(37)建国②
五人はこれからどうするか話し合った。
「当初の目的通り、ガッチャミーへ行くべきよ」
アレッサは主張した。
「これだけ水があれば、足りない分も補えるし」
「この子はどうする?」
アントンが問う。
「一緒に行けばいいでしょう」
「まあ、それが妥当だよなあ」
ラウルも賛成する。
「でも、ヴィットはどう思っているの?」
ラウラが顔色を伺うように問う。
「あなたがそんなに大人しいと気になるわ」
「うん。考え事してた」
「まあ、本当に珍しい」
「そんなことないよ」
そう笑ったあと、ヴィットは続けた。
「昨日、あの男は、なぜ杖を砂に突き立てたのかって」
アトワンがうなずく。
「そのことなら、私も考えていた」
「アトワンは何だと思う?」
「何かの境界線を引いたのではないかな」
「境界線?」
みんなが一斉に声を上げた。
「やっぱりそう思った? おれもだよ。あれは、きっと、シャラを守る境界線じゃないかな」
「シャラを守るって、どういうこと?」
「だから、境界の内側にいる限り、シャラの命は守られるんじゃないかな」
「死なないってこと?」
「そうじゃなくてさ……」
ヴィットが答えあぐねていると、アトワンが代弁してくれた。
「殺意や悪意を持った外敵から身を守るための防衛線。寿命が来れば誰でも死ぬだろう」
「でも、どうしてそう思うの?」
「勘。でも、あの男がシャラを大切に思ってるのが伝わって来た」
「じゃあさ、それが事実として、私らに何か関係あるの?」
「うん。だから、これ以上進むの止めてここで暮らさないかって」
「はあ? 何言ってんの」
「あの男は、おれたちにここで彼女を守って欲しいんだよ。そのための水と防衛線なんだ。きっと」
「一理あるな」
「ちょっと、アトワンまで」
アトワンは真剣な面持ちで、更に言葉を継いだ。
「それに、このまま進んでガッチャミーにたどり着けたとしても、入国できるかどうか」
「どうして?」
「手形がない」
「手形って?」
四人が一斉に声を上げる。
「帝国が発行する証明書だよ」
「姉貴、持ってるの?」
「そんなもの、初めて聞いたわ」
「出る時は必要ないんだ。でも、入るときは必要だ。それが、帝国のやり方さ」
「つまり、出たら帰って来るなと」
「そう。不穏分子を追い出すこともあるからね。私たちのように」
アトワンの話では、「ガッチャミーは一応独立国だが、帝国より立場が弱い」ので、帝国の要求があれば拒否できないらしい。そのため、表向きは手形を持っていない人を入国させることは禁じられていると言う。
「表向きってことは、裏もあるのか?」
ラウルが問う。
「賄賂を渡せば何とかなると聞いた」
みんながアレッサを見つめる。財布は彼女が握っているからだ。そして、彼女は金に細かい。
アレッサが咳払いをして、答えを拒否する。
「でも、暮らすって、ここには何もないわよ。家を作る材料も」
「廃墟に行けば、石材があるよ」
「往復六日よ」
「積み込みを入れて一週間か。留守を頼むぞ」
「ラウル。あんたまで」
アレッサは降参と言うように両手を上げて首を垂れた。
「でも、食料はどうするの? 当面は持つけど、すぐ底をつくわよ」
「種籾があっただろう。畑を作って栽培しよう」
「だから、育つまで、持たないわよ」
「その時は、キャラバンルートまで行って買物しよう。お金はあるんだろう」
「そっちはかなり」
何しろ、どこへ行くにも先立つものは必要と、家財のすべてを換金してきたのだ。
「誰も来ないと思うけど、大岩の陰で待ってるように」
もしもの時に備えて馬を一頭残し、男性陣は出かけてしまった。
一週間後、荷車に建築材料を積み込み戻って来ると、さっそく家を建てた。
泉の東側は既に畑にしてあったので、西側に建てることにした。
「今日から、女性はここで寝泊まりしてください」
そうして、男性陣はまた出かけた。
一週間後、戻ってきて、二軒目を建てる。
