表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/65

(44)治療④

 心配は杞憂だったようで、数時間後にピノが現れた。

「皇太后は帰られたけど、念のため、しばらくここで過ごしてくれるかしら」

 言いながら、食事を並べてくれる。


「洗面所もあるから、自由に使ってね」

「実は、さっき使ったけど、水が出なくて」

「ごめんなさい。普段使っていない場所だから、ブレーカーを下ろしてるのね。すぐ上げて来るわ」

 そうして、また、鍵をかけて行ってしまった。


 ご飯を食べて、食器を洗って片づけて、シャワーを浴びて、寝る。

 何もかも満たされているはずだが、落ち着かない夜だった。



 二晩過ごして三日目に、やっと元の病室に戻ることができた。


 その日、クロキは、変なものをたくさん見せてくれた。

「これは、普通の人の手のひらの骨だよ。レントゲンという特殊な光線を使って撮った写真だ」

 彼の言葉には、ロッシュの知識にない単語が幾つもある。従って、理解不能だ。仕方がないので、ただうなずいておく。


「それで、こちらが君の骨だ」

ぱっと見ただけで、違いが分かった。その違いを、クロキが言葉にしてくれる。

「この、白い部分が骨だよ。分かれているところが、関節。指が曲がる部分だね。そして、君はその関節が異常に多い。だから、指をしなやかに曲げることができる」

 そこまでは分かった。


 しかし、その後、CTとか、MRIとか、訳の分からない写真を何枚も見せられ、脳がどんどん疲弊してきた。

 追い打ちをかけるように、クロキの単語が意味不明になる。

「これらのデータをコンピューターで処理し、できたプログラムに誘導され、培養液中の幹細胞が分裂をはじめ、親指のクローンを作る。レーザーで焼かれた筋肉と皮膚も、こうして作ったんだよ。あちらは普通の人間と同じなのですぐできたが、こちらは骨がとても複雑だから時間がかかっているんだ」


 話の切れ目を見つけ、ロッシュは飛び込んだ。

「ごめんなさい。これ以上は無理です。何でも言うことを聞きますから、もう堪えてください」

 クロキは、目を瞬かせて言葉を詰まらせた。


「こちらこそ済まなかった。拷問していたつもりではないのだが……」

 そう頭を掻き、「難しい話は止めよう」と笑った。

「要するに、君の親指を今作っているから、あと一か月ほどしたら手術だよ」

「はい。ありがとうございます。お任せします」

 ロッシュは機械的にお礼を言い、お辞儀をした。これ以上は、精神に異常をきたしそうだった。


 それから、隣の部屋に行き、実際に育成中の親指を見せてもらった。

 透明の円柱が、透明な液体で満たされている。その中に、指が育っていた。


(すごい)と同時に(気持ち悪い)と感じた。

 正反対だけれど、どちらも真実、自分の気持ちだ。


「そこで、相談だが」

 クロキは、言いにくそうに言葉を一度切った。

「手術の日まで、どこで、どう過ごすか。私から二つ提案するので、良い方を選んで欲しい」

 ロッシュの反応を見てから、クロキは言葉を続けた。

「今のところ手術は成功し、経過も順調だ。しかし、まだまだ安静は必要だ」

 それは、ロッシュも感じていた。何しろ、先日階段を上っただけで、動けなくなるほど疲れたのだ。


「だから、一つ目は、手術までここに留まる。ただ、これには皇太后が来るかもしれないというリスクがある。僕の予想では、その可能性は大きい。次に二つ目。僕の息子が開いている医院に移る。あちらに皇太后が現れることはまずない。ただし、村人の中には彼女と通じている者もいるから、そこから漏れる恐れがある。

