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EN~RIN  作者: 不動坊多喜
第一章

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30/67

(30)記録⑤

 ラシードが前線に赴き、三か月が過ぎた。


 訓練の後、マルコが言った。

「今日の午後、ラシードが帰って来るそうだ」

 とたんにリシュの顔が明るくなった。

「本当ですか」

 マルコは、面白くなさそうに舌打ちした。

「随分うれしそうだな。あいつのどこが良いのだか」

「そりゃあ、いろいろ自由にさせてもらってますから」


 マルコはついと立ち止まると、リシュに向き直った。

「自分たちは、三か月剣を交えた」

 リシュは、黙ってうなずく。

「ラシードとお前は、半月にも満たないだろう?」

「そうですね、ほんの十日ほど……。でも、それが何か?」

「時間の長さじゃないのかって、呆れてた」

「ごめんなさい。ボク、マルコさんが何を言いたのかよく分かりません」

 マルコは呆れたように空を見上げると、何か考えるそぶりを見せた。


「ガッチャミーの話を聞いたか?」

 突然話が変わって、リシュは戸惑った。

「いえ。それ、隣の国ですよね」

「そうだ。ここと同じように、軍の通過国だ。軍の通過を許したばかりに、今や軍に占拠されているらしい。やりたい放題されているとか、とにかくよくない噂ばかり聞く。この国もすぐにそうなる、かもしれない」


「街は景気が良いって、聞いてますけど。軍がお金を落としてくれるからみんな喜んでるって」

「確かに好景気だ。特にお前の家は」

「鍛冶屋ですからね。武器の注文が多いでしょう」

「それに、お前の兄貴は若いのに腕が確かだ」

「ありがとうございます。父の代から勤めてくれている方々のお陰です」

「戦が長引くほど、大儲けだ」

 この言葉に、リシュはむっとした。


「戦は早く終わる方が良いでしょう。儲けより平和ですよ」

「もちろんだ。戦が長引けば民衆から不満も出てくるだろう。長引かない方が良い。でも、そうは思わない奴もいる」


 マルコはそう言って背を向け、つぶやくように付け加えた。

「国は戦場にならない方が良い。しかし、今この国は、ラシード軍の砦の一つに過ぎない」

 そして、くるっと振り向くと、リシュにぐっと身を寄せた。

「ラシードは、この国の王か? 違うだろう?」

 リシュは、勢いに押されるように身を引いた。そこを、マルコはさらに押してくる。

「じゃあ、なぜ、この国の政治に介入してくるのだ?」


 リシュはその問いには答えず、震える声で尋ねた。

「マルコさんは、ラシード様が、お嫌いなんですか。どうして、いつも呼び捨てにされるのですか」

「ああ、好きじゃないね。所詮余所者。それなのに、いつの間にか自分の上司になっていた。挙句、この国を戦争に巻き込んだ。違うか」


「そうです。そうかもしれません。でも、ボクは、ボクは、仲良くして欲しいんです。ラシード様とマルコさんと……」

 リシュの目には涙がたまっている。それを必死にこらえる様子に、マルコは微笑んだ。

「すまない。お前がまだ子供だって忘れていたよ」

 そう言って頭に手を置くと、くしゃっと髪を撫でた。

「お前は賢い子だ。早く目を覚ませ」

 リシュはしゃくりあげると、そのまま地面に座り込んで泣き出した。

 マルコは、困ったように首の後ろを掻くと、ため息を一つ残して行ってしまった。


 リシュは座ったまま、地面に顔がつくくらい項垂れ、堪えていた。泣き笑いを。


 ラシードが求めているのは、頭の切れる生意気なガキ。

 マルコが求めているのは、頭の良い素直な子供。


 それを両方演じ切るのは、こんなに面白いことだとは、自分でも思っていなかった。


 体を小刻みに震わせながら堪えていると、懐かしい声が降って来た。

「どうした? 何を泣いている?」

 振り仰ぐと、話題の主がそこにいた。

「ラシード様……」

 慌てて涙をぬぐう。

 こんな場面を見られるなんて、何たる失態! 悦に入っていた自分が恨めしい。


「おかえりは午後じゃなかったのですか」

「昼飯を一緒に食べようと思ってな。それより、マルコにいじめられたのか?」

「違います。マルコさんは関係ありません」

 まだ近くにいるかもしれないマルコに聞こえるよう、大きな声で言う。

「マルコさんは銃を見せてくれたり、とても親切にしてくれます」


「はは。マルコとは、さっき会ったよ。寂しがって泣いているから慰めてやってくださいとお願いされた」

「寂しがってなんかいません!」

 両手をグーにして、ラシードの胸をどんどん叩く。

「分かった分かった。食いながら話をしよう」



「一、二か月とおっしゃってましたが、ずいぶんかかったんですね」

 フォークにパスタをまきながら愚痴る。

「ああ。残党狩りに忙しかった」


 ラシードたちが背後から攻め入ると、帝国軍はあっという間に総崩れしたそうだ。逃げ足の速い皇帝やその取り巻きは、船に乗ってラニューム海に浮かぶ島に逃げた。また、船に乗り損ねた貴族たちは、海岸沿いに北上し、彼らの勢力下にある国に逃げ込んだという。


