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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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31/65

(31)逃避行①

 チクチクと体を刺す痛みに目を開けた。

 しばらくの間、ロッシュは、自分がどこにいるのか分からなかった。

 密集した葉の隙間から、太陽の光がちらちらこぼれて来る。


「やっとお目覚めか。誰か来たらどうしようかと冷や冷やしたよ」

 耳元で声がする。

 横になったまま首を動かし、目の前に小人がいるのを見てやっと頭が働いてきた。

「そうだ。カボだ」


「全く。寝ぼけてる場合じゃないよ」

 カボは、手にした木の枝でロッシュの腕をつついた。

 先ほどの痛みの原因はこれか、と納得する。

「昨日も言ったけど、この辺りは物騒なんだからな。早く逃げなきゃ」


 昨夜、隠れる場所を探して随分歩いたが、よい場所が見つからず、疲れ果ててこの茂みに逃げ込んだのだった。

「もう歩けないって泣くから仕方なくここへ転がり込んだけど、こんな開けた場所、おいらにとっては恐怖しかないからな」

 そうは言うものの、さほど怖がっているようには見えない。しかし、とりあえず謝っておく。

「ごめん。久しぶりに体を伸ばして眠ったから、つい寝過ごしちゃったみたい」

「まあ、ロッシュにとっちゃ地下道は狭すぎたからな」


「で、ここって、どこらへん?」

「さあ。夕べは適当に走ったからよく分からないけど、街の北側ってのは間違いない」

 町の北側はなだらかな山脈が続いている。そのふもとだろうと言う。

「北は、街の裏口になるんだ。南には街道があって、門のある丘に続いてる。そいで、人も多くて、おいらにとっちゃ危険だった。でも、北は普通の人が少ない反面、盗賊とかヤバい奴が多くて、ロッシュにとっちゃこっちの方が危険だったかもね」

 ロッシュは大きくうなずいた。

「確かに」


 それから、盗賊から取り上げた剣を拾い上げた。

 護身用に持っていたいと思ったが、腰帯がない。

 仕方なく、左手に携える。


 二人は、とりあえず茂みを出た。

「肌寒いね」

 その言葉が終わらないうちに、今度はくしゃみが出てきた。

「やばい。風邪ひいたかも」

 くしゃみを連発し、鼻水が垂れてきた。しかし、拭く布がなく、仕方なく指で拭う。

「汚いなあ」

「大丈夫。洗うから」

 ぬるぬると光る指で円を作る。

「ク・ロッシュ」

 出てきた水で指を洗う。

「その使い方、間違ってるぞ」

「正しいも間違ってるもないんじゃない。役に立てばいいのよ」

 濡れた指をピャピャっと振って、水気を飛ばす。


 右手のはるか向こうに城の塔が見えている。左手上空には、昇りつつある太陽が輝いている。

「ということは、私たち、街の北端で、城より東にいる、で正解?」

「正解」

「で、どっちに行こう」

「とりあえず、城から離れよう」

「てことは、もっと東だね」

 二人は、太陽に向かって歩き始めた。


「それよりさぁ、お前、髪の色そんなだったっけ」

「ロッシュね。いい加減に覚えてよ。で、髪がどうしたって」

「だから、その色。染めてるのか?」

「色?」


 ロッシュは、左手で束ねた髪を無造作につかむと、顔の前に持ってきた。そして、言葉を詰まらせた。

「何、これ、……」

 手の中の髪は、真っ白だった。

「噓でしょ。どうして、こんな」

 ロッシュの髪は真っ黒で艶があって美しい。そう評判だったのだ。

「こんな、老人みたいな……」

 思わず涙がこぼれて来る。


「ご、ごめん。余計なこと言って」

「カボが謝ることじゃないよ。私こそ、取り乱してごめん」

 そう言いながら涙をぬぐう。しかし、後から後から溢れて来て、止めようがない。


 髪のことだけじゃない。

 この世界に来て起こった出来事の数々、あまりにも理不尽だ。なぜこんな目に合わなくてはいけないのか、悔しくて哀しくて、これからどうなるのか、心配で心細くて。そもそも、こんな世界へ一人で踏み込んでしまった自分がうらめしい。


