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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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41/65

(41)治療①

「ロッシュ、ロッシュ」


(誰かが呼んでいる。ああ、カボだ)


 体が重い。それなのに、ふわあと宙に浮いているような不安定さ。眠りに入る直前の脱力感に近い。

体の痛みが和らいでいくのが分かる。


(ああ、そうか。私、死んだんだ。死ぬって案外心地良いんだ)


「ロッシュ」


 カボがまた呼ぶ。半分泣き声だ。


(何をそんなに泣いているのか)


 だんだん意識が戻って来る。


 ロッシュは薄目を開けた。

「生き、てる?」

「うん、うん。生きてる」

 カボが泣きついて来る。


「どう、して?」

 死んだと思った。肩をえぐられ、胸を突かれ、何か所もレーザーで焼かれた。

 あれは夢だったのか? では、指は?


 右手の親指が切り落とされたはずだ。それを見るために、右手を上げようとした。

「!」

 手のひらは、剣が突き立てられたまま、地面につなぎ留められている。それなのに、痛みがない。

「ごめんよ。おいらの力じゃ抜けないんだ」

「ああ、……」


 体を起こそうとしたが、重くて起き上がれない。仕方なく、左手を伸ばそうとしたが、これも重くて上がらない。そこで、レーザーで肩を焼かれたことを思い出した。

 動きが取れないから、剣が抜けない。

 困り果てたとき、誰かが剣を引き抜いた。なぜか、血は流れなかった。


 剣を抜いた人がささやいた。

「動かない方が良い」

 聞いたことのない、けれど、なぜか懐かしい、男性の声。

「だ、れ?」


 声のトーンが変わった。優しさが、厳しさになる。

「話は後だ。もうすぐここに皇太后が来る」

 とたんに、体中に緊張が走った。今会うには、最悪の相手だ。

「今からお前たちを隠す」

「助けてくれるのかい」

 カボが、泣きながら聞く。


 男はうなずくと、林の奥を見つめた。切り立った山の斜面に杖を向ける。杖の上部についた輪が、シャラランと音を立てた。

「ディグィン」

 たちまち、斜面に大きな穴ができた。


 次に、男は羽織っていたローブを脱ぐと、その穴に敷いた。そして、ロッシュに向かう。

「ファイ」

 ロッシュの体がふわっと浮き上がり、そのまま空中を移動する。穴に入り、ローブの上に優しく下ろされる。

 それから、カボをつまみ上げロッシュの傍に置くと、二人まとめてローブで包み込んだ。


「これから土を戻してふたをするが、死ぬことはない。ただ、相手は皇太后。目くらましが成功するかどうかはお前たちしだいだ」

「おいらたち、何をすればいい?」

「念じろ。自分たちは土だと」

「それだけ?」

「ああ。しかし、それが一番難しい。皇太后と連れの誰かは、きっとお前たちを探し回る。その会話が聞こえても耳を貸してはいけない。雑念が入れば術は効力を失う。できるか?」

「やるしかないんだよな」

「そうだ。何が起きても、自分は土だと信じるんだ」


 ロッシュは、あえぎながら聞いた。

「あなたは、一緒に、いてくれないの、ですか」

 とたんに、ふわっと温かな気配が自分を包み込むのが分かった。

「大丈夫。常に傍に居るよ。ミーナ」

 柔らかな口調が心地よい。安心して、目を閉じる。

(ミーナって、誰? 誰かと間違えてるみたいだけど、ま、良いか)

 ほーっと息を吐く。痛みはないが、相変わらず体が重い。


 ふわふわ漂う意識の中で、男の声が聞こえる。

「シャウト」

 一瞬にして、闇が訪れた。むせかえる土の湿ったにおい。自然な呼吸が許される、わずかばかりの空洞。そこを満たす、和かな温かさ。

(何の心配もない)


