(4)建国祭③
祭りが始まったというのに、どの家も扉をきっちりと閉め、出歩く人はいなかった。
屋台も早々に店をたたみ、旅人たちも馴染みの宿に引っ込んだまま。
通りは物音さえ聞こえてこない。
夕刻になってナッシュが帰って来た。
「一日探したけど見つからなかった。今夜は向こうに泊まり、警備隊からもう一度詳しい話を聞くことにするよ。で、明日もう一度探してみる」
そう言って、パンや水など、携帯食をカバンに補充し、すぐまた出かけてしまった。
「こんなことは、聞いたこともない」
祖母はそうつぶやくと、パンで器についたシチューを拭い、口に入れた。
母は「そうね」とうなずいたあと、心を決めたように顔を上げた。
「きっと見つかるさ。元気で帰って来るさ」
それから家族を見回し、笑った。
一方、リシュは、全くいつもと変わらない。
「王様が死んじゃったら、どうなるの?」
天真爛漫なのか図太いのか。
ロッシュは、ぶっきらぼうに答えた。
「新しい王様が立つんじゃない」
「それ、誰?」
「誰って……」
誰だろう?
先王、アトワン八世には、兄上がいた。
しかし、成人する前に、落馬がもとでお亡くなりになったと聞く。
それで、王位が回ってきたと。
突然のことゆえ、王として学ぶことを優先した結果、ご結婚が遅れた。
最初の妃は体が弱く、出産の折にお亡くなりになった。
その時生まれた王子も病弱で、四つになる前にお亡くなりになった。
その後、何年も、王は独り身でいた。
今の妃は二十も年下で、嫁いだ時は十八だった。
美人で元気いっぱい、二十歳で最初の子を産み、全部で四人のお子様に恵まれた。
上の三人は姫君で、皆、未婚だ。
けれど、末の王子はお亡くなりになった。
だから、姉君の息子で大臣だったジャコモに王位を譲った。
でも、ジャコモは偽王だった。王位は奪ったに違いない。
どうやったのかは分からないけれど……。
そのジャコモも殺された。
ジャコモには息子がいるから、その子が王位を継ぐのだろうか。
偽王の息子なのに?
国民は許さないだろう。私も許さない。
じゃあ、誰が?
リシュがまた問う。
「王さまは、男でないとダメなの?」
「まあ、今まではそうだったから……。でも、そだね、姫様が女王になっても良いんだよね」
長女のジュリア様は、確か二十三歳。王として立たれても十分なお歳だ。
そしたら私は、陰ながらお支えすれば良い。真の王女として……。
「そんな簡単なものじゃないよ。王位っていうのは」
祖母が口をはさんできた。
「この国は、指輪に守られてきた。その指輪が偽物だったんだ。他所の国が攻めてくるかもしれないっていうのに、姫様に国を守れるかい?」
「そだね。ロッシュみたいなら負けないかもしれないけど、普通は違うよね」
「うるさい」
思わず、弟の頭を小突く。
「ほら。すぐ攻撃する」
「じゃあ、お妃さまは? ジュリア様が独り立ちできるまで、とか。すごく賢くて強いお方なんでしょ?」
そう、母を振り返った。
母と王妃は幼馴染。王宮入りしてからも親交は途絶えず、城に呼ばれて出かけることがよくあった。
「そうねえ。ティアなら王の職務を果たすだけの力はあると思う。でも、先王がお亡くなりになって、すっかりふさぎ込んで、……。北の塔に引きこもって、お訪ねしても会ってくださらない。人が変わるって、あるんだねえ」
「引きこもるって言えばさあ、姫様たちも引きこもっている、って聞いたよ」
「そうそう。ジュリア様が西の塔、次女のマリア様は南の塔、三女のラウラ様は東の塔」
「本当に、引きこもっているのかなあ」
「どういうこと?」
「閉じ込められているとか」
「誰に?」
リシュが答える前に、祖母が口をはさんだ。
「今日はもう終わり。子供は寝る時間だ。早くベッドに入っちまいな」
祖母に追い立てられベッドに入ったものの、眠れるわけがない。
『真の王女としてどうする』
もし戦争が起こったら、戦わなくてはいけない。
リシュの言うように、私なら負けないかもしれない。
