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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第1部 第一章

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33/122

(33)逃避行③

 二人は、日暮れまでに、川にたどり着くことができた。


 ロッシュは裸になると、水に飛び込み、体や髪を洗った。

 固まっていた土が溶けて、水が茶色く濁っていく。反対に、体と髪は軽くなった。


「風邪がひどくなっても知らないぞ」

 春ももう終わりとは言え、まだまだ夜は冷える。

「大丈夫。私バカだし、バカは風邪ひかないっていうし」

「今朝、風邪をひいたって鼻水をすすってたのは誰だよ」

「私バカだから忘れましたー」

 そう笑って、両手で水をすくうと、カボに向かって「そりゃ」と投げかけた。

「よせやい」と逃げ回るカボを、追いかけて水を飛ばし続ける。


 ひとしきり遊んだ後、体を乾かし、服を着る。

「洗濯したいなあ」

「泥まみれでも死ぬことはない。それより、今日はあの橋の下で寝ようぜ」

「ああ。屋根があるのは嬉しいなあ」


 二人は、誰もいないのを見計らって、橋の下に潜り込んだ。おあつらえ向きに、両側には柳の木が生い茂り、二人の姿をすっぽり隠してくれた。

「今夜は安心して眠れそう」

「昨日も熟睡してたくせに」

 ふふんと鼻で笑い、目を閉じる。あっという間に眠りに落ちた。



 次の朝、おなかの鳴る音で目が覚めた。

 カボが呆れたように声を上げる。

「ホントに食い気ばっかりの奴だなあ」

「まあ、これが生きるってことでしょ。食べ物探しに行こう」


 茂みから這い出すと、丁度朝日が昇り始めたところだった。

 カボをつまみ上げようとして、彼が真剣な表情をしているのに気づいた。

「どうしたの? 何かあった?」

「お前の髪、目立ち過ぎだ」


「これ?」

 そう言って、指ですいて見せた。

「やっぱり、うら若き乙女が婆のような白髪って、変だよね」

「そうじゃない。それは白と言うより銀だ」

「銀? かっこいいじゃん」

「ああ。今、朝日を受けてキラキラしていた。遠目でも分かるぞ、きっと」

「別に良いんじゃない? 追われてるわけでもないし」

「甘い。この国では目立たない方が良い。人と違うものは拒否される。おいら、この一年、そんな場面をいっぱい見てきたぞ」

「カボが言うと、説得力あるなあ」


 何しろ、ロッシュと出会うまでの一年間、何度も殺されたと言うのだ。その経験からくる考えなら、従う方が良いと思えた。

「考えすぎかもしれないけど、用心に越したことはない」

「うん。分かった」


 と言って、どうするか。土手に座って考える。

 川風が頬を撫で、気持ちが穏やかになる。

 時折強い風がきて、アオザイの裾がはためく。


「よし」

 ロッシュは上着を脱ぎ、刀で、スリットより下の部分を切り落とした。

「針と糸って、ないよなあ」

「当たり前だ」

「ほつれて来るけど仕方ないか」

 短くなった上着を被る。


 次に、ほどいていた髪を束ね、お団子のように丸めて縛る。それを、切り落とした上着の前部分の布で包み込むと、額で両端を結んだ。

「これでどうだ」

「ばっちりだ。髪は見えない。ちょっと変だけどな」


 最後に、後ろ側の布を裂き、帯の代わりに腰に結んだ。

「こうすれば、刀を差しておける」

 両手が使える方が、何かと便利だ。


「よし、今度こそ食い物探しに出発だ」

 勇ましく立ち上がると、カボをつまみ上げ、胸に放り込む。

「また、ここかよ」

「文句言わない」

「まあ、気持ちいいから良いけどさ」

「よこしまな気持ちを起こさない」


 橋を渡るかどうするか、ひとしきり相談し、結局渡らないことにした。

「向こう岸は藪続きだけど、こっちは岩場があって楽しそうだよ」

 パースの川は用水路、当然、河原も岩場もなかった。


 岩から岩に飛び移りながら移動する。ふと、その足を止める。

 岩と岩の間に水たまりがある。そこに、魚がいた。

「へっへ。朝食見っけ」

 刀を構え、じっと狙いを定める。その手をさっと突き出し、戻すと先端に魚が刺さっていた。

 カボが驚いたように言う。

「ネコみたいな奴だなあ」

 ロッシュは、笹の葉を獲物のえらに通しながら、ふふんと笑う。

