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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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32/67

(32)逃避行②

 名前の知らない大きな木の下で、二人はロシュナーハを食べた。


 カボが一つで十分だと言ったので、ロッシュは三つを平らげた。

「お前、先のことを考えない奴だなあ」

「何とかなるでしょ。とにかく、空腹だと力が出ないからね」

 種をしゃぶり、指先についた汁もしゃぶり、やっと人心地ついた。


「それより、これからどうする?」

「おいら、海へ行きたいなと思ってる」

「海! 私も行きたい」

 海は、沙漠の国、パースの民にとって憧れの場所だった。


「海ってさあ、大きな水たまりなんでしょう」

「うん。おいらもそう聞いてる」

「見たことないの?」

「あるわけないだろう。おいらもパース生まれのパース育ちだぞ」

「そだねー」


「でも、この国で海って、どこにあるの?」

「うーん」

 パースでは、隣国、サルヴァーンには海があると聞いていた。


「でも、ばあちゃんが、故郷には海があるって言ってたから、きっとあるはずだ」

「おばあちゃんは、ここに来たことあったの?」

「ない。けど、ばあちゃんのばあちゃんが言ってたって言ってた。ばあちゃんのばあちゃんが小さい頃は、まだこことパースは行き来したって言うから、本当だよ。きっと」


「カボは、おばあちゃん子だったんだね」

「仕方ないだろ。おいら、ばあちゃんに育てられたから」

「えっ。ご両親は?」

「いたけど、昼間は忙しいし……」


 カボは下を向いてぽつぽつ話し始めた。


 カボが生まれた時、パースにいた小人は五人だった。カボの両親と叔父と祖母。

 

 両親と叔父の三人は、交代で仕事をしていた。二人は畑仕事で食料調達、もう一人は城に出かけて様子を見て来る。夕食時に集まり情報交換をすると、次の城当番は出かけ、次の夕食まで戻らない。


