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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第1部 第一章

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36/121

(36)建国①

 夜明け前、甲高い鳥の悲鳴にヴィットは目を覚ました。

「どこから聞こえてくるのかな」

 鳥は、助けを求めるように叫び続けている。

 寝ぼけ眼をこすりながら、ラウルが柱の上を指さす。

「あそこじゃねえか」


 見上げても、下からは何も見えない。

「兄い。肩車してくれよ」

「はあ。面倒くさい。ほっとけよ」

 そう言いながらも、しゃがんでくれるのがラウルだ。


 視界がぐっと高くなり、柱の上部も見えた。

「蛇だ。蛇がヒナを襲ってる」

 蛇が大嫌いなラウラが声を上げた。

「すぐ追い払って。絶対こっちに越させないで」

「じゃあ、何か、棒のようなものを」


 手渡された棒で、蛇をつつき落とそうとする。

「あっ」

 蛇は落ちたが、巣も落ちた。

「キャー」

 ラウラが悲鳴を上げる。

 愛妻の危機に、ラウルは蛇を踏んづけ蹴飛ばした。

 その弾みで、ヴィットも落ちた。


 飛ばされた蛇は、アレッサが石弓で仕留めた。

「今日の朝食が手に入ったよ」

 その逞しさに、アトワンはため息をついた。


 落ちてきたヒナは三羽。しかし、一羽は首を折って死んでいた。

「何のヒナかな?」

 ヴィットが腰をさすりながら聞く。

 物知りなアトワンが答える。

「多分、サバクワタリだな」

「ええ。怖いじゃないの」

「親はどうしたのかしら」

「アレッサが殺したんじゃないか? ほら、石弓で」

「え、じゃあ、夕べ食べちゃった、あれ?」

 全員、言葉を失くし黙り込んだ。



 廃墟を出発して三日目。

 アレッサが悲鳴を上げた。

「大変だよ。このままじゃあ、水が持たない」

「姉貴にしちゃ珍しい。計算違いかい」

「あんたたちが飲み過ぎるんだよ」

「でも、暑いし、飲まないと死んじゃうよ」


「計算違いの原因は、馬よ」

 ラウラが冷静に答える。

「馬が飲む分を考えてなかったわ」

 馬も人間と同じ、暑いと喉が渇く。しかも、今まではせいぜい子供を乗せて庭を一周するくらいだったのが、今は重い車を引いている。疲れもたまるし飲む量も増える。

「ラクダと同じくらいに考えてたのが甘かったというわけね」

 ラクダについては、買った時に商人に聞いたので問題なかった。


「それに、ジャヤとチャヤの分も」

 ラウルが、サバクワタリのヒナにサソリを与えながら笑った。

 サバクワタリは、肉食だ。

 昨日までは、蛇を細かく引き裂いて与えていた。アレッサは「もったいない」と反対したが、ラウラが「絶対、嫌」と突っぱねたので、蛇は人間でなく鷹の食料になった。

 今日はたまたまサソリが襲ってきたので、それを捕まえたが、明日からの食料が心配だ。


「今日はこの辺りで野宿かな」

「また、サソリが来ないかなあ」

「蛇の方が、食いでがあるよ」

 男性陣の会話に、ラウラは震えながら顔をしかめた。

「来るのは嫌だし、来なければヒナが可哀そうだし、もうイヤ」



 真夜中、ヴィットは、微かな振動を感知して目を開けた。

(地震?)

 しかし、大地は静かだった。

(違う。空が揺れている)

 揺れを感じる方角を見上げる。満月だ。

 その光の前に、いきなり何かが現れ、落ちてきた。

(流星?)にしては、大きい。


「人だ」

 目の良いヴィットが叫び、走り始めた。


 隣に寝ていたアトワンは、その声で目が覚めた。ヴィットの後ろ姿を見て、何事かと跳ね起きると、後を追いかけた。

 続いて目覚めたラウルも、寝ぼけ眼をこすりながら後を追う。


 五分は走っただろう。ヴィットは、ようやく砂の上に投げ出された女性を見つけた。

「女神?」

 月の光と同じ色の髪に縁どられた白い肌と、花のように美しい(かんばせ)