「家に、帰りたい」

 家族が、パースが恋しい。

 しゃがみ込んで、子供のように泣きじゃくる。今まで我慢してきた思いが、一気に涙に変わって溢れ出す。


 ひとしきり泣いたときだった。

 静寂を破って、ぐうぅぅと大きな音がした。

 腹の音だ。

 ロッシュは、泣きながら吹き出した。

「こんなに哀しいのに、おなかは空くんだね」

「それが、生きるってことだろ」


 ロッシュは涙をぬぐいきると、立ち上がった。

「そうと決まれば、食べ物を探さなきゃ」

「盗んでもばれないものを、な」

「盗みは嫌だなあ」

「じゃあ、どうやって手に入れるんだ」

「うーん」

 とりあえず、平野に広がる畑を目指して歩き始めた。


 畑には、見たことのある緑の葉が生い茂っていた。

「マルイモかな」

「正解」

「ロシュナーハもそうだけど、この世界とパースと、植物がよく似ているよね」

「そりゃあ、おいらたちのご先祖様がここから持っていったからだよ」

「本当に?」

「ああ。そう聞いてるよ。乾燥地でもよく育つ作物を選んで持ってったって」

「それ、いつの話?」

「月の乙女がいた頃の話じゃないかな」

「ゲゲッ。五百年も前かぁ」


 畑には、ぽつぽつと作業をしている農夫の姿が見えた。

 ロッシュは急にしゃがみ込むと、カボを手招きした。

「あの人たちにお願いしたら、食べ物をもらえないかな」

「無理だと思うけど」

「でも、やってみる価値はあるよね」

「やりたきゃやれよ。おいらは人に話しかけるなんてまっぴらだからな」

「分かってる。私が話しかける」

 そう立ち上がろうとして、カボがズボンのすそを引っ張っているのに気づき、またしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」

「お前、ここの言葉話せないだろう」

「そっか。言葉が違うんだ。忘れてた」

「お前、やっぱりちょっとバカだろう」

 ロッシュは、思わずうなだれた。


「実は、親によく言われた。頭の中身をおなかの中に置いてきたんじゃないかって。で、リシュが全部持ってきたって」

「リシュって、弟だったっけ?」

「そう。あいつ、頭良くて」

「でも、それは間違いだ。だって、本当の姉弟じゃないから」

「そ、そうだった」


 ロッシュは立ち上がると、また、歩き始めた。

 しかし、すぐ足を止めた。

「えっ。じゃあ、私の頭の中身はどうしたんだろう?」

「上の三人の姫様はみんな賢かったから、カスしか残ってなかったんじゃないか」

「そうか。それなら分かる」

「納得するなよ」


 人間には近づきたくない、というカボの意見を尊重して、農夫の姿を遠目に見ながら行き過ぎる。

「ねえ、向こうに見えるの、ロシュナーハの林じゃないかな」

「おいらにはマルイモの茎と葉っぱしか見えない」

「めんどくさい奴だなあ」

 ロッシュは腰を曲げると、ひょいとカボを持ち上げた。


「ほら、見えるでしょ」

「ああ、確かにロシュナーハだ」

「あれなら採っても大丈夫じゃないかな」

「うん。ばれないようにな。それより、早く下ろしてくれ。人間に見つかると大変だ」

「それはそうだけど、いろいろ不便なんだよな」

「何が不便なんだ?」

「話がしにくい」

「まあ、仕方ないな」

「でも、離れているから、つい声が大きくなって、誰かに聞かれたら困るじゃない」

「いや、言葉が通じないんだから、聞かれても大丈夫だろう」

「余計まずいよ。大声で意味不明の独り言をしゃべってる人って、絶対変だよ。通報されるよ、きっと」

「じゃあ、どうするのさ」


 ロッシュは、今やボロボロになったアオザイを見下ろした。

「この服、ポケットがないんだよなあ」

 無い知恵を必死に絞る。


「そうだ」

 ロッシュは上着の襟ぐりを引っ張ると、その隙間にカボを放り込んだ。

「おい、ここはダメだ」

「何で? ここなら見つからずに話しやすいよ。」

「何で、って、こう見えても、おいらは成人男性なんだぞ」

「し、静かに」


 仕事を中断してこちらを向いている農夫が目に入った。

 少し離れているが、不審そうにこちらを見ているのが分かった。

 軽く会釈して、急ぎ足で通り過ぎる。

「やっぱり、変人だと思われたかな」

「たぶんな。目立つのは良くないから、小声で話そう」


 目指すロシュナーハの林まで来ると、足を緩め、ちらっと来た方角を振り返った。

 さっきの農夫は、また、腰を曲げて作業している。

「油断禁物。ここからが勝負だよね」


 林を通り抜けながら、素早く食べごろの実をもぎ取る。それを、カボの上に突っ込む。

「おい、止めろよ」

「しょうがないでしょ。隠すところが他にないんだから」

 ささやきながら、また一つ突っ込む。


 カボは無言で実を下に押しやると、自分はその上によじ登った。

 それを四回繰り返したとき、ロッシュは林を抜けていた。

 念のため振り返る。

 誰も追ってこないのを確認して、走り出した。





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