 カボの面倒は、祖母が見てくれた。それは、特別ということではなく、小人社会では老人が子供の世話をするのが当たり前だった。

 老人は、小人社会の伝統やしきたり、昔話などを聞かせて育てる。

 祖母も、当然、そうした。


「でもな、おいらが三つの時、母ちゃんがネコに襲われて死んじゃったんだ」

「ネコ?」

 パースでは、ネズミの被害を防ぐためネコを飼う家が結構あった。

「あいつらにしたら、小人もネズミも変わらないんだろうなぁ」


 ロッシュはドキッとした。恐る恐る問う。

「もしかして、鷹に襲われた、こともある?」

「いや、無い。っていうか、逆だよ。鷹はおいらたちを守ってくれる。実際、父ちゃんも助けてもらったことがあるって言ってた」

「守ってくれる?」

「うん。ばあちゃんの話では、昔から鷹は小人の友達だって」

「うちにも鷹を飼ってるけど、あいつらも友達かな」

「うん。お前のこと見に行った時、挨拶したよ。あいつら、賢いよな」

「そっか。知り合いか。そういや、私のこと注目してたんだもんな」


 ロッシュは、不思議な気持ちがした。

 自分とカボが巡り合ったのが偶然ではない、そんな気がした。


「で、ばあちゃんが言ってたんだ。海には人魚がいるって」

「人魚‼ ホントに?」

「まあ、ばあちゃんもそのばあちゃんから聞いた話だって言うから、本当かどうか知らなかったみたいだけど」

「でも、居るなら会いたいねえ」

「うん。それに、人魚と小人は友達らしいから、仲間のいるところを教えてもらえるかも」

「よし、じゃあ、海に行こう。私も人魚と友達になる」


「でも、海ってどこにあるの?」

「うーん」


「って、っこの会話、さっきもしたんじゃね?」

「ロッシュもバカだけど、おいらも結構バカかも」

 そうして、二人して考え込んだ。


 ポンと、ロッシュが手を叩いた。

「あ、そうだ。学校で習ったけど、川は海へ流れ込むって」

「パースの川は、沙漠に沈みこんだだけだったぞ」

「うん。あれは、人工の川だから、水路っていうのが正しいらしい。本当の川は、海へ注ぐんだって、先生が言ってた」


「じゃあ、川を探して辿って行けば良いわけか」

「そういうこと。で、さ、川があるのは、丘から見て知ってるんだ」

「どこにあったんだ?」

「丘から見て右手」

「それって、今いるところからどっちだ?」

「えっとね、左手に王宮が見えてその反対側だから」


 城は、既に見えない。そして、太陽は南中を越えていた。

「ちょっと待てよ。私ら東に向かって歩いてたはずだよな」

 ロッシュは、立ち上がってうろうろと方角を探る。

「図に描いた方が分かりやすいんじゃないか」

「そうかも」


 座り直し、石ころを拾う。それを使って、地面に絵を描く。

「丘から見て右手が川、左手が王宮。それに、正面から日が昇っていた」

「おいらたちは、街を北側から抜け出したから、今この辺りとして、太陽の方向に進めばいいのかな」

「ちょっと変じゃない? だって、今朝は東に向かうため太陽の方に歩いたよ」

「ロッシュ。やっぱりお前バカだ。太陽は動くだろ。今は正午過ぎだから、太陽は南だよ」

「あ、そうか。でも、夕方になったらどうなるの?」

「あ、それもそうだな。西に行っちゃう?」

 うーんと、二人して腕を組み、また考え込む。


「馬鹿が二人寄っても無駄だね」

 ロッシュが笑った。

「きっちり南でなくても、だいたいで良いんじゃない? 川は東向いて流れてるって分かったから、とりあえず太陽に向かって進もうか」

「そうだな。細かいことは気にしないで行こう」


 ロッシュはカボを持ち上げると、また服に押し込んだ。

「また、こんなとこへ。おいらがムラムラってきて、悪さしたらどうするんだ」

「けけっ、だね。カボが弱いの知ってるもん」

「ちぇっ。可愛くない」


 ロッシュは、どんどん思った方に歩く。振り返ったり迷ったりはしない。

「さっき、三つの時お母さんが亡くなったって言ってたけど、お父さんと叔父さんも早くに亡くなったの?」

「うん。父ちゃんは病気で、叔父さんは事故だ」

「事故?」


「おいらたち、農耕民族だって言ったよな」

「うん。聞いた」

「畑は、人間が王室付の畑って呼んでる場所だ。あれを管理している」

「管理って?」

「主に害虫の駆除。捕まえた虫はね、鷹のヒナにあげるんだ。仲良しだからね」

「それも、昔から?」

「そう。昔から。で、できた作物を少し分けてもらう。それで、暮らしてきたんだ。でも、人間はおいらたちの存在を知らないから、何にも気にせず鍬を打ち込むんだ」

「じゃあ、鍬で怪我したの?」

「ああ、大けがして、そのままいっちゃった」


「叔父さんの病気は?」

「働き過ぎだよ。大人が一人になっちゃったから、城の見張りと畑と、両方しようとして無理がたたったんだ。で、ばあちゃんと二人になって、でも、ばあちゃんも年だったから……」


「そうか。カボはずっと一人だったんだね」

「ああ。でも、おいらは泣かなかったぞ」

「すいませんね。泣いちゃって」


「でも、カボは、この国の言葉が話せるんだね」

「ああ。向こうで練習したからな。ばあちゃんが、きっと帰れる日が来るからって教えてくれたんだ。忘れないように何世代も伝えてきたんだって。でもな、昔の言葉だから、この国で今使われているのとは、ちょっと違う所もあるみたいだ」

「それで良いからさ、私にも教えて。そしたら、盗賊にももっと早く対処できるし、食べ物下さいってお願いもできるから」

「そだな。じゃあ、何から」

「水は?」


「水は、シャ・ラだ」

「そうか。だからその呪文で水が出るんだ。じゃあ、ク・ロッシュは破壊とか?」

「そう。破砕の方が近いかな。逆に、リ・ロッシュは再生だ」

「へぇー。ロッシュの付く言葉は他にあるの?」

「よく似た言葉でローシュは花だよ」

「花か……。そうだ、試してみよう」


 ロッシュは、指で円を作ると、それを通して地面を見た。

 芽吹いたばかりの草が風に揺れている。


 ハリシュが訓練中につぶやいていた言葉を思い出す。


『エナジーの動きを見つめ、どうあって欲しいか心に強くイメージする』


(花の咲く野原)強くイメージする。

「ローシュ」


 反応があったのは、地上の草だけでなかった。

 地面がひび割れ、ポコッと芽を出す。一つ、また一つ。

 土の中で眠っていた種が目覚め、次々に芽を出し、茎をのばし、葉を広げた。早送りの動画を見るように、つぼみが膨らみ花が咲くまで一分もかからない。野原は、あっという間に花盛りになった。


「すっご」

 ロッシュは、自分のしたことに、思わず感嘆の声を漏らした。



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