でも、……。
王を射抜いた兵器を防ぐ手立てはあるのだろうか。
見たことも聞いたこともないのに……。
翌日の午後、ナッシュが荷車を引いて帰って来た。
荷台には、布で覆われた父の遺体が載せられていた。
パースの国土はほぼ円形で、周囲をロシュナーハの森に囲まれている。
巡回は、森に沿って八人で見回りをする形で行われている。
西門を出た四人は二人ずつ左右に別れ、森の外側を半周し、東門から入って内側を通って戻って来る。
東門はその逆で、内側を通って西門まで行き、帰りは外側を通る。
父の巡回当番は、昼食後だったらしい。その相方、マルコが言う。
「二人で西門を出たんだけどな、食い合わせが悪かったのかなあ、途中で腹具合が悪くなってきて、用を足すため近くの茂みに入ったんだ。
すっきりして戻ってみると、親父さんの姿が見えなくって。
一人で先に行ったのかなあと思って、急いで後を追ったんだけど、東門には来ていないって。それで当番を代わってもらって探しに戻ったんだけど……」
見つからなかった。
そして、家に連絡が来た。
昨夜、ナッシュに何でもいいから思い出してくれと言われ、マルコは必死に考えたらしい。
「そう言えば、自分が下してた時、雷みたいな音がしたような? ケツの音に紛れてたからよく分からなかったけど……」
音が聞こえたのは一度きり。茂みを出て空を見ると雲の一つもないので、聞き違いだろうと思い、それきり忘れていたと。
他に音を聞いたものはいないかと尋ねたが、誰もいなかった。
それでも、藁にもすがる思いで朝早くから調べ歩いたという。
「彼が用を足した辺りから始めて、下ではなく上を見ながら調べたんだ。ほら、雷は木に落ちるっていうだろう。だから、徹底的に。
そしたら、森の中ほどに、枝が切り落とされた木が一本あったんだ」
「枝を切るって!」
思わず口をはさむほど驚いた。
ロシュナーハは国を守る魔法の木。
その枝を切るなんてもってのほかだ。
「だろう。だからおかしいと思ってその周辺を調べたら」
根元に木製の箱が埋まっていて、ふたを開けると父の遺体が入っていたのだと言う。
「でもさ、いくら砂地とは言え、掘って埋める時間なんてあったの?」
「これは推測だけど、もともとその箱を誰かが埋めて、それを掘り起こしたところに父が来て殺された。そして、代わりに箱詰めされ埋め戻された。そう考えれば辻褄が合う」
「じゃあ、中身を見たから……」
「人に知られたくないものが入っていたんだろうね」
「一体、何が!?」
「銃、かもしれない」
「じゅう?」
銃というのは、大陸の西の果てで発明された新しい武器らしい。
「ほら、父さんの首。穴が開いているだろう」
言われてよく見ると、首の右寄りに穴があった。
「筒から鉛の玉が飛び出して来るそうだ」
「飛び出すって、どうやって?」
「火薬? 聞いたけどよく分からなかった」
じっと見つめていたリシュがポツッとつぶやいた。
「鉛の玉は、どこに行ったの?」
けれど、ロッシュは別のことを考えていた。
雷のような音。
煙と鼻を衝く臭い。
「王様を殺した道具だ!」
皆が一斉にロッシュを見た。
「黒マントの男。そいつが銃で王様を撃ったんだ、きっと」
ロッシュは、自分の見たことをみんなに話した。
箱の中身は銃だった。
それを父さんは見てしまった。
それで殺された。
きっとそうだ。きっと。
「その黒マントの男が箱を掘り返したとしよう。じゃあ、埋めたのは誰だ?」
ロシュナーハは魔法の森。
余所者が足を踏み入れたら出られない。
つまり、森の中に埋めることができるのは……。
「ちょっと待って。森に入れるのは国人だけ。なら、埋めたのも掘ったのも国人?」
「そうなる」
「まさか!」
みんなが黙り込む。
信じられなかったし、信じたくもなかった。
その静寂を破いたのは、またしてもリシュだった。
「ボク思うんだけど、指輪は偽物だったんでしょ。指輪が無くなったから、森の魔法も消えたってことはないの?」
リシュはいつでも鋭い。