、一度、二人で話す機会がもてた。
改めて傷を治してくれたお礼を言い、レーザーで焼かれた仲間の傷について相談した。
「彼らが希望するなら治療するし、望まないなら行わない」
ロッシュは「そうですね」とうなずき、話を変えた。
「最初、この国に来た時、進んだ文明に驚いたたけど、それは、他所からもたらされたものだった。で、肝心のこの国の文明は、すごく遅れている気がする。どうしてでしょう?」
「おそらく、彼らが考えることを放棄したからだよ。橋を架けたいと思ったとき、大きな木を切って運んでこなくてはいけない。普通は、どうしたら楽に作業できるか考えて、工夫する。そうして文明が発達する。けれど、この国では、その工程をすべて円使いが行った」
「じゃあ、これから、円使いがいなくなったこれから、文明は発達するのでしょうか」
「多分ね」
「クロキの故郷のように?」
「そうだね。でも、それが、良いのか悪いのか……。僕から見たら、この国の人々は、とても怠惰だ。でも、争いも無く、飢えもない。きっとそれで良いんだよ」
ロッシュは、パースのことを考えた。
パースの未来はどうあるべきなのか。そのために、王女としてどうすべきか。
「そうですね。ただ発展すれば良いわけじゃない。正しく使う、でしたよね」
クロキは、深くうなずいた。
そうして、一月後、三人は門の前にいた。
ロッシュは、改めて、刻まれた文字を見た。
「皇太后は、ホントにフォンが好きだったんだねぇ」
しみじみと、口にする。
フォンは、気まずそうに眼をそらす。それを横目で見ながら、続ける。
「ハリシュは、フォンによく似ているよね」
「えっ?」
「気づかなかった?」
「私は、自分の顔を見たことがないので」
ロッシュは額を押さえてため息をついた。
「ガヌーシュに聞いたけど、ハリシュとは父親が違うって。で、ハリシュの父親は、皇太后が写真で選んだって。きっと、フォンに似た人を選んだのよ」
だから、私も、ハリシュに親しみを持ったのかもしれない。
「でも、絶対、クロキさんは気づいてるよ」
彼は、どんな思いで彼らに接してきたのか、そして、これからの日々を過ごすのか。彼女の罪をすべて引き受ける覚悟で、彼女と共に暮らすことを選んだ。
「愛だねぇ」
またため息を吐く。
(それに引き換え、この罪作りが。諸悪の根源のくせに涼しい顔して)
口には出さず、フォンを睨む。
全く気付かず、フォンは確認する。
「前にも言ったが、ミーナがこの国に戻ったので、今、門は閉じている。ただし、あと一度なら、開くことは出来る。しかし、一瞬だ。門は負荷に耐えられず、すぐ壊れるだろう。そうなると、二度と行き来は出来なくなる。それでも良いのか」
「構わない。私の故郷はパースだから。でも、カボはどうなの」
「おいらも向こうが故郷だよ。それに、どっちに行っても、小人はもういない」
「だが、こちらには、人魚や円使いがいるではないか」
「そうだね。でも、おいらの友達はロッシュだから、ロッシュについて行くよ」
「カボ―。抱きしめたいほど嬉しいよ」
「止めてくれよ。殺す気か」
カボは、本気で身を震わせた。
「じゃあ、フォンとはここでお別れだね」
「どうしてそうなるのだ?」
「一緒に来てくれるの?」
「仕方あるまい。二度とミーナが戻って来ないのなら、ここにいる意味はない」
嬉しいのに、声を上げて喜べない、複雑さに苦笑する。
改めて、門の前に立つ。
月のない夜が明けていく。空が白み始めた。もうすぐ、月と太陽が一緒に姿を現すだろう。
「もう一度聞く。本当に良いのだな」
「もちろん」
ロッシュは、きっぱりとうなずく。内ポケットで、カボも同意する。
「門が開いたら、すぐくぐるように」
「分かった」
日輪が地平より顔を出した、その光が届いた瞬間、フォンは呪文を唱えた。
「オーパ」
門が開く。パースの地平が見えた。
内ポケットを押さえたロッシュが、一歩踏み出す。すぐその後を、杖を携えたフォンが続いた。
三か月にわたりました第一部第一章は、これで終了です。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。週五日は、はっきり言って大変でした。行き当たりばったりで書き進める私は、途中で前に書いた部分を書き直すことがよくあります。ですが、最後の方は追い詰められて、推敲の時間があまりとれず、心残りばかりです。たとえば、対戦②と③の順序が逆の方が良かったなとか、他にもいろいろ。毎日更新している方々に敬意を表します。
第二章は、まだきちんと固まっていないので、しばらくお休みさせていただきます。早くて11月、遅くとも来年には再開したいと思っています。よろしければ、またお付き合いください。感想や評価を頂けたら、とても励みになり、有難いです。どうぞよろしくお願いいたします。