 その二か所以外に行くことは、止めて欲しい。症状の経過観察や、適切なリハビリができないからね」


「息子さんのところには、皇太后が行くことはないのですね」

「たぶん」

「じゃあ、そこへ行きます」

 会えば、今度は心臓をえぐられるに違いない。


 クロキはうなずいた後、付け加えた。

「言い忘れたが、村にはカボを連れて行けない」

「なぜ?」

「小人だから」

 ロッシュは息を呑み、うなずいた。

「じゃあ、私も、円使いということは隠さないと駄目ですね」

「その通りだ」


 ふと、聞いてみる。

「クロキ先生は、小人も円使いも、殺そうとは思わないんですね」

「僕はね、自分が優位に立つために、他人を見下したり排除したりする思想は大嫌いなんだ」

 その言い方も表情も激しい嫌悪がむき出しで、いつも穏やかなクロキとは別人のように感じられた。



 三日後、ロッシュはピノの押す車いすに座って、ふもとの村を訪れた。


「この子がサランだね」

 手渡されたカルテに目を通したあと、クロキの息子、ガヌーシュはロッシュに向き合った。

 それから、一つ一つ、カルテと傷口の照合をした。

 胸や手のひらなど、大きな傷跡は目を凝らせば見えるものの、小さいものは全く分からない。

「やっぱり、父さんはすごいな」


 ガヌーシュは、クロキとはあまり似ていなかったが、どこかで見たことがあるような面差しでもあった。

 彼は、ロッシュに顔を近づけると、小声で、

「皇太后は、絶対、ここには来ない」と断言した。

「ただし、彼女の息のかかった者は、村人にも大勢いるから……」

 そこで、彼は言葉を止め、指で円を作る真似をした。

「ばれないように。口にしてもいけない」

 ロッシュは強くうなずいた。


 診察の後、ガヌーシュの妻で看護師のアニタが、車いすを押してくれた。

 病棟は別棟にあり、渡り廊下の突き当りの扉をノックする。

「ここが女性部屋よ」

 そこは大部屋で、ベッドが六つ並んでいた。老女と中年女性と幼い少女が、一つ飛ばしにベッドを使っていた。

「一番奥があいているから、そこにしましょう」


 隣のベッドの少女が、もう、興味を示して来た。

「お姉さん、名前は? どこから来たの? どこが悪いの?」

 代わりに、アニタが答えてくれた。

「このお姉さんはね、山岳地帯から来たのよ。崖から落ちて動けなくなっていたのをターマが見つけ、ここに連れてきてくれたの。でもね、頭を打って記憶が飛んでしまったから、自分の名前も忘れてしまっているの」

「じゃあ、呼ぶときどうするの?」

「とりあえず、サラン、と呼んであげてね。サラナーンのサランよ」


 サラナーンというのはこの国、というより、大陸全土のことだと聞いている。

「そういうわけで、サランはしばらく安静にしなくてはいけないの。無理はさせないでね。それにミナリ、あなたはもっと大人しくしていないと、また熱が出るわよ」

「はーい」と、ミナリは布団にもぐり込んだ。



 病院での日々は単調だった。

 朝、目覚めたら検温、血圧測定。朝食の後は順に診察。昼食の後はリハビリ。ロッシュと老女は歩く練習。後の二人は内臓の疾患なので、リハビリはしないという。検温をして夕食を食べたら、あとは寝るだけ。ミナリが退屈で動きたくなるのも当然だった。


 ということで、ミナリは始終話しかけて来る。どうやってそれを凌ぐか、それが問題だ。何しろ、まだほとんどこの国の言葉を覚えていない。聞く方は少し慣れてきたが、話すのは片言が精いっぱい。

 ロッシュは布団にくるまって、無い知恵を絞った。

(困ったときは寝たふりかな)


 二日目からは、とにかくミナリにしゃべらせることに専念した。

「ごめんね。覚えてないの。ミナリのこと、教えて」

 困ったときはこう言うようにと、ガヌーシュが教えてくれた言葉をひたすら繰り返す。

 そのアプローチは成功して、村の生活の様子や歴史がおぼろげながら分かって来た。


 まず、歴史。これは、二人の話を聞いていた老女が主に教えてくれた。

「二百五十年も前にな、おおーきな戦があったらしい。そのとき円使いの女王が首都を破壊して、そりゃあ凄いことになったんだとよ。そのとき、人々を助けてくださったのが、ターマだとよ。それまでターマは山岳地帯にある霊峰にいらして、人との交わりは避けていたとよ。それがよ、その戦以来、毎年人の世に異常はないかって、見て回ってくださっとる。有難いことだよ」

「お姉さんも、ターマに助けてもらったんだよね」

「うん」

「じゃあ、フォンだね。私もフォンが見つけてくれてんだよ」


 ミナリは、内陸砂漠周辺の羊飼いの娘だという。突然体に発疹ができ、高熱が出て、移動の時期だというのに動けなくて困っていたらしい。

「だから、早く良くなっておうちに帰りたいんだ。帰りもフォンが連れてってくれるかなあ」

 来るときは、雲に乗って一緒に飛んできたのだと笑う。


「でも、忙しいから無理かな」

「忙しいんだ」

「そうだよ。だって、サラナーンには、もう、フォン一人しかターマはいないんだ。一人で全部の村を回ってるんだから、忙しくないわけがないよね」

「そうさね。有難いことだよ」

 老女が手を合わす。


 フォンが人々に慕われている。それを聞いて、心がまた、温かくなる。



 穏やかに一週間が過ぎ、二週間目の半ば、突然そいつらはやって来た。


「ここに、右手の親指がない女がいると聞いたが」

 皇太后の殺し屋、黒メガネの声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