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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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61/66

(61)対戦①

 夕刻、一行は、河口にたどり着くと船を下りた。

 空になった船を、人魚が曳いていく。見かけぬ船が七隻もあれば目立つだろうと、ロッシュが島に渡る際、人魚と落ち合った入り江に隠しておくためだ。

 河口には葦の茂みが広がっている。そこに身を潜め、仮寝する。交代で見張りし、暗くなるのを待つ。


 そして、夜。闇に紛れて川をさかのぼる。


 川は、西から東に流れている。川より北寄りの平野は、畑が広がり、次第に人家が増え、街へとつながる。一方、南側は山がせり出し、果樹園に利用されている。

 ロッシュたちは、当然、南側を進んだ。人家が少なく、身を隠せる木々がたくさんあるからだ。それでも、万が一を考えて静かに歩く。


 さらに、全員が連れだって歩くのは目立つだろうと、同じ船に乗ったメンバーでチームを組み、時間差で出立する。そして、その先頭を進むのが、ロッシュだ。

 視力、聴力、第六感、どれをとっても抜きんでている。少しでも危険を察知すると止まり、様子を伺う。安全を確認し、また進む。足が速いので、ついていく者は必死だ。


 夜が白み始めると、人が動き出す。その頃には歩みを止め、最後尾のヴィミを待つ。

「今日はここまでだな」

「そうだな。順調だ」

 夜が来るまで、近くの林に散らばり待機する。


 次の夜も、その次の夜も、同じように進む。歩ける時間が少ないので余裕を持ったスケジュールにしたつもりだったが、街の外郭が見えるところまでたどり着いたのは、丁度新月の前日だった。


 作戦会議では、昼間の移動案も出た。しかし、見かけぬ者が集団で移動すれば、必ず皇太后に連絡がいくだろうと、却下された。

 少人数に分かれて上陸地を変え、別々のルートで街を目指す案も出された。しかし、見知らぬ土地での移動や、何かあった場合の連絡方法がないこと等不安要素が多く、却下された。

 そして、この方法に落ち着いたのだが、今のところは予定通り。順調すぎて怖いくらいだ。


「これも、ビパルのお陰だな」

 ヴィミの言葉に、ビパルは照れたように頭を掻いた。

 彼は、決行に先立って、単身、人魚の背に乗り海を渡り、河口からの道を確認してくれたのだ。


「斥候が必要だ」とジャイが言ったとき、ヴィミが真っ先に手を上げ、全員から却下された。理由は、気が短く、何が起こるか分からないからだ。

 そして、聡明かつ機敏なビパルに白羽の矢が立った。彼が持ち帰った情報をもとに、今回の作戦は立てられている。


 いよいよ、新月前夜。明日の朝には太陽と月が一緒に出る。

 そろそろと移動し、外郭の門に一番近い橋まで来た。

 ここで、一行は、人魚の背に乗り川をさかのぼる十名と、ジャイの指揮の下、橋を渡って陸路を進む三十七名とに分かれる。

「それでは、健闘を祈る」

「ああ、お互いに」

「きっと、上手くいくでしょう」

 そう、言葉を交わし、ロッシュはヴィミ他八名と、人魚にまたがった。


 人魚たちは、水路の入口を目指し、音もたてずに泳いでいく。その背はぬるぬると滑りやすく、油断すると置いて行かれそうになる。そうならないためには、人魚の肩をしっかり持ち、おんぶしてもらうような形にならないといけない。首から下が水に浸かるが、それを気にしている暇はない。

 しばらく川をさかのぼり、枝分かれした運河へ入る。流れに乗ってするすると外郭にたどり着く。そこに、鉄製の柵がはめ込まれた水門があった。


 まず、人魚とロッシュが潜って調べる。危惧した通り、柵は川底にしっかり打ち込まれている。人魚にまたがったまま鉄柵を握り、力任せに揺さぶってみたがびくともしない。

 仕方なく、円を作る。心の中で(ク・ロッシュ)と唱える。五本の鉄棒が、上下を切られ川底に沈んでいく。


 一度水面に顔を出し、みんなに無言で合図を送る。

 思いきり息を吸い、再度潜ると、丸く切り抜かれた鉄柵を潜り抜けた。

 しばらく進み、静かに上昇する。

 水から顔が出た瞬間、「ぷはー」と、息と一緒に声が出て、慌てて口を押える。すでに街中。ここから先は、さらに静かに行かねばならない。

 次々人魚が顔を出す。人数を確かめ、顔を見合わせうなずき合う。一人の脱落者もいない。


 ここでまた、二手に分かれる。


 ロッシュは一人、まだしばらく水路を進む。

 ヴィミ以下九名は、対レーザー訓練をクリアした強者ぞろい。外郭の門に向かい、内側から門を開く。その後、門の外で待機していた三十七名が街に入り、ヴィミたちと合流、騒ぎを起こす。当然、城の衛兵がそちらに向かうだろう。