「まだまだ行くよ」


 三匹捕まえたところで、「こんなもんかな」と、ひとまず終了する。

 その間、カボは、土手で食べられそうな植物を探していた。


「それ、生で食うのか?」

「まさか。焼いて食べるよ」

「どうやって火を起こす気だ?」

 ロッシュは、にやっとした。

「円を使ってみる」


 土手下の狭い河原で、石を丸く積み上げかまどを作ると、拾い集めた枯れ木を積み上げた。

 炎が燃える様子をイメージする。

「フィア」

 火は起こらない。


 呪文は間違っていないはずだ。ハリシュがこれで火を起こすところを見たから。

『集中力が足りない』

 そう自分を鼓舞するハリシュを思い出す。

(そうだ、集中だ)


 心を落ち着け、再度イメージする。

「フィア」

 火は起こらない。

「フィア」

 三度目の正直で、薪が燃え出した。

「やったね」

 大きく息をつく。残った疲労感を押しのけ、木の枝に刺した魚をかまどに渡し、炙る。


 焦げないように火加減に注意を払う。片面が焼けたら裏返す。

「もういいかな」

 魚を引き上げると、待ってましたとカボが言う。

「次はこれだ」

 手には、小さい芋の子を幾つも持っている。それを、火の消えかけた薪の上に放り込むと、かまどを壊し、熱々の石で埋め込んだ。


「もしかして、マルイモ?」

「そう。種が畑から飛んできたんだろうな。あっちに自生してた。小さいからすぐ火が通ると思うよ」

「余熱で蒸し焼きか。考えたなあ。じゃあ、その間に魚を食べるか」

 そうして、焼き立ての魚を一つ手にすると、その腹にかぶりついた。


「うん。いけるんじゃない」

 味付けをしていない魚は、正直物足りなかったが、空腹は最大のソース。あっという間に一匹平らげた。


「カボも食べなよ。味はないけどおいしいよ」

「いらない。小人は草食なんだ」

 そう言って、見たことのない草の茎をかじっている。

「へーえ。肉の味を知らないなんて、人生損してるね」

「それは、魚だろ」

「魚肉だよ」

 そして、二匹目にかぶりつく。


「その草は、おいしいの?」

「おいしいわけじゃないけど、腹の足しにはなる」

「それは、パースになかったよね」

「ああ。初めて見るけど、毒はなさそうだし、かじってみたんだ」

「私でも食べられるかな」

「止めた方が良い。人間にはあくが強すぎる。たぶん吐くぞ」

「じゃあ、止めるわ」

 そして、三匹目に手を出す。


 それも、あっという間に平らげる。

「芋はまだかな」

「そうだな。見てみるか」


 大騒ぎしながら熱々の石をどけ、灰の中から芋を取り出す。

「うん。ちょうどいいな」

「そう? こっちはまだ少し硬いよ」

「欲張って大きいのを取るからだ。小さい方が火が通りやすいに決まってるだろう」

 焼き立ての魚にほくほくの芋。

「やっぱり、火の通った物っておいしいねえ」


 まだくすぶっているかまどを見て、小人は眉をしかめた。

「また、燃え出したら大変だな」

 ロッシュはニヤッと笑った。

「シャ・ラ」

 水をかけると、かまどはシューシューと音を立てて冷えて行った。

「便利だねえ」

「すぐそこに川があるのに」

「でも、入れ物はないし、こっちの方が楽じゃない。まあ、ちょっと疲れるのが難点かな」


 ロッシュは立ち上がった。

 カボを服に押し込み、また歩く。海を目指して。

 川は緩やかにカーブし、岩場は少し先で崖になっているのが見て取れた。

 仕方なく、土手を上り、道に戻る。幸い人影はない。


 しばらくして、ロッシュは嫌な気配を感じて振り向いた。

「どうした?」

「いや。誰かに見られている気がして」

「大丈夫か?」

 カボの声が強張っている。

「うん。勘違いみたい。誰もいない」

「用心しろよ」

「うん。分かってる」


 足が自然と速くなる。


 何かに追われている。気配は感じるが、振り返っても姿はない。

(それに、あれは何の音?)

 虫の羽ばたきにも似た、うねるような音が微かに聞こえる。

 けれど、振り返っても何もない。


 うねりは少しずつ大きくなってくる。

 振り返る。何もない。


(違う、上だ)


 見上げた空に、不思議な物体があった。それが、急降下してくる。


 好奇心よりも恐怖が勝った。

 ロッシュは走り出した。


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