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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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57/65

(57)秘密②

 建国祭の夜、リシュはナッシュと共に大岩の前にいた。


 もうすぐ真夜中というのに、祭りの喧騒は途絶えることなく聞こえて来る。多くの人が浮かれて飲み歩いているのだろう。

 王家が途絶えてしまった今、儀式を行う人は誰もいない。この場への立ち入りを禁止する者もいない。夜中にここに来ようという酔狂な奴もいない。そして、他人の行動を見咎める輩もいない。とは言え、二人はここに来るまで、慎重に行動した。


「ボクの仮説が正しければ、今年何かが起こるはずだ」

「去年は何も起こらなかったけどな」


 二人は、昨年の建国祭にもここに来ていた。


「うん。それはそれで正しいんだ」

 リシュは、公文書に記載されていた事実と、そこから導いた仮説を話し出した。



「最初は、ヴィットという子供だ。一巻で誕生していたから九歳だったはず。その彼が、秋分の後の満月の日の翌日に死亡していた。その二年後、彼の母、シモーネが同じ日に死亡。その二年後、今度は父、カルロだ。最後は妹、アレッサ。これは、六年後だった。

 一家全員が同じ日に亡くなるなんて、おかしいと思わない方がおかしい。何か理由があったはずだ。じゃあ、どんな?


 九歳と言えば、わんぱく盛り。大人の言うことなんか聞かない年じゃないか。多分彼は、夜中にここへ来て門をくぐってしまったんだ。別世界への入口をね。

 恐らく、入口はすぐに閉じ、彼は戻って来れなくなった。

 そのことを知った母親は、どうする? きっと、後を追うと思わないか? 連れ戻すつもりで。でも、何かあって戻って来れなかった。

 もしかしたら、妹は見ていたかもしれない。二人が門をくぐるのを。それを父に告げたとしよう。そしたら、父は迎えに行く。

 残った小さな娘を一人で生かすのは危険だ。そう判断した王は、六年待たせた。そして、旅立たせ、二年後にお触れを出す。建国祭を行い、その夜は儀式のため立ち入り禁止と。もう二度と民が異世界に紛れ込まないように」


「その話は、お前が考えたのか?」

 ナッシュが驚いた声で問う。

 リシュは笑った。

「もう一冊、王の補佐官の私記を見つけてね。はっきりとは書かれていないが、そこに書かれたことと合わせて推測した話だよ」


「じゃあ、お前は、ロッシュがその異世界とやらに行ってしまった、と思っているのか」

「ロッシュだけじゃないかも知れないと思っている」

「他にもいると? それは誰だ?」

「分からない。でも、そいつが指輪を持ち出したんじゃないかって」

 探しても見つからなかったという指輪。異世界に持ち出されたとしたら納得できる。ただし、誰が、どうやって、王宮から持ち出したか、それがさっぱり分からない。

「やっぱり、魔法使いかなあ」

 ため息とともに吐き出す。


「魔法使い? そんな者、いると思ってるのか?」

「いたようだよ。男が一人、異世界からきて、門を作って帰って行ったって、書いてあった」

「その男、何のために門を作ったのかなあ」

「いつか、月の乙女が帰れるように門をつけたんじゃないかな」

「帰るってことは、月の乙女も異世界から来たってことか?」

「どうも、そうらしい」

「それも私記とやらに書かれているのか?」

「まあ、ぼんやりと。書いた人もよく分からないみたい。全部、想像だよ」

「で、その想像は、お前の考えと同じなんだな」

 リシュはうなずいたあと、ポツンと付け加えた。

「もしかしたら、指輪が帰りたがっていたのかもしれない」


 ナッシュは降参というように両手を上げ、そのまま頭を掻いた。

「俺、リシュはもっと現実的だと思っていたよ。こんなおとぎ話みたいなことを考えるなんて」

「そうだね。地に足ついてないよね。でも、そうとしか考えられないんだ」

 話しながらも、リシュは門をじっと見つめている。きっと、何か異変が起こるはずだと、信じて。


 月が動く。

 二人の影が動く。やがて、その影が門をくぐった。


 しかし、何も起こらなかった。


 時間と共に、影は門から出て、大岩に移った。


 リシュは、じっと待った。ひたすら、門を見つめて立っていた。


 夜が白み始めたとき、リシュはため息をついた。

「仮説は外れた。ボクは間違っていたようだ」

 ナッシュはまだ岩を見つめたまま、「そうかな」と答えた。


「そうだよ。もう、夜が明ける。やっぱり、おとぎ話だったみたいだね」

 しかし、ナッシュは岩から目をそらさない。

「お前、昔言ってたよな。父さんが殺されて、ロシュナーハの枝が切り落とされたとき。指輪が消えたから森の魔法も消えたのでは、みたいなこと」

「そう言えば、言ったかな」

「俺はあれを聞いて心底驚いたんだ。確かにそうだって。お前が賢いのは知っていたけど、そんなことまで考えるんだって」


 ナッシュは言葉を切ると、ゆっくりリシュを振り返った。

「だから、きっと、お前の言う通り、指輪は異世界に帰りたくて、ここを出て行ったんだ。それで、少しずつ魔法が崩れて、この門は開かなくなったのかもしれない」


「じゃあ、もう二度と、ロッシュには会えないのかな」

 その声は、鼻声だった。泣き顔を見られたくなくて下を向く。

「お前、ロッシュに懐いてたからなあ」

 ナッシュは、大きな手でぽんぽんと頭を叩いた。


「今日も、ロッシュのところに行くつもりだったんだろう。それで、銃を持ってきたんだよな」

(ああ、やっぱり気づいてたんだ。こっそり、持ち出したつもりだったのに)

 涙が頬を伝う。顎にたまって、ぽたんと落ちる。


「でも、俺は、お前までよそに行っちまったら、どうして良いか分からないよ。ばあちゃんなんか、どれだけ寂しがることか。もちろん、母さんも……。だから、お前には悪いけど、俺は、門が開かなくて良かったと思うよ」

 ナッシュの手が、優しく髪を撫で続ける。

「それに、今日開かなかったからって、これから先もずっと閉じたままとは限らないさ。いつか、不意に開く時もあるんじゃないかな」


 そんな日が、本当に来るだろうか?


 リシュは歯を食いしばって、泣き声をこらえた。しかし、涙は後から後から湧き出て、地面に落ち続けた。


 太陽が地平から現れた。祭りの後半戦が始まった。


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