 ヴィットは、一瞬で心を奪われた。


 自分と同じ年頃のその女性は、横たわったまま両腕を伸ばし、指先で円を作った。

「シャ・ラ」

 吹き出した水にヴィットは後ろに飛びのいた。

「何が、起こった?」

 手の中から溢れ出た水を顔面で受け、女性は起き上がった。


「大丈夫かい」

 呼びかけに振り向いたものの、目に生気がない。

「どこか痛いのかい」

 空から落ちてきたのだ。けがをしていない方がおかしい。そう思ったが、女性は痛がっている様子もない。


「どうして空から落っこちたんだい? 名前は?」

 反応はない。

 そこで初めて気づいた。

「言葉、分かりますか?」

 やはり返事はない。代わりに首を傾げている。


 そこへ、みんなが追い付いてきた。

「どうしたんだ」

「その女性は?」

「空から落ちてきたように見えたけど」

 ラウルが天を仰いで笑った。

「まさかぁ。空から人が突然現れるなんて……、うぇ?」

 変な叫びをあげ、ラウルが後ろに飛びのいた。つられて、他の四人も同様に飛びのく。


 空から杖が矢のように飛んできて、ヴィットの前に突き刺さった。砂煙が立ち、思わず目を閉じる。

 その目を開けた時、杖の傍に男が立っていた。


 男は杖を引き抜くと、長いローブをはためかせながら、ゆっくりと近づいて来る。

 アレッサはアトワンに、ラウラはラウルに、それぞれしがみついた。

 男たちはそれぞれの妻を抱き寄せ、背に匿った。


 ヴィットは、腕に重さを感じ振り向くと、女性が自分の腕に縋りついている。握る手に力がこもっている。

(この男を怖がっている?)

 言葉が通じないと知っていて、声をかける。

「大丈夫だよ」


 男はヴィットの正面に立った。

「*&%$#?」

 何か分からない言葉を発し、女性に向けて手を差し伸べた。

 しかし、女性は嫌だと言うようにかぶりを振ると、ヴィットの後ろに回り、怯えたように背中に顔をうずめた。その震えが、背中から伝わって来る。


 ヴィットは両手を広げて男の前に立ちはだかった。

「この人は嫌がっている。追いかけて来たのかもしれないけど、諦めて帰れ」


 男がヴィットを見つめる。痛いほどの視線だ。

 視線はヴィットを品定めするように、上から下に動く。


 検分が済んだのか、男は諦めたようにため息をついた。

 それから、手にした杖を地面に突き刺し、何か呪文を唱えた。と、杖が勝手に動き出した。

 砂の上に曲線を引きながら、すごい速さで進んでいく。どこまで行ったか見えなくなって、しばらく後、反対側から戻って来た。

 戻ってきた杖を抜くと、その穴に、何か丸いものを埋めた。


 次に、男は杖を持った右手を前に出し、また、別の呪文を唱えた。

 足の下の地面が揺れ始める。

 ヴィットはまだ怯えている女性を抱きかかえると、揺れのないところを目掛けて走った。他の四人もそれに続く。


「あ、あれ……」

 泣きそうな声で、ラウラが指さす。


 さっきまでいた場所が盛り上がり始めた。たちまち砂の山ができ、その山が割れ、巨大な岩が頭を出した。それが、どんどん姿を現し、とうとう宙に浮きあがった。

 大岩は空中を移動し、少し離れた地面に着地した。

 岩があった場所は大きく陥没し、底から水が噴き出てきた。水はみるみる穴を満たし、大きな泉になった。


 男は岩に近づくと、その正面の大地に杖を突き刺した。次に杖を折る。短くなった杖は、彼の手の中でにゅにゅっと伸びる。それをまた大地に突き刺し、折る。また伸ばし、三度折る。それを二本の杖に渡し掛け、門を作る。できた門の前に立つと、今度は呪文を唱え始めた。


 男がほうっと息を吐き、呪文が終わった。そのまま女性を振り返り、もう一度、手を差し伸べた。

 女性は、やはり首を横に振った。

 男は寂しそうに微笑むと、一人、門をくぐって行った。


 果敢にも、アトワンが門に向かって歩き出した。

「止めて」

 アレッサが泣き声を上げた。

「大丈夫だ。くぐりはしない。というより、これは……」


 みんな彼の周りに集まり、呆然とした。

 アトワンの手が門の向こうの岩に触れている。

「ただの木の枠だ」

 その言葉を、ヴィットも手を伸ばし確認した。


「男が帰ったから、もう閉じたんだ」

「開くことはないのかしら」

「ないんじゃね?」

 ラウルの言葉に、ヴィットは笑った。

「兄いは楽観主義だからなあ」

 それから、女性を振り返った。


 表情には、まだ少し怯えが残っている。

「名前は何て言うの?」

 そう言ってから、言葉が通じなかったことを思い出した。

「おれの名前はヴィット」

 自分を指さし、「ヴィット」と繰り返す。

 次に、女性を指さした。

 通じたか通じなかったのか、女性は首を横に振った。


「じゃあ、シャラにしよう。シャラって、この国の金の神様の名前だよ。君の髪の色と同じだ。それに、君がこの国に来て最初にしゃべった言葉もシャラだったからね」


 もう一度、自分を指さし「ヴィット」、女性を指さし、「シャラ」と笑いかけた。


 女性は、自分の胸に手を当て、確認するようにつぶやいた。

「シャラ」

 そこで、初めて微笑んだ。

 それは、全ての者に幸福をもたらす笑みだった。


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