「何しろ、広い国だ。逃げる場所はいくらでもある。それを片っ端から叩いていくには、まだ一年はかかるだろう」

 そこまで話して、ラシードはワインに口をつけた。


 リシュは、苦手なキノコと格闘しながら聞く。

「民衆はどうなったのですか」

「とりあえず、解放を喜ぶ人が多かったから良かった」

「喜ばない人もいるんですね」

「そりゃ、な。役人とつるんで甘い汁を吸ってた奴らにしたら、良い迷惑だ」

「このあと、帝国は誰が治めるんですか」

「さあな。本国から誰か来るだろう」


 リシュのフォークが止まる。

「どうした?」

「いえ。何でもありません」

 それから、ちぎったパンで皿に残ったパスタソースを拭うと、口に入れた。

「貧乏くさい食べ方だな」

「ばあちゃん仕込みです。これは理に適った食べ方なんですよ」

「何がどう、適っているんだ?」

「まず、食べ物を最後まで食べられます。それから、皿がきれいになるので後片付けが楽です。ラシード様にもお勧めしますよ」

「お前、前に俺がパンをスープに浸して食べたら、子供じみているとか言わなかったか」

「そう言えば、そんなことありましたね」

「どこが違うんだ? この食べ方と」

「さーあ?」

 すました顔で、リシュは口を拭った。



 食器の下げられたテーブルで、二人は向かい合った。

「それで、何か見つかったのか」

 リシュは、一冊の本をラシードの前に置いた。

「はい。これは、『月の乙女からの聞き書き』です。指輪に関する記述はありませんが、月の乙女が存在したと言う証拠にはなります。そして、その魔法の」

「魔法か。どんなことが書かれていたのだ」


「どうやら、乙女の国には、小人や人魚がいたようです」

「小人に人魚か。おとぎの国だな」

「はい。もしかしたら、小さい頃絵本で読んだ物語のモデルかも知れませんね」


「で、魔法は?」

「魔法とは言わず、『円』と呼ぶようです」

「円。どんな力だ」

「よく分からないのですが、指を丸めて円を作ると、その中から水が湧き出したと書かれていました」

「指の中から水が?」

 ラシードが、珍しく大きな声を上げ、慌てて口を閉じた。

「はい。その力は親から子に伝わり、力を持つ者が集まれば、天候も変えられるとありました」

「信じがたいな。で、それは、指輪とは関係ないのか」

「ありません」

 きっぱりと言い切る。


 ふーと息を吐きながら、ラシードが椅子に身を沈める。

 そんな彼の変化を楽しもうと、目を離さずもう一冊の本を出す。


「それから、こちらが、つい先日見つけた、初代、王の補佐官の私記です。読み始めたばかりですが、指輪に関する記述を見つけました」

「本当か」

 沈んだ体ががばっと起き上がる。予想通りの反応に、思わず頬が緩む。


「ただ、読み始めたばかりで、報告できるのはまだ先かと」

「そうか。じゃあ、次に帰った時に聞かせてもらおう」

「次に帰った時って、またお出かけですか」

 声のトーンが下がるのを、自分でも抑えられなかった。


 ラシードがにやりと笑う。

「なんだ。やっぱり寂しかったのか」

 それには答えない。

「正直者じゃなかったのかい?」

 ますます答えられない。


 ラシードは笑いながら立つと、椅子をテーブルの下に仕舞い込んだ。

「悪いが、今度は長くなる。皇帝を捕まえるまで終われない」

 それから、リシュの頭にポンと手を置き、髪をくしゃっとした。リシュは逆らわず、されるままでつぶやいた。

「お気をつけて」


 ラシードが出て行った。部屋が、いつもより広く感じられる。


 リシュは、ふとマルコの問いを思い出した。あれは、ほんの二、三時間前のことなのに、もう随分前に思える。


 今なら、答えられる。


 一緒に過ごした時間の長さではなく、共に食事をした回数の多さかもしれないと。


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