 左手でカボの存在を確かめる。

 カボは不安なのか、顔を手のひらに押し付けてきた。

 わずかに指を曲げ、小さな体を包む。


 ほどなくして、皇太后の声が聞こえた。

「本当に、ここなのかい」

「はい、確かに。ほら、この通り。血の跡がまだ残っています」

「ならば、体はどこにある?」

「夜の間に獣に食われたのでは? この辺りはオオカミが多いんです」

「食い散らした跡も無いのにか?」

「きっと、巣穴に持って帰ったんですよ。子育ての時期ですから」

「生きて、どこかへ移動したのではないのか」

「まさか。それは無理です。心臓を突いたのですよ。まあ、僅かにずれましたが」

「でも、無いではないか。誰かが手伝ったに違いない」

「そんな、皇太后さまに逆らうようなことをする人がいるはずないでしょう」

「世辞は要らぬ。とっととお探し」


 ロッシュは、それらの会話を無意識に理解していた。会話は、この国の言葉で行われていたので、意味は分からないはずだった。しかし、それを理解できる自分が、自分の奥底にいた。

 その自分は助けてくれた男のことをよく知っていて、心から信頼している。彼に完全に自分を預けているから、会話が耳に入っても気を取られることはなかった。


(私は土)

 ただ、そう念じ続けた。


 一旦遠ざかっていた声が、また戻って来た。


「本当に、女はロッシュではなかったのだな」

「だから、白髪ですよ」

「染めていたかもしれぬ」

「そんなに責められても、私たちはロッシュとやらの顔を知らないのですよ」

「外つ国の言葉で話したのであろう? それこそロッシュの証ではないのか」

「それは……」


 何かを探すように、声と足音がうろうろと場所を変える。


「剣を持っていたのであろう? それは、どこへやった」

「鞘も見当たりませんし、誰かが拾っていったのでは? そこそこ良いものでしたから」

「お前は持って帰ろうと思わなかったのか」

「はあ。剣なんて使えませんし、必要ないですから」

「たわけが。二丁も銃を破壊されおって、どの口がそう言う。自分の腕を磨こうとは思わぬのか。何が殺し屋じゃ。見てくればかり気にしおって」


 また遠ざかった声が、途切れ途切れに聞こえてくる。


「全く、お前たちが指でなく心臓を持って帰ってくれば、こんなことをする必要もなかったというのに。使えぬ奴らじゃ」


「一緒にいたという小人はどうした」

「殺しましたよ、もちろん。向こう岸で」

「ならば、そちらも見て行こう。先に行くぞ」


 皇太后の声が途絶えた。男二人の声と足音が残った。


「やれやれ。なにをそんなに恐れているのか」

 面倒くさそうな口調だ。

「あんな傷で生きてたら、人間じゃねえよ、なあ」

「相手は円使いで人間じゃない。だから、怖がっているんじゃないか」

「円使いって言うけど、人間とどう違うんだか。一緒に見えるけどなあ」

「俺は、皇太后の方が恐ろしい。あいつこそ人間じゃない」

「しっ。聞こえたら、即、死だぞ」


 声はだんだん遠ざかり、消えた。



 静寂が戻っても、二人はじっと念じ続けた。皇太后が戻って来ないとも限らない。


 どれくらい、そうしていただろうか。


 男の声がした。

「どうやら、城に戻ったようだ。今のうちに移動しよう」

「どこへ?」

「病院だ」

「びょういん?」

「医師に傷を治してもらおう」

「でも、私、動けません」

「心配ない」


 次の瞬間、壁が崩れた。

 外は、もう、夜だった。


 月明かりに、男のシルエットが見えた。後ろで束ねた長い髪が風に揺れている。

 杖が向けられる。

「ファイ」

 ローブが、ロッシュを包んだまま浮き上がった。


「少し頭を上げた方が良いかな」

 その言葉だけで、ローブが動き、体の角度が変わる。椅子に座ったまま浮いているような姿勢になる。


「なんだか、抱っこして、もらってる、みたい」

「居心地が悪いか?」

「ううん。その逆。ふわっとして、気持ちいい」

「そうか」


 心なしか、男の頬が、仄かに赤みを増したように思えた。

 そして、それを見るだけで、幸福感に満たされた。


「こんな、格好、誰かに、見られたら、大騒ぎ、だね」

「その心配はない。ちゃんと術をかけてある」

「うん」

 そうだ。この人と一緒なら安心だ。


「そういえば、名前、聞いてない」

 ロッシュの問いかけに、男は微笑んだ。

「私はフォン」

 目を閉じて、繰り返す。

「フォン」

「そう、忘れたかい?」

「うん。でも……」

 なんだか嬉しい。


 そのまま、疲れ果てて眠ってしまった。



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