「一軒目はラウルとラウラ、二軒目がアトワンと私が使うとして、もう一軒いるわね」
アレッサの言葉に、ヴィットは恐る恐る伺いを立てる。
「姉貴と同居はダメなのか?」
「駄目に決まってるでしょ。新婚夫婦なのよ」
アレッサが目をむき、ラウラがクスクス笑う。
「すごい新婚旅行ね。お互い」
「でも、おれ、あんな美女と二人で暮らすの?」
横目でシャラを見つめる、その頬が熱くなるのを抑えられない。
「良いじゃない。しっかりものにするんだよ」
アレッサはにやつき、ヴィットはうなだれた。
「ミナサン、ナカヨシ」
シャラは、片言でそう言うと、嬉しそうに二人に微笑んだ。
ということで、男性陣は三度目の廃材回収に出かけた。
二度の回収で、使えそうな石材はあらかた運んでしまった。
良いものを探して歩くうち、三人は知らず、流砂に近づいていた。
いきなりヴィットが足を止め、口元に人差し指を立てた。
「しっ」
他の二人も足を止め、聞き耳を立てる。全身に緊張が走る。
野太い大人の声と甲高い子供の声が入り交じって聞こえてくる。
三人は顔を見合わすと、静かに流砂の見える位置まで移動した。
物陰から覗き、息を呑んだ。
荷車が止まり、降りてきたのは、アトワンが世話をしていた子供たちだった。
「カルロにニコロ。シモーネまで」
「双子のおチビのマウロとマウラもいるぞ」
「助けに行かなきゃ」
はやるヴィットを、アトワンが制した。
「今はダメだ」
ヴィットは唇をかみしめ、兵士たちが帰るのを待った。
何も知らない子供たちは、砂の上に投げ出された食料袋を取りに走った。あの時の自分たちと同じように……。
が、しかし、子供たちは砂に沈まなかった。
兵士たちが慌てだした。子供たちは「水もくれ」と合唱している。
とにかく置き去りにしようと決まったのだろう。兵士たちは水を要求する子供らを蹴散らして帰ってしまった。
その姿が完全に点になって、やっとアトワンからゴーサインがでた。
ヴィットは飛び出した。
「カルロー。シモーネー」
子供たちの名前を呼びながら走る。
「あー。ヴィットだー」
ヴィットは砂地を走ると、カルロを抱え上げた。「元気だったか―」
その足元は、水気のかけらもない、完全な砂地だった。
「何でだぁ?」
ラウルが現れると、小さい子供らがわーっと駆け寄った。
「たぶん、泉のせいじゃないかな。あの男が大岩を掘り出して、無理やり地下水脈の流れを変えたから、としか考えられない」
アトワンの姿を見て、女の子が涙する。
「生きてたんだー」
子供らを連れて戻ると、泉は大騒ぎになった。
「あんたたち、どうして?」
戸惑うアレッサに、子供たちは我先に答える。
「あのね、みんなを追いかけてきたの」
「カルロが裁判所に詰め寄ったのよ。オレたちも連れて行けーって」
「お姉ちゃんたちがいないとさみしいもん」
「みんないっしょがいいもん」
「命知らずって、裁判官が褒めてくれたよ」
裁判官は「そんなに言うなら同じようにしてやる」と言って、五人を例の流砂に連れて行くよう命じたらしい。
ひとしきり騒いで、シモーネがシャラに気づいた。
「このお姉さんはだあれ?」
「すっごいきれい。どこかの国のお姫様?」
アレッサが咳払いする。その顔は、孤児院の先生だった。
「月から来た乙女です。言葉がまだよく分からないから、教えてあげること」
五人が一斉に返事した。
「はーい」
「でも、家はどうするの?」
困ったように、ラウラが口にする。
「大丈夫。ちゃんと考えてるよ」
次の日から、家づくりが始まった。
「今までより、材料が多いわね」
「気づいてくれてありがとう。大きい家を建てるためさ」
「だから、いつもより帰りが一日遅かったのね。何かあったのかと、すごく気をもんだのよ」
出来上がった三軒目は、他の二軒より一回り大きかった。
「私たち、ここに住むの?」
「そう。君たち五人と、おれと、シャラと。七人で住む」
「楽しそう」
「早く入ろうよ」
そして、にぎやかな暮らしが始まった。