 それを待って、ロッシュは城に侵入、太陽パネルをぶっ壊す。そういう作戦だった。



「ロッシュは一人で大丈夫ですか」

 案が出た時、ジャイはそう心配し、カボが答えた。

「こいつは大丈夫。それに、猪突猛進のバカだから、他の人を仕切るなんてこと、できっこないよ」

「酷い言われ様だねえ」

 ヴィミは呆れかえったが、ロッシュは何も言えなかった。それが事実なので。


 そう言うカボは、ちゃっかり内ポケットに納まっている。

 水門で潜るときは冷や冷やしたが、大丈夫そうだった。

「ロッシュが大きく息を吸い込んだら分かるよ」

 そう言っていたが、ここからも上手くやってくれよ、と願う。



 ヴィミと別れ、更に水路を進む。真夜中の街はしんとして、何者の気配も感じられない。

 一度、水路沿いに立つ家の窓に人影が見えた時は、前もって決めていた、右手の指で腹を二回たたく合図を送り、水に潜った。


 やがて、城壁に突き当たった。ここから水路は、城壁に沿って流れていく。

 そのまま流れに乗って行くと、巨大な水車が見えてきた。ビパルの報告通りだ。


 城にいた時、西の離れからハリシュの訓練場まで行く際、小さな橋を渡った。つまり、城の中にも水路があったということ。その入り口だ。


 水車に近づき、水桶に飛び乗る。

 振り返ると、人魚の口が無言で動いた。

『ごけんとうをおいのりします』

 そう読み取って、ロッシュはうなずいた。


 水桶に身を潜め、上っていく。一番上まで上り詰めた桶は、自然に引っくり返り水を空ける仕組みになっている。その直前で立ち上がり、城壁に飛び移る。水は滝のように水路に注がれ、そのまま東へと流れている。


 濡れた服を絞り、城壁の上からさっと城内を見渡す。

 今いるところは、城のほぼ真西のようだ。南の端には城門が、北よりにはロッシュの目的地、塔を乗せた二階家が見える。


 位置を確認し、飛び降りる。

 決行は日の出前ということだから、それまでどこかに身を潜める必要がある。その場所は、もう決めていた。もっとも、そこしか知らない。


 水路の北は建物の壁があり、南は小径だ。そこを、音をたてぬよう気を付けて走る。

しばらく行くと、見覚えのある四つ辻に行き着いた。左手の橋を渡ればハリシュのいる館で、反対側に曲がれば西の離れだ。当然、右に曲がる。


 ところが、角を曲がった瞬間、巡回の兵と鉢合わせた。

「あっ」

「何者だ」


 相手は二人。一人が呼子を口にした。考える前に右手が動き、その手を払っていた。笛を持ったままの手首が飛ぶ。吹き上がる血をかわしながら、刃を返し、ためらうことなく腹に突き立てた。

 男が沈み込むのを見て、もう一人は腰を抜かして座り込んだ。その頭を、容赦なく打ち据える。そのまま男は息絶えた。


 すぐに立ち去ろうとしたら、カボからクレームがついた。

「駄目だよ。どこかへ隠しておかないと。次に来た人が見つけて、侵入がばれるよ」

「確かに。それは困るな」

 仕方なく、一人ずつ順に引きずって、近くの植え込みに押し込んだ。ファイで運ぼうかとも思ったが、気力温存のために、体力を使った。こぼれた血の跡は、頭を覆っていた布――既にずぶ濡れになっていた――を外し、水路の水を汲み、洗い流した。


「じゃあ、次は、服を剥いで着替えなきゃ」

「何のために?」

「何のって、変装だよ。兵服を着てれば、誰かに会っても誤魔化せるだろう」

「あ、そうか。頭良いィ」

「普通、これぐらい考えるだろう。全く、バカなんだから」


 カボの指示に従って服を着替えると、丸い筒のような帽子に髪をねじ込んだ。

「こんなもんかな」

 明るくなれば一目瞭然だが、その頃には戦闘は始まっている。

「こいつらを探しに来なきゃいいけどな」

「もう少し、慎重に行動すべきだったね。夜回りは、いて当然だし」


 ヴィミたちが門を開く前に見つからないことを祈って、先を急ぐ。

 ほどなく、鉄製の柵が見えてきた。短い助走のあと、瞬時に乗り越える。


 離れの扉に鍵はない。灯りのない室内に足を踏み入れる。ほんの二週間過ごしただけの家だが、何とも懐かしい。

(ああ、サラが焚きしめてくれた香の匂いだ)

 今にも、サラの声が聞こえてくるような気がして、ぐるりと部屋を見回す。

 そして、ギョッとした。


 窓の向こうに、灯りが見える。そして、それが近づいて来る。

 何かが燃える赤ではなく、ぼおっと青白い、どこかで見た記憶がある色。風が、周りの木々を揺らしているのに、灯りは揺れていない。一瞬、茂みが切れ、長い棒の先に灯っているのが見えた。


(皇太后だ!)

 宝物殿に入った時に見た、魔法の灯りだ。


 門の鍵を開ける音がする。

 扉の開く音がする。

 足音が近づいて来る。


 そして、離れの扉が開けられた。


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